第114話「頑張る」
「それもだけど、それだけじゃなくて…」
「なんだ、ふたりに会えるという条件だけでは不満か?」
「その…」
ユナは踏ん切りがつかないのか、言葉を濁しつつも、じりじりとコッケツに近づこうとしていた。それを見て、コッケツは何事かと逃げの構えをとる。
「……猫ちゃんも契約、しよ?」
そう言いながら、気持ちが抑えられなかったのか、ユナはコッケツへとまた跳びかかろうとする。その言葉の出にくさとは裏腹に身体は実に正直だった。だが、コッケツは即座に逃げ出した。
「それこそ今の貴様では無理じゃ!」
「え~」
木のうえに逃げたコッケツに、ユナは下から手を伸ばしてぴょんぴょんするしかなかった。
「儂を捕まえるくらいしてから言ってみるんじゃな」
「……頑張る」
そこで、コッケツはユナの契約に対してまんざらでもないと思ってしまっている自分がいることに気が付いて、少し驚き、そして少し懐かしさを感じていた。だが、その表情は闇の中で誰にも見ることができなかった。
ーーー
帰りもなんとかこっそり寮に戻ることができたユナは、翌朝もなんとか寝坊することなく起床し、無事に教室に着くことができたのだった。
「先生」
そして朝の連絡事項が伝えられ、1時間目の授業までのわずか数分という休み時間に、ユナは教室を出ていこうとしたクラ先生を捕まえた。
「どうかしましたか?」
「あの、寮の森の奥にある、その、うーんと」
声をかけようという意気込みだけが先行して、何をどう伝えようか考えていなかったユナは、あの気配のことをどう言葉にすればいいのか思いつかず、うんうんとうなってしまう。
「寮の森…?ああ、あの柵のことですね」
「柵?」
「柵のことじゃないんですか?寮から北のほう、正門のほうですかね。そちらへと進んでいくと、柵に囲まれた場所があると思います。初日に伝え忘れましたが、この学園の中で生徒が立ち入りを禁じられている場所はいくつかあります。まあ一目見れば入ってはいけないとわかるようになっていますが」
「柵…。その、それって、なんか、その、良くないかんじというか……」
「そういえば、ユナさんは【探知】のスキルをもっていらっしゃるんでしたね」
この学園は、基本的にスキルの開示は自由だ。だが、書く欄は設けられているし、一部の特別な理由のある生徒は記入が必須の場合もある。
スキルを書くことのメリットはもちろんあって、そのスキルをより活用した魔法の使い方や、スキルそのものの勉強や訓練ができる。
ユナはもちろん、レン以外の【探知】の使い方を教えてほしいというのもあったが、スキルをあえて開示することで詮索させないという意味もあった。
「はい、【魔素探知】が使えます」
「では納得ですね。ところで、柵の中には入っていないんですよね?」
「はい。見てもないです」
「良かったです。そこはですね。学園で管理している封印物が保管されている場所になります。ですので、一般の生徒はもちろん、私も立ち入ることはできないことになっているんです」
「先生でも?」
「ええ」
「でも、あそこでなにか、その、良くないことが起きそうっていうか…」
「良くないこと、ですか。それは、【探知】で感じ取れたってことでしょうか?」
「うーん、そんなかんじ…です」
ユナ自身もどうしてそう感じ取れるかは今一つ分かっていない。あの気持ちの悪い感覚は、確かに【魔素探知】によるものだと思うのだけれど。
「そうですか……。ありがとうございます。ひとまず、担当の先生にご確認いただくよう言ってみますね」
「え、あ!ありがとうございます!」
ユナはこんなにきちんと聞き入れてもらえるとは思っていなくて、思わず驚いてしまった。