第20話「束の間の再会」
「うぷっ」
ユナは二つの感情に支配されていた。
ひどく、苦しい。
とても、気持ち悪い。
「何も、見えない…なにこれ、魔素?…う”っ」
「ホウッ!!」
それは聞き馴染みのある声。
「ふう…ちゃん!」
「ホウホウ!」
このよくわからない真っ暗な場所で、ふうちゃんだけが目の前にいる。
サッとふうちゃんがユナを包み込んだ。
その羽根の中で、ユナは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
ふうちゃんが、この場所の嫌な感じから、守ってくれているようだった。
「この程度でその様か」
羽根の隙間から、声がしたほうを見る。
真っ暗で、真っ黒なそこには、金色の2つの輝き。
目があった。
「だれ…?」
「ふん。貴様に名乗る名などない。もうお前の傷も十分癒えただろう、狼ともども出ていけ」
「ホウ!」
ユナには状況がつかめなかったが、ふうちゃんは、この”金色の目”に対して、元気に返事をしたようだった。
「狼って、るーちゃんもここにいるの!?」
「大声を出すな」
ピシャリと叱られる。
徐々にこの場になれてきたユナは、その声の主の形が見えてくる。その”金色の目”は、暗いこの場所より黒い形をしていた。それは、猫の形に見える。
「あ!さっき外で見た猫ちゃん!」
「…。子どもよ、同じことは2度は言わぬ」
一瞬で先ほどの苦しさと気持ち悪さがぶり返す。ユナは今にも吐きそうになった。
「ホウ!!」
ふうちゃんは抗議するかのように声をあげる。
「貴様らよ、今回だけだぞ。お前らなどユーリのことが無ければ、そも、そこらの塵芥同然なのだから」
「ホウ」
「喋らぬとは難儀なものだな。では行け」
ユナの視界は閉ざされた。
ーーー
どすん。
そんな音をさせながら、森の中へ落ちる。
「いったた…」
おしりをはたきながら、立ち上がる。
「るーちゃん!ふうちゃん!」
ずっと契約でしか感じ取れていなかった2人が、目の前にいる。
ユナたちは、やっと再会することができた。
「ワウ!」
「ホウ!」
3人はヒシッと抱き合う。
「よかった…!みんな生きてる…!!」
ぎゅっと抱きしめる。もふもふの、その内側の、ぬくもりまできちんと感じるように。
ユナは涙がこぼれそうだったが、るーちゃんのペロペロが激しすぎてこぼれる前に消えていった。
「くすぐったいよ!ふたりはあそこでどうしてたの?」
「ホウ」
ふうちゃんがくるくるとその場で回る。あわせてるーちゃんもくるくると回る。
「傷がない…?」
「ホウ!」
その通り!と言わんばかりの返事だった。るーちゃんは器用にウインクすらしている。
「もしかしてさっきの場所で、治してもらってたの?」
「ホウ」
「ワウ!」
「そうなの…。あの変な場所、辛かったけど、2人にとってはいい場所だったのかな?魔素が多かった気がするし」
先ほどの真っ暗な空間を思い出して、ユナは言う。先ほどいた場所は、魔素が濃く、ユナにダメージを与えるほどだった。
ユナの気持ち悪さが軽くなったのは、魔素コントロールが人並外れたふうちゃんが、羽根で包み込むことで中和してくれていたからなのだろう。
魔素のことに思いを馳せたユナは、思い出す。
「あ!探知でバレちゃう!」
その瞬間に探知を走らせる。ユナの探知ーー魔素探知ーーはまだ常時展開できるほどではないが、スムーズにできるようになってきているようだ。
レンが気配探知をしていたはずだから、もしかするとふうちゃんとるーちゃんを見つけてしまうかもしれない。
「大分遠い…。これならレンにはバレてないかも。でもすごいぐるぐる移動してる…?」
ユナがいる場所と、レンとサリナのいる場所はだいぶ遠いようだ。
「猫ちゃんが気を利かせて遠めに飛ばしてくれたのかな…。なんなんだろうあの猫ちゃん。喋ってたし。あのよくわからない空間も…。ふうちゃんとるーちゃんは何か知ってる?」
