第26話「魔物を」
ぐにゅりぃ…
(気持ち悪い)
ロートートルーー亀の魔物ーーは、刺された痛みでより一層暴れ始めた。
(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)
生き物の、肉の、生命を醜く抉り取るような、罪悪の感覚
「バカ弟子!!」
サリナの声で、自分が止まっていることにハッと気づく。
気持ち悪さに支配されながらも、なんとか馬乗りの状態を保っていたユナは、慌てて短剣を引き抜き、もう一度同じ場所へ突き刺す。
もう倒すしかない。でなければ振り飛ばされる。
場に流されるがまま、気持ち悪さを何とか上塗りし、必死で同じところに剣を突き立てる。
ぐにゅ
ぐしゅ
ぬぐ
ぐしゅる
プチッ
ぐにゅ
そうして、ロートートルは段々と弱って、ユナの力が尽きるより先に、パリンと砕け散った。
「わっ!」
掴んでいたロートートルの尻尾が急に砕け散り、ユナは体勢を崩して、甲羅から転げ落ちる。
そこへ、レンが手を差し出す。
「ありがとう」
「バカ弟子」
「はい!」
師匠であるサリナが怒っている様子だったので、返事がおっかなびっくりになってしまうユナ。
「なんで止まった」
「えっと、それは…」
剣を突き立てたのが気持ち悪かったから。それをそのまま言ったら、きっと冒険者として認めてもらえない気がした。
だが、一方で最初からできっこないとも思っていた。昔、おうちでお母さんと一緒に料理したときに切ったお肉は、もう生きてた頃の形なんてわからないただの”お肉”だったし、お父さんと一緒に狩りに行ったことがあるわけでもなかった。
まだ手に残っているような気がする。包み込むような優しい暖かさと対照的な、残酷なまでの生々しい温かさが。
「…魔物を倒すのに抵抗があるのか?」
”生き物を殺すのとは違う”というレンの言葉が脳裏に浮かぶ。
ユナにとって、ロートートルは生きていた。師匠やレンも、ふうちゃんやるーちゃんも、そしてにーちゃんーー偽神ーーや、自分と、同じように。
だからユナは答えた。
「だって、生きてたから」
「…そうか。魔物が殺せないなら、殺す覚悟がないなら、冒険者をやめろ」
その”やめろ”という言葉に、思わずビクリとする。
「サリナ、ユナちゃんは今日が初めてなんだ。魔物を倒すのが苦手だった冒険者だっているだろう?」
「…それでもだ。殺せないなら、殺される」
「そりゃそうだけど、そのためにロートートルで練習したんだろ」
「…ふん」
そういってサリナは街のほうへ歩き始めてしまった。
「ユナちゃん、大丈夫か?」
「…うん。でも、師匠を怒らせちゃった」
「あー、あれね。心配してるだけだからさ」
「え?」
「魔物と戦って命を失った冒険者も数多くいるからね。心配なんだよ」
「そっか、心配してくれたの…」
「師匠になるのが初めてだからって、伝え方が下手っぴすぎるけどね」
「孤児院の子どもたちがいるんじゃないの?」
「孤児院の子どものなかで冒険者をやってる子はいないよ。やらせないんだ。サリナにあこがれて冒険者を目指してる子はいっぱいいるんだけど、サリナが心配性でね。だからサリナも師匠になるのは初めてなんだ」
「師匠も初めて?」
「そう、ユナちゃんが冒険者になるのが初めてなようにね。だから、まだまだ下手で、これから一生懸命、覚えて成長していくんだ。本当は子煩悩なくせに、師匠として厳しくしようとして空回ったのかもしれないね」
そう言ってニシシと笑うレン。
「たしかに」
ユナもつられてニシシと笑う。
ユナが冒険者になってからのサリナは、どこかちぐはぐなほど、鬼具合に磨きがかかった気がする。そう確かに感じているユナだった。
「早く帰るぞ!素材忘れんなよ!」
遠くからサリナの声が響く。
「そういえば甲羅残ったね。何はともあれ、初討伐、そして初素材入手おめでとう!ユナちゃん!」
「うん!!」
こうして、どうにかユナの初めての戦いは終わった。
まだ、魔物を殺す覚悟はできていないけれど。
流行り病に罹ってしまったので、来週はお休みするかもしれません。
楽しみにしてくれている皆さま(がいるだろうという尊大な自尊心はさておき)には申し訳ございませんが、今しばらくお待ちください。




