第17話「サリナ」
「はあ!?俺に子守りしろって!?」
ユナは、ギルド入って左、冒険者向け集会所のその奥、個室になっている会議室にいた。
指名依頼を受けたり、素材の商談をしたりと、様々なことに使われる部屋だが、今回は毛色が違うようだ。
「そう、サリナが適任かなって!ギルド長にも、もうオッケーもらったから」
会議室には、ユナのほかにレイナと、”サリナ”がいた。
「娘だからって職権乱用しやがって…。俺は嫌だぞ、そんなガキの面倒見るのは。依頼もまともに受けれなくなっちまう」
サリナは横柄な態度の冒険者だった。ユナにはとてもこんな人がレイナの信頼する人には見えなかった。緑色の短髪、勝気なつり目といった要素も、その威圧感に拍車をかけている。
「ユナちゃん、【探知】使えるのよ!ね?」
「こんなちんちくりんが?」
「むっ!これでも7歳だもん!」
身を乗り出して、ユナは抗議する。
「なるほど、じゃあもう託宣は受けてスキルは使えるってわけか」
「そうなるわね」
「うん!」
託宣。ユナが、【モンスターテイマー】だと告げられた、教会での儀式のことを指す。
一般に、子どもが7つになる誕生日に教会で託宣を受け、スキルが”確定”すると言われている。
人々は、スキルを指針に自分の生きる道を決める。神より賜った、自分の生きる道標だと信じて。
だが、ユナはそうではなかった。スキルが道標にならない、ユナはそう思い、”託宣”という言葉に顔を俯かせる。
「で、スキルは【探知】以外はなんか使えるのか?」
「サリナ!あんまり他人のスキルを聞くのはマナー違反よ!」
「レイナだって【探知】ばらしたくせに。それに、街の外に出たいってんならよ、知っておくのは当然だろ?」
スキルは、どんなのが一般的なのか、ユナはまだ知らない。レンのスキルは聞けなかったし、レイナのスキルも知らない。ギルド長が【探知】を使っていたし、今の会話から見ても【探知】は大丈夫だとして、この意地悪い感じのするサリナには、戦えるということをアピールしたほうがいいだろうか。
「【剣術】が使えるよ」
「ユナちゃん!?」
「お、2つスキル持ってんのか。それもバリバリの戦闘系か。それで?どれくらい使いこなせる?」
「…それは、まだ…」
ユナが偽神と行ったのは、魔素と生素の修行だけだ。剣の修行もしていたとはいえ、ユナが振ったことがあるのは木剣のみ。実践に用いることができるかと言われれば、そうではなかった。
「話にならねーな」
「サリナ。誰にだって初めてのことはあるでしょう?」
「戦えるようにするところから面倒見ろってか?その間の俺の稼ぎはどうするんだ、飯も、宿も、タダじゃねーんだぞ」
一拍置いて、サリナの雰囲気が変わる。
「それに、そいつはまだガキだ。ガキを戦わせるのはごめんだ」
そのサリナの雰囲気に飲まれることなく、レイナは答える。
「だからこそよ。この子は、一人でも生きていけるようにならなくちゃいけない。それができるのは、サリナ、あなただと思うの」
しばらく沈黙が流れる。ユナは、サリナの雰囲気に飲み込まれかけていた。
「おい、ガキ。お前、覚悟はあるか?」
「覚悟?」
「ああ、魔物と戦って、生きていく覚悟だ」
「…」
さっき答えられなかった問いに、似ていた気がした。
『ユナ君。君は、どうしたいんだい?』
そう、ギルド長のアーガスに言われたとき、ユナはるーちゃんとふうちゃんに会いたくて、街の外に出たいと言った。そして、
『それは、どうしてだ?』
と問われ、言葉が出なかった。
魔物と戦って生きていく。それは、【モンスターテイマー】というスキルを持っているユナにとって、普通の冒険者とは違う意味を持つ。
るーちゃんやふうちゃんが大好きなユナ。だが、彼らは魔物だ。
ユナは、人間と生きていくのがいいのか、魔物と生きていくのがいいのか、わからない。 だが、るーちゃんとふうちゃんとは、ずっと一緒にいたい。そして、にーちゃんーー偽神ーーにも、少し、会いたい。会って確かめたい。生きて、やりたいことがある。そう思った。
「覚悟は…わからないけど、でも、生きたい、と思う」
「…」
その言葉をサリナは聞き届ける。聞いて、足を組み、目を瞑り、何かを考えこむ。
そして目を見開き、視線が合う。
サリナの瞳は、深い黒の中に、少し緑がかった透き通るような瞳だった。
「…そうか、いいだろう。面倒を見てやる」
「ホントに!?ありがとうサリナ!やったねユナちゃん!」
「うん!…うん??」
ユナはサリナに張り合い、話に流されるまま、サリナに面倒を見てもらうことに決まったことに今気づいた。この、強気で勝気な人と、果たしてうまくやっていけるのだろうか。
「ところで、宿なんだけど、ナートさんのところに移ってユナちゃんと一緒の部屋にしてくれない?」
「はあ?なにいってんだ??」
間髪いれずに反論するサリナ。
すると、レイナがここぞとばかりに目を細め、サリナに問いかける。
「孤児院の院長をぶっ飛ばしたのをフォローしたのは?」
「ゔっ」
「ユナちゃんが孤児院に入れない原因を作ったのは?」
「………わーったよ!やりゃいんだろ、やりゃ」
「ありがと♪ ちなみにお金はわたしも出すからさ」
すっかり言い負かされてるサリナの様子を見て、ユナは少し親近感を覚えた。
「それを早く言え!ったくよー…。そういうわけだ、よろしくな、ガキんちょ」
「ユナ!」
「…まだガキで十分だ」
「レイナさん!サリナさんが呼んでくれない!」
サリナを言い負かした様子を見て、すかさずレイナに頼るユナ。
「サリナ!孤児院の件お父さんに言っちゃうわよ!」
「ぐっ…職権乱用常習犯め…!!じゃあ弟子はどうだ。俺のことは師匠と呼べ」
「えー、しかたないなー。師匠」
「ああ、弟子」
「まあなんとかなったわね。ユナちゃん、サリナにも敬語じゃなくて大丈夫だから。むしろ敬語とか苦手なタイプだから、気軽にタメ口でいいわよ」
「うん!」
「言わなくてももう敬語じゃないわね」
そう言って軽くレイナは笑った。
「ふん」
「…ところでユナちゃん。サリナの性別ってわかる?」
「女の人でしょ?」
「!?」
思わずサリナが驚いた表情をする。
「どうしてそう思ったの?一緒の部屋でって言ったから?それとも名前?」
「それもあるけど、でも最初から、そう感じてたから」
「だそうよ。師匠」
「…チッ、やりずれーな。やっぱり名前も変えるか」
「師匠舌打ちダメだよ!」
「はいはい」
「ぶー!!」
「あらユナちゃんリスみたいにぷっくり」
「ははっ、やっぱりガキんちょだな。明日から修行っつったらついてこれんのか?」
「修行!?修行してくれるの?」
「おっ、おう」
「うん!!明日からでも!!修行っ!修行っ!」
「…変な弟子だな」
「ふふっお似合いよ、師匠」
「レイナまで師匠呼びはやめろ」
照れ臭そうにするサリナだった。