第16話「アーガス」
春よいずこへ
「それで、相談とはなんだ?」
ギルド長の眼光は鋭く、ユナを子どもだといって侮ってはいなかった。
人の上に立つものとして、その人が信用するに値するか、きちんと推し量らんとする眼だ。
ユナは恐ろしくて、まともに顔を見ることができなかった。
「ギルド長、子ども相手に大人げないですよ」
「いやな、たまにはきちんと仕事してるところを見せないと」
ユナにとっては恐ろしく、値踏みされているかのようなに見えたが、当の本人はきちんと仕事をしているかっこいいお父さんを装っていたらしい。
「カッコつけるところ間違ってます」
対してレイナは、一刀両断だった。
「…。そうだな、すまなかった」
ギルド長が纏っていた雰囲気が、一気に和らいだ。ユナが感じ取った探知の感覚も同時に消える。
「改めて、わたしはユリクスセレファスギルド本部、ギルド室室長の、アーガス・イヴァンクだ」
ギルド長ーーアーガス・イヴァンクーーの自己紹介を受け、ユナも自分の名を名乗る。
「…ユナと、いいます。よろしくお願いします」
アーガスの顔を見る。ユナにとって、やはり強い顔だった。
髭こそ生えていないものの、威厳を象徴するかのような影の深い顔、額には水をこぼした時のような形の傷跡が広がっていて、傷跡で眉の一部が欠けている。髪は白髪が混じりつつも、荒々しく逆立っており、衰えを感じさせない。
「ユナ君か、いい名前だ。レイナ」
自己紹介を終え、アーガスに呼ばれたレイナが話を続ける。
「はい。昨日この子、ユナを、街で倒れているところを保護したんです」
「そうか…。この国も豊かになってきたとはいえ、まだまだそういう子どもたちが…」
「はい。記憶が定かではないそうですが、森で倒れ、気が付いたらこの街にいたそうです。ユナちゃん、自分からも説明できる?」
「うん。えーっと」
ユナは改めて思い出しながら、考えながら、そしてアーガスの圧に負けながら、言葉をひねり出す。
「その、森の中で倒れちゃっ、倒れてしまって、気が付いたらベッドの上で、レイナさんのお部屋で、助けてもらって?」
ユナは話しながら頭がこんがらがってきていた。レイナがフォローをしようとするが、それより先にアーガスが呟く。
「ここらで森と言えばカストルファになるが…」
話を振られたレイナが答える。
「そうですね。わたしもカストルファだと思います」
「昨日というと、急な活性化で調査したタイミングか。そんなときに、子どもが一人でこの街まで?」
「ええ、それはわたしも思いました。でも本人は気を失ってからの記憶がなく、その、それ以前のことは…」
ユナを捨て子だと判断しているレイナは、ユナが森にいたときより前のことを聞くのが憚られているようだ。
「ユナ君。街に来るまでは何も思い出せないか?森には、どうしていたのか教えてくれるか?」
そこを容赦なく聞くアーガス。
「街には、本当にいつの間にかいました。森にいたのは…。その、よく覚えてないです」
頭が回らなくなったユナは、適当にごまかした。
レイナは、やはり思い出したくないようなことをされてきたのだと思い込んだが、アーガスはユナの言葉を素直に受け取った様子ではなかった。
「…そうか。まあ、そういうこともあるのかもしれん。それで、この子の処遇についてだが、面倒をみたいということでいいか?」
「はい。できればわたしが面倒をみたいですけど、仕事もありますし。ギルド長なら何かいい意見がいただけるかと思いまして」
「そうだな、最近は魔物も増えてるし、孤児院は今調整中だったか?」
「そうですね」
悩む二人だったが、レイナが思いついたようにギルド長を見る。
「わたしの時みたいにお父さんが」
「無理だぞ」
「そんな~、わたしの時みたいに育ててあげてよ」
「バカ言うな。レイナだけ子育てはもう十分だ。最近は責任も仕事も増えすぎて、とてもじゃないが余裕はないぞ。今日だって見ろこのクマを」
「徹夜だったそうですが、お体大丈夫ですか?ギルド長」
「…。まあおおむね大丈夫だ。カストルファの森のこととなると、王家もうるさくてな、おちおち寝てられん」
「そうですか」
微妙に空気が悪くなったのを察したユナが、勇気を出して飛びこむ。
「あ、あの!」
「ん?」
「レイナさんとギルド長って、親子なんですか?」
「ああ」
「うん。そうよ。本当のお父さんじゃないから全然似てないけどね。わたしも捨て子だったのよ。それを助けて育ててくれたのが、このギルド長」
