第182話「外の世界」
「楽しくない?」
リンがそう呟くように言った。
「楽しい?」
ユナはその言葉があまり頭に入ってこなくて、なぞるように繰り返した。
「うん、楽しい。放課後にみんなで集まって、いろいろ探して、悩んで、話し合って、謎に立ち向かう、みたいな?」
「楽しい、か…」
ユナは思わず立ち止まって、考えてみる。リンとググリもそれに合わせて立ち止まった。
「ググリはどう?」
「オレか?…確かに、楽しい、というか、面白いかも」
「どういうところが?」
ユナの口から、とっさにこぼれた質問だった。
「うーん、こうやって、普通に授業受けて、部活して、のんびりできる」
「の、のんびり…?」
ユナからしてみれば、学園に来てからの日々はむしろ怒涛の日々という印象だったので、のんびりという言葉がどこから出てきたのかわからなかった。
「ああ。こうしているほうが、ずっといい」
顔を隠しているのもそうだが、ググリは何かとわからないところがある。聞いていいのか、まだ他人との距離感の掴み方に慣れていないユナは、それ以上聞くことはできなかった。
「でも、面白いっていうのも、わかるかも、ふふっ」
リンはそう言いながら、また前を向いて歩き始めた。
「面白い……?」
ユナは久しく楽しいとか、面白いとか思った記憶がないこと気が付いた。両親と離れ離れになってから、果たしてあっただろうか。
「師匠…」
師匠と行った豊穣祭。その景色を思い出して、少しだけ、楽しかったという気持ちを思い出した。
それと比べて、今の生活はどうだろうか。学園に来て、知らない人に囲まれて、一人で暮らして、勉強して、こうしてなんとか繋がりのできた人たちと、放課後に魔術陣を調べたり、事件の調査をしたり、遺跡に潜り込んだり。
「楽しい、のかも?」
狭い部屋の中で、両親と一緒に暮らす日々はそれはそれでとても幸せだった。けれど、本で読んでいた物語はどれも冒険に満ちていて、外の世界の広さに憧れていたのを、ユナは思い出した。
「そっか、外、なんだ」
自分が物語で読んだような世界に、今自分はいるんだなと思った。
「外?」
「ううん!なんでもない!」
ユナはリンを追いかけるように、歩き出した。少しばかりの楽しさを覚えながら。