ぶんぶんと首を振る2人。
「うーん、よくわからないけど、2人が元気になったならまあいっか!」
「ホウ!」
「ワウ!」
「それよりどうしよう…。多分2人とも探し回ってから、すぐ戻らないと。…るーちゃん、ふうちゃん…」
ユナはまた涙がこみあげてくる。このまま、街を離れてまた二人と森で暮らそうか。でも、たった数日一緒に過ごしただけのレイナも、サリナも、どうしてか離れたくないと思ってしまう。
「ワウ!」
るーちゃんが、自分は大丈夫!と鳴く。契約の結びつきが強く感じられる。
「ホウ」
ふうちゃんが背中を差し出して、乗れと言ってくる。
「いいの?またしばらく会えないかもしれないけど」
「ホウ!」
「…ありがとう」
そうして背中に乗って、ユナは飛び立った。
ーーー
「バカレン!!まだ引っかからないのか!!」
ユナを見失ったサリナとレンは、最後にユナがいたであろう場所の周辺を駆けずり回っていた。
「バカいうな!こっちにもいねーよ!」
「チッ!俺も探知が使えれば!こんな遠くまでは来てないだろ!Uターンするぞ!」
「ああ!」
そうして、木々をかき分け、迂回しながらユナの痕跡があったほうへ戻っていく。
「お!!ひっかかったぞ!!」
「どっちだ!?」
「別れた場所だ!」
「いくぞ!!」
速度を上げたサリナに、レンは置いて行かれた。
「おいおい…」
ーーー
「よしっ」
音もなく着地したふうちゃんの背中から、華麗に降り立ったユナ。いつかのように背中からずり落ちることはない。
うまいことサリナとレンが遠くに探しに行っているタイミングで、おトイレと言って別れた場所、森の縁へ、すぐに戻ってくることができた。
「ありがとう、ふうちゃん」
そうしてぎゅっと抱きしめる。ずっとそうしていたいが、2人がUターンしてこちらへ戻り始めた。
「じゃあね!またすぐに迎えに行くから!」
「ホウ!」
ユナは一つ、心に決める。
ふうちゃんと、るーちゃんと、ずっと一緒にいられる場所にいこう、と。
ふうちゃんが、逆方向に飛び立って数拍後、レンの探知に引っかかったような気がした。一つの気配が急激に加速し、ユナは自分の探知がおかしくなったかと戸惑う。
「あれ?」
「ユナ!!」
ものすごい速度でやってきたサリナが、目の前で急ブレーキをする。
「バカヤロウッ!!!!!」
がしっと抱きしめられながら、耳元で叫ばれる。
ユナは思わず耳がキーンとしたが、それ以上に抱きしめる腕の強さが、ごめんなさいという気持ちをこみ上げさせた。
レンもやっと追いついたようで、遅れて森からでてくる。
「ユナちゃん!無事か!?…ホッ」
サリナがユナを抱きしめる姿を見て、ひとまず、安心したようだった。
「ごめんなさい、師匠」
「お前、どこ行ってたんだ」
ぎゅっと抱きしめたまま、サリナがユナに問う。
「その、おトイレに」
「嘘をつくな」
抱きしめる力が、少し強くなる。
「えっと、その、恥ずかしくって、【気配探知】の外側に行けるかなーって」
「嘘だ。レンは急に消えたと言っていた」
「それは、その、気配を消せるというか、消せたというか」
「…。バカ弟子め…。もういい」
秘密がある。それを感じはしたが、どうにも話したくなさそうだ。
心配の種が消えないのは嫌だが、子どもに嫌われるのはもっと嫌なサリナは、ここで手を引いた。
「だが二度とするなよ」
「イタイ!!イタイイタイッ!!!!しないから!!もうしないから!!!!」
強力に抱きしめられたユナの身体は悲鳴を上げていた。そんな悲鳴を聞いたサリナは、豪快に笑っていた。
もしこれ以上待たせていたら、どんな仕打ちをうけていたのか考えて怖くなったユナだった。
「師匠の鬼ーー!!!」
そんな一部始終を他所に、レンは違和感を感じ取っていた。
「焼け焦げた場所と同じ、あの時の魔物の気配が残ってる…。ユナちゃん、君は一体…?」