そう言われ、ややお父さん感をだすアーガスであった。
「だから、ユナちゃんのことも面倒見てくれたらなーって思ったんだけどね」
チラッとギルド長のほうを見るレイナ。だが、答えたのはユナだった。
「…私、一人でも大丈夫です」
「ユナ君、歳はいくつだ?」
「7歳です」
「では駄目だ。この国では、15歳で成人、15歳未満は子どもだ。子どもはきちんと大人に守ってもらうべきだ」
「そうよ!ユナちゃんだけでなんて…」
捨て子だったというレイナは、ユナの境遇を知って、思うところがある様子だった。アーガスも、規則という面からの言葉ではあったが、ユナを思いやっての発言だろう。
「そうだな、レイナが住んでるナートさんのところはどうだ?」
「最近繁盛してて忙しそうにしてるから、難しいかと」
「そうか。魔物が増えてるのもあって、ギルドのメンバーは当たれないし、となると困ったな」
またしても振り出しに戻ったようだ。
「あの!私も、レイナさんのように家を借りることはできますか?」
家があれば、夜にこっそりるーちゃんやふうちゃんを部屋に連れ込むこともできるかもしれない。思いつきのままに口に出す。
「それは難しいわね。まず子どもに貸すような家主はいないだろうし、たとえいたとして、お金はどうするの?」
ユナは考える。自分のできることが、どれくらいのお金になるかわからないが、宿に泊まれるくらいは稼げるようなところを見せなければならない。
ユナは宿の代金見てこれば良かったと思い、自分自身のことでうんうん悩み、宿代がいくらぐらいなのかをレイナに聞くという選択肢が頭から抜けていた。
そして出した答えは。
「私、少しくらいなら探知できますし、戦えます」
「…はっはっは!流石、カストルファ帰りは言うことが違うな」
素直に受け取ったユナは、軽く返す。
「そうですかね、えへへ」
ダンッ!!!という鋭く机をたたく音が響き渡り、ユナは飛び上がる。
「女子どもが、戦うなんて言っちゃいかん」
「ギルド長、あんまり怖がらせないで上げてください」
「ああ…、すまない。どうにも年をとると感情が表に出やすくて困る」
ユナは心底びっくりしたが、どこか偽神ーーにーちゃんーーに似ているような気がして、懐かしさを覚えた。
「ではこういうのはどうでしょう。わたしがお金を出しますから、ナートさんの宿に泊めてもらうというのは。そしたら夜はわたしが面倒を見れますし、ナートさん夫婦に気にかけてもらうようお願いすれば昼間もなんとか安全は確保できると思います。ユナちゃんを一人にはしてしまいますが…」
「そんな!私は一人でも大丈夫だから!」
ユナは自分の行動が見張られてると、るーちゃんとふうちゃんに会うタイミングがなくなってしまうのを恐れて、咄嗟に断る。
「ユナ君。君は、どうしたいんだい?」
「それは…」
(るーちゃんとふうちゃんに会いたい。にーちゃんは…今は会いたくない。魔法を使えるようになりたいし…。でもスキルのことはバレたくない)
「街の、街の外に出たいです」
「それは、どうしてだ?」
「えっと…、」
いい言葉が出てこないユナ。
そこでハッとしたように何かを思い出したレイナが、助け舟を出す。
「サリナ!サリナさんに頼むのはどうでしょうか」
「サリナか。確かに彼女に頼めば街の外に多少は出れるだろうし、探知で街中の依頼も一緒にこなせるだろう。だが、あいつが子守りをするとは思えん。それに俺はあいつが好かん」
「そうでしょうか。意外と面倒見いいですよあの子。ギルド職員からの信頼も厚いですし」
「まあ、誰もそばにいてやれないよりはいいか。孤児院が整うまでの間くらいは任せてもいいかもな」
「それに、宿も一緒のところにしてもらえば、昼も夜も付きっきりですしね!ユナちゃん、それでいきましょうか」
「あ、はい」
その女性は誰なんだろうとか、結局一人になれなそうとか、いろいろ頭の中で巡るユナだったが、流されるまま返事をした。
大人というのはいつだって勝手だ。子どものためを思って、とはいうが、それが子ども本人にとって良いことや嬉しいことだとは限らない。
だが、今回は少なからず正しいことではあったのかもしれない。
こうしてユナは、レイナとアーガスに流されるがまま、よくわからない”サリナ”という人と、ユリクスセレファスという聞いたこともない街で、新しい生活を始めることとなる。