第23話「生き物の形」
「じゃあもしかして!私が30層になったら、魔物を街に入れたりできる?」
その瞬間、ギルドの喧騒が止まったような気がした。
それで、ユナは、自分の失言に気が付く。
「…えっと、そう、サーカス!サーカスが来たことがあって、村にさ、えっと、魔物!魔物たちがこう、クルクルーって、玉とか、輪っかとか…」
静寂が訪れる。ユナの頭がグルグル回る。それに引きずられて、手もよくわからないまま回していた。
それを破るように、サリナの快活な笑い声が響く。
「ハッハッハ!!!いやー聞いたかレイナ!魔物サーカス作りたいってよ!こりゃ大物になるぜ!!」
「サリナ、師匠なんだからやめてあげなさい。ユナちゃん、それはたぶん魔物じゃなくて動物よ」
「動物?動物と魔物ってそんなに違うの?」
ユナにとって、動物と魔物の違いは、”仲良くなりやすいかどうか”の違いでしかない。だが、知識では、動物は飼うもので、魔物は狩るものだということは、知っている。
ただ、自分以外の人が、魔物を恐ろしいほど憎み、仲良くなろうなどと口にしてはいけないということを知っていた。忌み嫌われるものだということを、にーちゃんーー偽神ーーからも聞いていた。
「ええ、全く別物よ。動物は私たちと同じ生き物。でも魔物は違う」
いつの間にか、ギルドの喧騒が元通りだ。
なんだ、サーカスか。
なんだ、動物と間違えたのか。
そんな言葉が、遠巻きに聞こえる。
そんな言葉たちが、なんとか誤魔化せたことを教えてくれるようで、ユナはどこかホッとする。
だが、それもつかの間だった。
「魔物は、生き物じゃない。あれは生き物の形をした化物よ。血がでないし、死んだらほとんど形も残らないもの」
「え…」
その言葉は、ユナの心をひどく揺さぶる。
ずっとそばにいた、これからも一緒にいたいと思った、るーちゃんとふうちゃんが、生き物じゃない。
言われてみれば今まで、爆風に巻き込まれても、怪我をしても、あんなにボロボロになって、逃げていた時でも、一度も血を流しているのは見たことがなかった。
「魔物を倒したら、基本的には魔核しか残らないわ。たまに素材を残すやつもいるけどね」
「冒険者やろうってやつが、そんなことも知らなかったのか?」
「サリナ~!ユナちゃんはまだ子どもで、初めてなんだから優しくしなさい!」
「へいへい」
「もう!まあ、魔物のサーカスは無理でしょうけど、動物でサーカスをやったらいいんじゃないかしら?」
ユナの動揺する姿を見て、魔物サーカスが無理なことにショックを受けていると勘違いしたレイナが、そう提案をする。
「えっ?…あぁ、そうだね。うん」
「…ユナちゃん?」
「どうしたんだ?弟子よ」
「ううん!大丈夫!何でもない!」
ああ、るーちゃんとふうちゃんを、ここに連れてきて、こんなにもふもふで、可愛くって、優しくて、とってもいい子たちなんだよって、ちゃんと、生きてるよって、今すぐにでも言いたい。ユナはそんな気持ちでいっぱいになった。
(ふうちゃんとるーちゃんも、身分証明書が発行できたらいいのに)
なんとかして、ふうちゃんとるーちゃんが連れてこれないか、ユナは思わず考え込む。
「ほら、ユナちゃん泣きそうじゃない」
「え?俺のせいか?」
「そうよ!ほら!」
「あー…。ゴホン。弟子よ、夢を笑って悪かった」
「え?あー、別に、サーカスのことはいいよ、夢じゃないし」
「そうなのか?」
「うん」
「そうか…。子どものことはよくわからん」
ユナがなぜ俯いているのか、迷子なサリナとレイナだった。
「気を取り直して、階位制度の説明の続き、いい?ユナちゃん」
「うん」
「じゃあひとまずこれはしまって、今度はこっちね」
そういいながら、レイナは階位制度の用紙をしまって、今度は数字とカードがたくさん書かれた用紙を取り出した。
「これが、メンバーカードとさっきの階位の関係ね」
そこには、色とりどりのカードが書かれている。
レイナが用紙の左から2つ目のカードを指さす。横長のカードには、左上が名前、右上が階層、左下が実績、右下が紋章が入るであろう枠が書いてあった。
「ユナちゃんが持ってるのは、真っ白なカードね。名前と階層、そして、空の紋章枠と、実績枠があるやつ」
次に、一番左、1つ目のカードを指さす。
「ちなみに0層は名前と印章だけね。階層の表示がないから、”層ナシ”って揶揄する冒険者もいるけど、ユナちゃんはそんな風になっちゃダメよ」
