第42話「頭突き」
(痛い。痛い痛い痛いっーーー!!」
痛覚を感じるままに、叫んだ。
赤黒い球。さきほども放たれた、この群れのボスの攻撃。魔法のようなそれが、ユナたちに直撃したのだ。けれど、スピード重視で威力は弱かったのだろうか、ユナは無事だった。
しかしながら、ふうちゃんから振り落とされ、落下している。
「ワウ!!」
るーちゃんが見えた。一緒に落とされたのだろうか。こちらを見つめ、来いとばかりに吠えている。
だが、ユナはそれに応えられない。
痛いで頭がいっぱいの、表の自分に対して、どこか裏で、酷い暗闇の中に囚われている自分がいた。それは、るーちゃんに手を伸ばすことさえ、躊躇わせる。
(ああ、私のせいで。ごめんね、るーちゃん)
そんな気持ちで、より暗闇へと沈んでいっているうちに、木々が急速に迫ってくる。だが、木々にぶつかることが、落ちて地面に叩きつけられることが、自分でも怖いのかどうかわからない。夜の暗闇だからだろうか。それとも、ユナの感覚が麻痺しているのか。それとも、経験していないことに想像が及ばなかったのか。
落ちていくよりもずっと早く思考が駆け巡る。痛みすら置いて。
ユナは気が付いてしまった。他人の死ばかり気にしていた自分に。もう、誰かが傷つくのを、死んでしまうのを見たくないと思っている自分に。
そして、ユナは自分の死に直面して、見つけてしまった。思考が、及んでしまった。ふうちゃんが傷つくなら、るーちゃんが傷つくなら、誰かの死を見るくらいなら。それが、もし、私のせいなんだとしたら。そんなことになるより先に
(自分が…)
そのまま落下し、木々にぶつかり始める。冬の枯れ切った枝は鋭く、引っ掻き傷をそこら中に作っていく。
そのタイミングで、るーちゃんはくるくるとうまい具合に身体をひねらせ、いい太さの枝を蹴り、ユナのもとを離れていった。
(るーちゃん…)
それは、ユナがもう見たくないと望んだ結果で、ありがとうとさえ思った。
それでも、ユナはどこかで一人になりたくないと願っていて、涙がでるくらい悲しくなった。
それすらも、ユナにはもうわからなくて、自分の中にあるちぐはぐな感情は、様々な色の感情が混ざり合って、真っ黒になって、暗闇の中にいるようで。
そう。ユナは、考えることから逃げているのだった。
そのまま、枝に何度かぶつかり、身体に傷を作りながら、何度か体勢がくるくる変わりながら、着実に地面に近づいていた。ぶつかるって体勢が変わるたびに、涙が飛び散った。
バウハウンド(?)たちの、赤紫色の目が、そこかしこで怪しく光っている。しかし、探知もすでに発動させず、頭から真っ逆さまの体勢になったユナは、もう地面がどうなっているかなんて気にすることはなかった。
「バカヤロウ!!!!」
そこに鳴り響いた叫び声は、ユナの暗闇を劈く。
「師匠…!」
頭からくると思っていた衝撃より先に、横から衝撃がくる。サリナが、地面にぶつかるより先に、ユナを捕まえたのだ。
その勢いのまま、木の幹を壁のように蹴り上がり、繰り返し、手ごろな枝に着地した。
「ししょ…」
「バカ弟子!!!!」
「ひゃいっ!」
「お前、死ぬつもりだったのか」
「あ、え、あの、それよりも魔物が下から」
「死ぬつもりだったのか!!!」
「ひっ!」
サリナに捕まえられたときの、お姫様抱っこのような体勢のまま、おっかなびっくり、質問に答えられずにいた。
「…やつらは跳躍力はあるが、木登りは苦手だ。だから答えろ」
「えっと、その」
雲が切れそうとか、あの枝は乗れそうとか、思ったより高いなとか、群れが多いなとか。
ユナの思考は空回りを続ける。
「ユナ」
その静かで強い声に、ユナの思考は晴れる。
「はい…」
そこで、初めてサリナの顔を見たこと気づく。
深い深い翠眼と、勝気で威圧的にも見えるつり目。その端から、涙を零していることに、気づく。
「死ぬ、のか」
「…………。…それもあ」
ガツンッ!!!
「いっ!!たっーーー!!!」
頭突きだった。
「バカ弟子!!」
「なにす「生きろ!!!!!」
短髪だからよく見える。真っ赤なおでこが。きっと痛いだろう。涙が、ポタポタとユナに垂れる。
不思議と、ユナの涙は止まっていた。
「……はい」
ユナ自身が思っているよりずっと小さい声だった。だから、サリナは振り被る。もう一度頭突きをせんと。
「はい!はい!!生きる!!生きます!!!」
「よろしい」
「ふぅ…っ!!」
よろしいとサリナが言ったところで、ユナは安堵して気を抜いた。
ガツンッ!!
「ったーーーーーーー!!!」
しかし、頭突きは放たれた。
「何するんですか師匠!!」
「戦場で気を抜くなんてバカか!!今もさっきも!!」
「っ!さっきもって師匠見て、っきゃ!」
次の瞬間、サリナが跳んでいた。自分たちがいたところが視界に移る。バウハウンド(?)が自身の群れを下敷きにしながら山のように登ってきていて、一番上にいるものは、爪を幹に立てて、跳ねながら登っていた。あともう少しで自分たちがいたところに届いていたかもしれない。
「木登りが苦手って嘘じゃないですか!」
「さっきは大丈夫だったんだ!知るか!!」
「あほーーっ!」
「うるさい!」
ユナの暗闇は、すっかりどこかへ消えていた。




