第116話「コリー・メビッシュ」
「ところで、今日はどうかな?」
ユナは教室の外へ出ていく他の生徒たちをちらりと見る。
今日も部活の勧誘期間中だ。もう決めたのか、急いで目的地へと駆けていく人もいれば、今日はどこになんて呟きながら歩いて出ていく人もいる。リンは前者か。だが、ユナは後者だった。
「えっと…」
昨日は本の整理を断ってしまったから、今日は一緒に行ってあげたい気持ちがあるが、ユナの中でやりたいことが多くてなかなか決められなかった。
スキル関係の部活が他にあるなら見ておきたいし、強くなるのにもっといい部活もあるかもしれない。でも、魔術陣のことも気になるのは事実だった。
いったん思考に区切りが付いたタイミングで顔をリンの方向に戻すと、真っすぐな眼差しがあった。
「……行きます」
「やった!ありがとう!」
ユナはそういう期待のこもった、お願い事のような目に弱く、そして真っすぐ見つめられるのは苦手だ。
ユナのリンに対する印象はしっかりもののお姉さんだったが、ひょっとすると自分とは相性が悪いんじゃないかなんて思考がユナの脳裏を掠めた。
「じゃあさっそく行こ」
そう言いながら、リンはユナの手を引くように握った。その暖かさだけで、さっきの考えが消えていく。
「うん!」
少し元気にユナは返事をして、ふたりで教室を後にした。
ーーー
ユナは部活棟から向かった1回だけしか魔術陣研究会の建物には行ったことがないので、道順にちょっと不安があったが、リンはもうすでに何回も行っているのか、微塵も迷うことなく建物へと着いた。
「失礼します!」
リンの大きな声が響く。
「はーい!」
中から例の先生の声がした。それを聞いたリンが玄関のドアに手をかける。今日も鍵は開けっぱなしなのか、普通に開いた。
「先生!今日はユナちゃんも来てくれました!」
あっという間にユナちゃん呼びだった。敬語が抜けるのも早かったが、ちゃんで呼ばれるまでもあっという間だ。ユナは、自分にはこの距離の詰め方はできないなと、少し羨ましく思った。
「いやあ!助かります」
頭をポリポリとかきながら、奥から例の先生がやってきた。今日も白衣に眼鏡に猫背で、やっぱりなよっとした印象だった。ユナが一昨日会ったときよりも、天然パーマの髪がぼさっと広がっていて、より粗雑な印象を受ける。
「リンさん」
ユナはリンの裾を引きながら、小さな声で呼びかける。
「ん?どうかした?」
「その、先生の名前って…」
「あら、そういえば言ってなかったわね。先生、改めて自己紹介しましょう」
「あっ…そんな」
こっそり教えてくれればいいのに大事になってしまったと、ユナはあわあわするばかりだったが、そこは年長者が冷静に対応する。
「ああ、ごめんね。すっかり忘れていたよ。僕はコリー・メビッシュ。リンくんは先生としか呼んでくれないけど、コリー先生って呼んでくれると反応しやすくて助かります」
癖なのか、また頭をポリポリとかきながらコリー先生は答えた。
「コリー先生…。わたしはユナって言います。魔術陣研究会はまだちょっと悩んでるけど……、その、よろしくお願いします」
「うん。こんな風に頼んどいてなんだけど、他の部活も見てみて決めたほうが、後悔が残らなくていいと思いますよ」
「…はい」
そこで初めて、ユナはコリー先生もきちんと先生なんだなと思った。
「それで、今日は何をしますか?せんせい」
リンは先生としか呼ばないという部分が気に障ったのか、語気を強めてコリー先生に迫る。
「あはは、ごめんごめん。今日はね、もう部屋がパンパンになってきたから、いったんきちんと分類して棚にしまって場所を作らないとなと思って、その分類のところをお願いしようかな」
確かに、もう足の踏み場が怪しくなっているくらいにはそこら中に本が置いてある。しかし、壁沿いに置かれた棚の方はスカスカだった。
「ユナちゃんは文字は問題なく読める?」
「はい」
「じゃあやってみましょうか!どういう分類にすればいいですか?」
「そうですね、とりあえず魔術陣関連のものと、そうでないもので」
「そこからなんですね…」