そこへサリナが突っ込む。
「ヤユってなんだ?」
「私もわかんない」
「揶揄ってのは人を馬鹿にしてからかうことよ。師匠なら揶揄くらいわからないとね~サリナ」
「ムッ!別に冒険者に学は必要ねえからな!」
「なるほど、これが揶揄と」
ユナはふむふむとなった。
「そして、5層から色が付くわ。徐々にそれぞれの適性ごとの依頼が受けられるように、ユナちゃんみたいな探索系の人たちは薄い緑とか、戦闘系なら薄い赤とか、支援系なら薄い黄色とかね。もしパーティーを組むなら、できるだけ色とりどりなパーティーを組むのが良いとされてるわ」
「師匠は何色なの?」
「俺か、ほれ」
サリナが懐からメンバーカードを差し出す。
左上に”サリナ”、右上に”12層”と書かれ、右下に紋章が入った、どんより灰色なカードだ。
「この右下のがもんしょう?」
「そう、ギルドの紋章入り。10層以上でギルドお墨付きがもらえるのよ」
「灰色はどんな適性なの?」
サリナが即答する。
「特になし」
補足するようにレイナが続ける。
「特に適性を提示しないまま進んでくと、灰色のまま濃くなっていくのよ」
「基本ソロだからな!何が適性だとかわがまま言ってられん」
「というわけね。20層を越えると、黒色になるわ。ソロ御用達カラーというわけね。それとは別に、適性すらも隠したいという人も、灰色だったり黒色だったりするけれど」
「へえー。でも師匠、私と一緒に依頼を受けるなら、適性も調べたほうがいいんじゃない?」
「それもそうね!サリナ、適性試験受けてみなさいよ」
「いや、いい」
「えー、師匠がどんな感じか知りたい!」
ユナの目がキラキラと師匠であるサリナを捕らえる。
サリナはこの視線に弱かった。
「う…………。そうだな、じゃあ弟子と一緒に受けるとするか」
「やった!」
「ということは、ユナちゃんが5層になったらね」
「5層ってすぐなれる??」
「どうだろうな」
ユナの質問をさらっと流すつもりだったサリナだったが、レイナから思いがけない横やりが入る。
「ちなみにサリナは2年かかったわ」
「ちょ…!?レイナ!?」
「パーティーを組んでくれる人がいなくて、なかなか上がらなかったのよ。その時の評価担当とも仲悪かったしね」
「普通はどれくらい?」
「そうねー、実戦やパーティー前提で大体1年くらいじゃないかしら。2年も別に特別遅いってわけじゃないのよ」
「そんなに…」
7歳のユナにとって、今すぐにでもるーちゃんとふうちゃんのために一人前になりたいユナにとって、1年という年月は酷く長いものに感じた。
「学園出たらとりあえず3層、成績優秀な人でも5層だもの。ユナちゃんはまだ子どもだし、実戦も、師匠がね?」
そういってレイナとユナは、サリナのほうを見る。
「森で行方をくらますようなやつに、実戦はやらせられん!」
「そんな~!!師匠~~~!!!!」
必殺ユナの”うるうるおめめ”が炸裂する!
「う…」
視線をモロに浴びたサリナは、陥落したかに見えたが。
「いや!ダメ…」
きちんと踏みとどまって声を上げようとした瞬間、声は遮られる。
「いいじゃん?行かせてあげれば」
「レン!」
声の主はレンーーレリファス・ランドロードーーだった。
「俺っちもまた一緒に行くからさ。折角やる気に満ちてる新人冒険者を、ここで燻ぶらせるのはもったいないっしょ」
「お前、パーティーはいいのか?それに調査の依頼とか」
思いがけない提案だったが、”うるうるおめめ”を振り切ろうとしていたサリナは、そっけない返事をする。
「ああ、うちのパーティーは優秀だからな!任せておけば問題ないさ。れーちゃんも、いいよな?」
レンはレイナにも話を振る。ギルド職員としての観点からも意見を求めているようだ。
「え、わたし?うーん、そうね、監督者が2人いるなら、ギルドとしても申し分ないわ」
「グッ…!!」
どこか悔しそうにするサリナを他所に、ユナは喜びを露わにした。
「やった!そうと決まれば早く依頼受けよ!すぐに!5層まで!」
「ハハハ、元気だなユナちゃん。俺っちもなんだか久しぶりにメラメラしてきたぜ!」
二人して両手を天高くつきあげて、元気いっぱいといった様子だった。ちらちらとギルド職員や冒険者も見ている。
そんな二人を見て、基本ソロのサリナはレイナに縋る。
「レイナ、これでやってくの…か?」
「…頑張れ!師匠!」
レイナ渾身の笑顔だった。




