第13話「レイナ」
「ん…」
意識が浮上する。
思考が回り始める。
ーーー左手が暖かい
「あっ!!!」
ユナは思い出す。ずっと森の中を逃げていたことを。
そして、自分がその場から動けなってしまったことを。
慌てて飛び起きたが、上半身を起こすのが精いっぱいだった。
「いッ!」
ユナ自身は知らないが、るーちゃんの雷の一撃を受けたユナは、絶妙に手加減されていたとはいえ、ダメージが抜けきっていなかった。
痛みでいくらか冷静さを取り戻したユナは、今いる場所がどこなのか、探る。
「まぶしっ」
ユナの右手、窓からはすでに昇り切った太陽が、ユナを照らしていた。外には家が並んでいるのが見える。
そして左手、見知らぬ女性が、ユナの手を握ったままうつ~伏せになって眠っている。
「るーちゃん、ふうちゃん」
いつも一緒にいてくれた二人の名前をぽつりと呟くが、もちろん返事はない。
ユナも、こんな人のいるところに現れないことは知っていた。
部屋を見渡すが、これといった特徴はなかった。ベッドがあり、テーブルがあり、花瓶があり、箪笥がある。テーブルの上にはいくつかの本と、伏せられた写真立てがあった。
ユナは、自分の部屋もこんな感じだったと、思い出す。ユナの部屋はこんなに綺麗じゃなくて、そこかしこにぬいぐるみが置いてあったけれど。
逃げ出した後、あの家は果たしてどうなったのだろう。
まだ暑かったあの頃を思い出しながら、部屋を眺めていると、左手が震える。
「んあっ!」
中途半端に眠ったときに身体がビクンとなる現象、ジャーキング現象で目を覚ましたその女性は、ちょっぴり涎をたらしながらうつ伏せだった顔を上げる。
「…あ、起きた?よかったよかった!」
肩にかけてあった布団をずり落としながら、寝起きにしては大きな声で話す。
「息はしてるけど、動かしても全然起きないから心配したのよ」
ユナの左手がぎゅっと握られる。
女性のヨレたシャツが見える。一晩中、手を握っていてくれたのだろうか。
「…ありがとうございます」
ユナは人見知りだった。何とかお礼は言ったが、その声はか細かった。
それでも手を離さないのは、少しは心を許しているからだろうか。
「あ!そうだ仕事!!どうしよう!!急いで準備しなくちゃ!!」
ドタドタと部屋から出ていった。
「あ!!!」
部屋の外から、また大きな声がした。そしてその女性がトボトボと帰ってきた。
「今日お休みだった」
てへっ!という顔をしていた。
ーーー
「お名前はなんていうの?」
「…ユナ」
「ユナちゃんって言うのね。わたしはレイナ。よろしくね!それでユナちゃん、どうして…」
「あの!」
「ん?」
「るーちゃんとふうちゃ…」
気持ちがあふれるあまり、そこまで言ってしまったが、そこで思いだす。
このひとはにーちゃんー偽神ーとは違う。にーちゃんは、るーちゃんとふうちゃんが魔物だということも、ユナがモンスターテイマーだということも知っていた。
だが、ユナは知っている。この世界は、魔物も、モンスターテイマーも大嫌いだということを。
「えっと、私のほかになにか、こう、一緒になにか」
それでも二人の居場所が知りたいユナは、慌てて言葉を繋げる。
「ユナちゃんのほかに?うーん…。あ、なんか小さな黒猫に案内されて見つけたのよね。夜だったからもうほんとに真っ黒で、穴でも空いてるんじゃないかってくらい真っ黒な子だった。あ、服なら脱がしてそのまんまだからこの後洗うわよ。そうじゃなくて?」
よく見ると、ユナの服は着替えられていた。ぶかぶかな部屋着だった。
「ごめんね、わたしのしかなくて」
「ううん。ありがとうございます」
ユナに黒猫の心当たりはない。二人は狼と梟だ。小さな黒猫と見間違えることはないだろう。
「そうだ」
「ユナちゃんはどうしてあんなところで倒れてたの?」
「…私、どこにいました?」
ユナの最後の記憶は、森の中だった。いつの間にか、この部屋にいる。
「え?覚えてないの?」
