第50話「合否通知」
ユナは逃げ続けた。サリナとの修行の成果もあって、探知の維持は二時間を越えてはいたが、それはあくまでも修行の中での話だ。
入学試験という緊張感と、不慣れなで見知らぬ場所で、ユナの神経は、体力は、すり減って、いつ限界を迎えてもおかしくなかった。
だが、そこには希望があった。自分のスキルのことがわかるかもしれない。ふうちゃんやるーちゃんと一緒に入れる時間が増えるかもしれない。自分の居場所が、見つかるかもしれない。
そして、そこには期待があった。レイナさんの、レンレンの、そして、師匠の。
だからこそ、ユナは頑張ることができた。
鬼役の先生たちは、探知で見たときに、圧倒的に違った。一目ならぬ、一探知でわかる。魔物と人間とで探知したときに違うように、同じ人間同士でも強さでここまで違うのを、突きつけられるかのような、歴然とした差だった。
ということは、一探知でわからないのが生徒だ。それに気が付いたユナは、鬼が探知に入った瞬間に、鬼の進行方向から外れるように、そして、他の生徒をターゲットにしてくれるように走った。
(ごめんなさい)
そうは思いつつも、試験に合格するためには、非情にもなれるユナだった。
そんなことを繰り返したユナは、結局一度も鬼の視界にすら入ることなく、その時を迎えた。
パァンッパアンッ
「あ、」
二発の発砲音。それが試験終了の合図だというのは、試験の説明の時に聞かされていた。だから、ユナはその音を聞いた時、緊張の糸が途切れた。それは、気持ちの面はもちろんだったが、身体の面でも切れてしまったようで、その場にへたりと座りこんでしまった。
そして、思い出したかのように大きく息を吸い、吐くのと同時に気持ちがあふれた。
「よかっっっっ…………ったーーーー!!!!!」
こうして、2時間を越えたユナの実技試験は終わり、入学試験が終わったのであった。
ーーー
試験からちょうど一週間後。その日は、合格発表日だった。
合格発表は、住所を指定した人たちは、そこに合否の判定が記載された書類が届き、それ以外の人たちは、学園の校門前に貼りだされるという形式だった。ユナのような住所不定の流浪の冒険者や、街の外からやってきた人たちにも考慮した結果、このようになったらしい。
だがユナは、レンの折角だからギルドでみんなで見ようか、という実に意地悪な提案のもと、ギルドに届くよう住所を記入したのだった。
「今年はすごかったらしいわよ、受験者数」
ギルドには、いつものみんなが集まっていた。
ユナ、サリナ、レン、そしてレイナだ。
「年々増えてるもんなー。俺っちがいたころの比じゃないくらい増えたって」
「で、どんくらいなんだ?」
サリナの問いかけに応えたのは、その話題を振ったレイナだった。
「確か全体だと三千人とか?」
「は?」
サリナにはサンゼンニンという言葉がピンとこなかったようだ。
「三千人よ!三千人!すごいわよねー。その中から、今年は四百人とかだっけ。意外と狭き門になってきたのね」
「それはすごいね!俺っちのころなんか定員割れで嘆いてたのに」
「私、怖くなってきた…」
サリナでさえピンときていない数字が、ドのつく田舎で育ったユナには、想像も及ばなかった。初めてこの街に来て、外を歩いた時に見かけたのは何人だろうか。ひょっとすると、ユナが人生で見かけた人間の数より多いんじゃないかと、ユナにとって余りに規格外なその数字は、合格という二文字を遠いものに感じさせた。
「大丈夫よ!ユナちゃん実技試験は満点でしょ?」
「う、うん。とりあえず最後までは残れたから、たぶん満点、のはず」
戦って加点されることもあるが、基本的に実技試験は”逃げる”試験だ。逃げることが目的の試験で、逃げ切れたのに不合格ということはないだろう。
「でも、他の人がどうだったか全然わからないし、筆記試験だって…」
「届きましたよ!」
ユナの言葉を遮るように、郵便を受け取ったらしいギルド職員がこちらへ封筒を持ってくる。
「ゔっ!」
ユナは、合否通知が届いたのを喜ぶ余裕はなく、むしろますます緊張が高まって、辛いところまで来ていた。
「はい、どうぞ」
「ぁりがとうございますぅ……」
何とかお礼を振り絞ってギルド職員から受け取ったその封筒を、そのまま師匠であるサリナへと渡す。
「師匠ぅー…」
「俺か?」
「はぃ…」
「ったく、締まらない弟子だぜ」
そう愚痴をこぼしつつも、素直に封筒を受け取って、双剣の一つを手に取り、封を切った。そして剣を仕舞い、中から合否通知を取り出す。
「いいか、見るぞ」
さしものサリナも、少しは緊張してきたようだ。少し声が震えていた。誰かから、生唾を飲む音が聞こえる。だが、そんな音も掻き消えてしまいそうなくらい、ユナの心臓はドクドクと跳ねあがっていた。それこそ、託宣を受けた日と同じくらいに。
「は、はい」
そのユナの返事に応じて、サリナが三つ折りにされた紙を、カサリ、カサリと開いた。
「…おめでとう、合格だ!!!」
「やった!!ユナちゃん!やったよ!!」
「おめでとう!!流石ユナちゃんだ!」
サリナの発表に次いで、レイナとレンもユナを褒め称える。
「え、え」
遠く想像の及ばなかった合格という言葉に、緊張も相まったユナはパンクしていた。
「受かったんだよ。春から学園に通えるんだ」
サリナが改めてユナに告げる。それを聞いて、ようやく理解の追いついたユナは、緊張から解かれたからか、合格が嬉しくてか、涙を零し始めた。
「うっ、うっ、ふぇええーーーん!!」
「あらあら」
泣き始めたユナに、咄嗟に駆け寄ろうとしたレイナだったが、足を止める。もっとふさわしい人がいたからだ。
「ほんとにこれでやってけんのか?」
サリナは、そう口にしつつも、合格した弟子の涙を少しもらいながら、右手でユナの頭を撫でるのだった。




