第25話「初めての戦い」
レンと一緒に買いに行ったユナの武器、それは短剣だった。木剣で素振りをしていたユナは長剣を欲しがったが、レンが止めた。長剣はどれも、子どものユナが振るには重すぎたのだ。その買い物の過程で、ユナはレンのことをレンレンと親しみを込めて呼ぶようになったのだが、それはまた別のお話。
その短剣を構え、亀の魔物、ロートートルと対峙するユナ。
だが、対峙すると言っても、ロートートルはユナを気にした様子もなく、草をモッサモッサと食べ続けている。
その様子を、ユナはよく観察する。ロートートルの全長は短剣よりは少し長い程度で、ユナから見ても小さい部類の魔物だ。トゲトゲの甲羅を避けて身体に直接攻撃できれば、容易に倒せそうなほど鈍重な動きをしている。ギョロリとした赤い、真っ赤で真ん丸な目だけは、ユナを見ていた。思わず身震いしそうな怖さを内に秘めているような、そんな赤色だ。
だがしかし、普通に生きている。ユナはその感覚が、気持ちが拭えない。あの目は、たまたま赤いだけかもしれない。魔物だとか関係なく、たまたま赤い目をした亀もいるのだろう。それくらいにしか思えない。その目の怖さだって、魔物は赤い目だからと言われた、先入観のような気さえしてきた。
「買った短剣が使いたいのはわかるが、しまって、とりあえずひっくり返せ」
「うん」
師匠であるサリナのアドバイスが入る。素直に返事をし、短剣をひとまずしまう。
どう構えていいかわからず、なんとなく修行の組み手をしていたころのような構えになる。
すり足で、ジリジリと亀にすり寄る。
「ユナちゃんは慎重派だね~」
見守るレンの言葉も聞こえるが、集中し始めたユナには届かなかった。
ジリジリと、亀の後ろ、死角になるところに回り込んで、一気に駆け寄る。
「うりゃー!」
トゲトゲな甲羅を避け、下からひっくり返せるように両手を下に構えながら、走る。
だが、黙って近寄られるロートートルではなかった。
「あうっ!」
ビュンッと甲羅にしまわれていた尻尾が現われ、ユナは弾き飛ばされた。
「あっ」
思わずレンが駆け寄ろうとするが、それをサリナが止めた。
後ろに転んだようになり、多少怪我をしたユナは、少し泣きそうになりながらも、すぐに立ち上がった。
「森にいたときに比べたら、こんなの…!」
気合を入れなおし、尻尾を避けるように、今度は横から攻めてみる。
「ガツン!!」
その音を、すんでのところでユナはかわした。
そこにはものすごい勢いで噛みつこうとしたロートートルの顔があった。あえなく飛びのくユナ。
「くびなが…」
ロートートルが噛みつくとは聞いていたが、横にまで伸びるとは思っていなかった。
試しにと、今度は後ろからそろりそろりと近づいてみたものの、やはり気配を感じ取っているのか、伸ばしていた手を尻尾で払われて終わった。痛かった。
改めて距離を取り、どうしようか考えるユナ。
飛びつこうにも甲羅はトゲトゲ。後ろからだと尻尾に弾き飛ばされ、前と横はもっと痛そうな噛みつきが待っている。どこにも隙がなかった。
こうなったら地面を掘って下から?そんなことを考えていたユナだったが、ふと、そこに虫が飛んできた。
ユナは気が付く。ロートートルは見向きもせず、虫を振り払うような仕草で尻尾を振り回していることに。羽音で気が付いたのだろうか。だがそんな微かな音を聞き取れるほど、ロートートルの耳はいいのだろうか。
もしかして、ロートートルも【魔素探知】のような何かを行っていて、見なくてもおおよその位置がわかるのではないのか、そう思った。
ユナはさっそく試すことにした。すでにこちらを見ることすらなくなったロートートルに向けて、魔素流入の感覚で、少しずつ空気に魔素を流し出す。
すると、何事かとロートートルがこちらを凝視してきた。
「やっぱり!」
ロートートルも【探知】によって近寄ってくる敵を認識していたのだ。
ならば、隙を作ることができる。魔素で気を逸らして、その隙をついてひっくり返せばいい。
「隙が無ければ作ればいいってね、ふっふっふ」
「独り言も愉快なお弟子さんで」
「レンもそうだろ?」
「俺っちはあんな大きな声で独り言言ったりしないよ!」
そんな二人の会話も聞こえていないユナは、魔素の準備を始める。
痛い目に遭っただけに、思いっ切りやってやろうと、爆発させない程度に魔素を込めていく。
「いけー!」
そして思いっ切りロートートルのほうに向けて魔素を放つ。気を逸らしたところで、顔がユナのほうを向いていたら意味がないことに、ユナはまだ気が付いていない。
だが、その余りに膨大な魔素にビックリしたロートートルは、頭も手足も尻尾も、全てその甲羅にしまいこんでしまった。結果オーライというやつだろう。心なしか甲羅がビクビク震えている気がする。
ついでにレンもビックリしていた。
塞ぎこんで動かなくなったロートートルにすかさず駆け寄り、下に手を突っ込んでひっくり返し、甲羅乗って、自重でトゲを地面に突き刺していく。
すると、ひっくり返されたことに気が付いたロートートルが動き出した。
「グゴァアー!!」
そんなくぐもった鳴き声を響き渡らせ、じたばたと暴れるが、かまわず尻尾の付け根を股で挟み込み、その付け根に勢いよく、ブスリと短剣を突き立てた。
ぐにゅりぃ…
その、明らかに生き物で、肉だとわかる感覚に、ユナは思わず手を止めてしまった。
数瞬ののち、サリナの声が響き渡る。
「バカ弟子!!」




