第112話「気配を隠すなら」
「もうよいか?」
やっと落ち着いたユナに対し、いい加減引っ付いてないで離れろという意味で、コッケツはそう告げた。
「…うん」
だが、ユナは居住まいを少し正しただけで、離れなかった。ひしっと抱き着いたままだ。なんなら膝に乗せようとすらしてきている。
「まてまて、距離感が近すぎじゃろう!!」
そう言いながらコッケツは飛び跳ね、ユナの手から抜けだした。
「あぁ…」
名残惜しそうにユナの手がコッケツへと伸び、虚空を掴む。
「契約したわけでもないし、これでも儂はな…」
「だって猫ちゃんなんだもん」
あまりに素直に言うユナ。そして目が合う。
まっすぐな瞳だ。
「はぁ…」
何を感じたのか。コッケツは諦めるようにトボトボと自らユナへと近づく。
「えへへ」
笑顔を零しながら、ユナは服が汚れるのもかまわずに地面に座り、コッケツを抱き上げて膝へ乗っけた。
「猫ちゃん!」
「ん?」
子どもらしくも丁寧にコッケツの頭を撫でながら。
「ありがとう」
ユナは改めて、そう伝えた。
「…うむ」
「それで、ふうちゃんとるーちゃんは!?」
「ほれ」
キュムっと小さな音がした。音のした方向を見るが、それは暗すぎてよくわからない。けれど、以前ユナが引き入れられた穴のような気がした。
そして、そこからふたりが飛び出す。
「ワウ!」
「ホウ!」
「あぁっ…!!」
「おいっ!」
ユナは即座に立ち上がり、現れたふたりめがけて駆け寄った。その拍子に、すっかり思考から転げ落ちたコッケツが、膝からも転げ落ちたのだった。
「あっ、ごめんなさい」
そうユナが謝罪するときには、もう3人は抱き合っていた。
「猫ちゃんも!」
ユナがそう言って手を差し伸べる。
「儂の性分ではない」
「むー」
ユナはほっぺを膨らませて少し不機嫌そうになった。それをぺろっともふっと宥めるふうちゃんとるーちゃんだった。
「それよりも、どうするんじゃ?」
「どうするって?」
「そいつらのことじゃ。このまま部屋に連れてくのか?」
「できるの!?」
「知らん」
「えー」
「儂が貴様の事情など知るか」
「そういえば、一回部屋に入ってきたじゃん。どうして部屋じゃダメだったの?」
「誰が何のスキルや魔法を持っているかわからんじゃろうが。儂だけならまだしも」
ユナも行くときに思いついたことだった。寮にいる誰が何のスキルを持っているのかわからないと。ユナに思いつくことが、コッケツに思い至らないわけがなかった。
「じゃあどうしてここならいいの?」
「木を隠すなら森の中というじゃろう」
「きをかくす…?」
「知らんのか。例えば金の生る木が有ったとして、それをそこらに置いておくよりも、同じような見た目で溢れているところに紛れ込ませた方がバレんという意味じゃ」
「家の中に仕舞ったほうが良くない?」
「そんな大きいもん、入らんじゃろう」
「たしかに…?」
「それよりも、【探知】使えるんじゃろ?してみろ」
「えっ?うん」
ユナは促されるがままに、【魔素探知】を使う。ふたりが引っかかる。
「あれ?猫ちゃんは?」
「それは今はいい。それよりも、気づかんのか?」
「うーん?」
言われてみてもう一度確かめてみる。少し範囲を広げてみたり。
「ヒッ!?」
ユナは思わずたじろいだ。ふうちゃんの羽根にぽすんと収まる。
「まだ下手じゃのう…」
ユナの探知に変なものが入ったのだ。塀の外は相変わらず見えなかったので、学園内ということになる。
「なんか、気持ち悪い…」
異様な気配だった。引っかかった最初は怖いというイメージだったが、少しずつ探っていくと、なんだか気持ちが悪いという表現の方が合うような気がした。
「あれの気配のおかげで、多少の他の気配は霞むというわけだ。気配を隠すならというわけじゃな」
「なにあれ…」
「……。もしかすると、近々あれが災いを呼ぶかもしれん。この学園とやらは、強者の気配も多くあるが、果たして」
「魔物、なの?」
「そうともいえるし、そうでないともいえるだろう」
「私のスキルで」
「ならん!人の世でそのスキルをこれ以上使ってはならん。そうでなければ、こんな夜更けにこんなことをする必要などなかった」
「……」
ユナは何も言えなかった。
「それ以外の方法で対処してみせよ」
「……えっと、私が?」
「何かあったときにはな。何もないかもしれんが」
「だって、スキルを使わずにって…」
ふうちゃんとるーちゃんを見る。ここで何かが起きるということは、もちろんこのふたりに頼るわけにはいかないだろう。ヴィオ・バウハウンドのときのようにはいかない。
「いざとなれば、儂が貴様を助けよう。物は試しと言うであろう?」
どこか促そうとしてくるコッケツ。だが、ユナには自信がなかった。スキルを使わずに、魔物か何かもわからないものをどうにかする自信が。何もわからない。
「……そうだな。もし部屋に連れ込む算段がつかないようであっても、儂がふたりをここに連れてきてやろう」
「猫ちゃん!!」
それでユナはまたコッケツに飛びつこうとしたが、コッケツは容赦なく躱した。
「あっ、と」
ユナは転びかけたが、何とか踏みとどまった。転んでも、難なく追いついたるーちゃんが構えていてくれていたので問題はなかったが。
「それで、どうするんじゃ?」




