第133話「エゼン・ティスレスト」
「尊敬する、とても親切なお方だ」
訳が分からなかった。イツツは、ユナと一緒に入学したばっかりの、まだ部活すら悩んでいるような時期のはずだ。知り合うようなタイミングなんて、まだなかったはずだ。もしユナの知らないところで、例えば廊下でばったりとか何か落とし物を拾ってもらってとか、どこかで不意に出会ったとして、果たして尊敬されるような関係になれるのだろうか。
(イツツが…?)
ユナの中のイツツでは、そんな風に尊敬されるような姿には見えない。男の子はああいうのが好きなのだろうか。けれど、それなら尊敬にはならないような気がした。
イツツのことも分からないのに、それを尊敬するという目の前のこの人のことが、ユナにはもっと分からない気がした。
「もういいか?」
ユナに訝しむような視線を送りながら、エゼンはそう問う。横を見れば、ベルも似たようなどこか不安のような視線だった。訝しむような悪意はない、心配のような視線だったけれど。
「あの!」
「はぁ、今度はなんだ?急いでるんだが」
エゼンは今度こそ怪訝さを露わにした。けれど、ユナはその圧をなんとか押しのけながら、言葉にする。
「私も、私も見学さす、させてもらっていいですか?」
噛んでも言い切った。気になることがあるから、今日は頑張って行く日だとユナは思った。
「さっきは入らないって言ってなかったか?」
「うっ…」
勢いがあって、頑張ろうと思っても頭が良くなるわけではなかった。まさかそんなことを言われると思ってなかったユナは、頭がこんがらがっていく。
「いいじゃないですか」
「会長」
ユナに助け舟を出したのはベルだった。
「もしかしたら、魅力に気づいて入ってくれるかもしれないですよ?」
「……そうですかね」
「ええ。時間もないんでしょう?早く行きましょう」
「そうですね。行きましょう」
ユナに一瞥すると、エゼンは温室の方へと歩みを進めていった。
「さ、行きましょう」
「あ、はい!」
ユナは呆気にとられながらも、ベルの後ろへと付いていった。
ーーー
温室の入り口には10人前後の生徒たちが集まっていた。見学希望者の、おそらく新入生の一団だろう。十三組のクラスメイトがいなくて、ユナは少しだけホッとした。
「ユナさんもあちらに」
「はい」
上級生と一緒に現われたせいか、視線が集中するなかベルに促されたとおりに生徒たちの方へ混ざった。といっても、最後尾の少し離れたところだけれど。
「皆さん。今日はお集まりいただき、ありがとうございます。部長のブルーベルです」
そう言い終えて、ベルはスカートの裾をつまみ挨拶をする。やっぱり綺麗だとユナは思った。
「生徒会長もやっているので、皆さんとはそちらで関わる機会もあるかと存じます。よろしくお願いしますね」
「わたしは副部長のエゼン・ティスレストだ」