「えっと、その、えーっと」
ユナは一生懸命考える。どこまで言っても大丈夫で、どこから言ってはダメなのか。うんうんと唸りながら考える。にーちゃんに言われていたことだった。魔物は、モンスターテイマーは、人間たちの世界では嫌われている。だから、人間たちの世界で暮らすときは気をつけなさいと。
にーちゃんのことは、話す気にはならない。それより前の逃げることになった時のことから話すか、るーちゃんとふうちゃんのことはどうしよう。
ぐるぐると頭がこんがらがるユナだったが、ふと気が付く。
「あっ!」
”にーちゃん”で思い出した。ユナには、二人の居場所を知る方法がある。二人との繋がりが。
二人との繋がり、契約に意識を向ける。
弱弱しくはあるが、二人の居場所がわかる。街の外だろうか。今まで感じたことがないくらい遠いような気がする。だが、二人ともきちんと生きているし、動いていないから安全なところにいるのだろう。
「ほっ…」
一安心するユナ。
一方で何が何だかわからないレイナだったが、百面相をする様子を見守りながら、次の言葉を待った。
しばらくして、ユナが言葉を繋いだ。
「えっと、その、私、森の中で倒れちゃって」
「森ってもしかしてカストルファの!?」
「たぶん?わからないけど」
「一人で!?…大変だったのね」
そう言ってユナの頭を撫でるレイナ。
カストルファの森。一度奥まで行けば二度と帰ってこれないと言われる場所。悲しいことだが、食い扶持を減らすために、森に子どもを捨ててくる人たちがいるということを、レイナは知っていた。
されるがままに撫でられているユナだった。
グ~~~…
るーちゃんとふうちゃんの居場所がわかり、一安心したこともあってか、ユナのお腹が盛大に鳴いた。
「ふふっ、朝ごはんにしましょうか」
「…うん」
顔を赤くしながら返事をするユナだった。
ーーー
寝室を出て、ダイニングに着いた。
「ここに座って、ちょっと待っててね」
わざわざ椅子を引いて、ユナを座らせてくる。
涎の後もなくなり、シャツもピシッと着なおしたレイナが、遅い朝ごはんを作り始める。
こうしてみると、身長がやや高めの綺麗なお姉さんといった様子だった。長い髪は調理のために後ろで束ねられ、整った顔立ちと服装も相まって、とてもしっかりした大人の人という印象になった。髪を下ろして、涎を付けていたころとは別人だ。
じろじろと見るユナの視線に気が付いたのか、レイナが返事をする。
「冒険者みたいなガサツな人たちに囲まれてると、こっちもガサツになっちゃいそうな気がして、一生懸命、綺麗にしてるのよ。部屋も服装もね。だからさっきのは内緒にしてね!」
「うん!」
ユナはすっかりレイナに気を許していた。
「でも、カストルファの森から来たのなら、昨日森に向かった冒険者のだれかが知ってるかもしれないわね。まさかあんな路地に、ユナちゃんみたいな可愛い女の子を置いてくなんてことはないだろうから、核心に迫るものではないでしょうけど」
そういいながら、手際よく朝ごはんを仕上げていく。スクランブルエッグに、パンにサラダ、スープ。ユナも見知った定番の朝ご飯だった。
「それに、困ったときはお父さん、あ」
少し恥ずかしそうにしながら言い直す。
「ギルド長に、話を聞いてみるといいかもしれないし」
そう言いながら、出来上がった料理を並べるレイナ。スクランブルエッグにケチャップをかけて完成だ。
「さ、どうぞ!いただきます」
「いただきます!」
そうして、二人は朝ごはんを食べ始めた。
「そしたら、一回行ってみましょうか」
一目散にスクランブルエッグを食べ、口元につけたケチャップを付けたユナのほっぺを拭ってあげながら、レイナが続ける。
「ギルドへ」
略称は「モ(ンスター)テ(イマーはせかいで)も(っとも)て(きとうな)」で、「モテもて」にしようと思います!「#もてもて」や「#モテもて」で感想などをツイートしてくれると嬉しいです。泣いて喜びます。