第200話「波紋探知」
「じゃあ、やってみようか」
「うん!」
ユナは元気よく返事をして、改めてエリックの対面に立ち、姿勢を整える。右手を斜め下に構え、手のひらを上にして鳴らすための形を作り、構える。左手は右の前腕あたりに添えた。
「音のような、波のような――」
ユナの中にあるのは、きっと現実の物理現象とは似ても似つかないものだろう。まるで波紋のように均一なのに全方位に広がり、木の陰でも音が聞こえるように全てを突き抜け、広がるだけでそこにいるものの情報が返ってくる。そのイメージこそが、今ここにおいては重要な要素であり、スキルの核だった。
「【波紋探知】」
ユナはエリックに教わったままに言葉を繋げた。そして、指を鳴らす。
パチン。
それは小さいけれど、きちんと打ち鳴らされた音だった。その音が耳に届くのが先か、ユナの指を中心に発された【探知】が先か。
「うぉっ…」
エリックが思わず息を漏らす。全身に浴びるような、それでいて浸るような感覚。
「……驚いた。驚くほどに、均一だ。人じゃないみたいな…」
そのままエリックは思考の海に潜りかけるが、ユナの無邪気な声で引き戻される。
「すごいすごい!!ものすごくハッキリ感じるようになりました!こう、水から上がったときに音がハッキリ聞こえるみたいな、そんな感じ!!」
ユナははしゃぎながらエリックにそう報告する。使用者の感覚はエリックにはわからないが、きっと本人だけにわかる違いがあるのだろう。
「それは、よかった。受けた側としても、驚くほど、いや、ビックリするくらいすごかったよ」
エリックはあえて柔らかい言葉に言い換えたようだった。
「ほんと!?よかったー!」
その様子を見てか、【探知】を感じたのか、アラタとメイゲツが様子を伺いにくる。
「うまくいったのか?」
「うん!こう、ふわっって!」
「ふわって?」
「うん!」
「そ、そうか、良かったな!」
ユナは意外と感覚派のようだった。アラタにはよくわからなかったが、ユナが喜んでいる様子を見てうまくいったんだろうと察したようだった。
「それでは、次は拙者たちと特訓で?」
「いや、まだ【探知】のイメージが固まっただけだ。指向性を持たせるのは…」
「あ、それなんですけど、たぶんできます」
「ほう?」
「エリくん、両手を広げてもらえますか?」
「ああ」
エリックはユナに言われるがままに、両手を広げた。まるで誰かが飛び込んでくるのを待っているかのようだが、実際に来るのはスキルだ。
「いきますよ」
ユナは右手を耳の上くらいに持ってきて、手を鳴らす形にし、構える。
「【波紋探知】」
パチン、と手を振り下ろしながら指を打ち鳴らした。
「おお!」
エリックは思わず唸る。顔には感じたが、両の手のひらには届かなかった。肘のあたりで途切れている。エリックの身体の範囲だけに横幅を絞ったのだ。
「やるじゃないか」
エリックが拍手する。
「はい!」
アラタやメイゲツは何が起きたかわからなかったが、エリックが素直に褒めているのできっとうまくいったんだろうと一緒に拍手した。
「じゃあこれで?」
アラタが二人に問う。
「うん!」
「次の特訓に、と言いたいところだけど今日はここまでだね」
ぽつぽつと外灯が付き始めた。そのタイミングでチャイムが響き渡る。寮へと戻る時間を知らせる鐘だ。日も落ちて、わずかに橙が残る程度だ。グラウンドにいた生徒たちも片づけをしたり帰路に着いたりしていく中に、ユナたちも付いていった。そんな帰り道、エリックがユナに声をかける。
「スキルの名前は、とても重要だ。これからを共にするわけだし、名は体を表す、という言葉もある」
「ナはタイを表す?」
「名前がそれ自体の性質や本質を表す、という意味だ」
「本質…」
「【波紋探知】は少し安直すぎるかと思ってね」
「ううん!【波紋探知】がいい!」
ユナのイメージは、それで出来上がっていた。それが一番しっくりくる。
「そうか」
エリックは心なしか嬉しそうだった。




