第11話「別れ」
”おにいちゃん神様”でひと悶着ありつつも、修行の日々は続いていった。
暴発があった湖も、あっという間に元の姿を取り戻し、青々としていた森の木々は、色付いて黄色く赤くなり、とても水浴びなんてできない季節へと移り変わっていった。
ユナはといえば、魔素の知覚できても、そのコントロールがまだまだできないでいた。あまりにも膨大すぎるユナの魔素は、ユナの手に余った。
「『魔法を覚えたい!』っていってたけど、魔法どころか、属性の判定すら怪しいかもね」
「ぐぬぬ…!」
あれから偽神はちょくちょく出かけることがあったが、長くとも7日で帰ってくるようになった。おにいちゃん神様として、きちんとユナの面倒を見るという自覚がでてきたのかもしれない。それでも、7日という時間はユナにとって、とても長かったけれど。
帰ってくるたびに喋り方が変になっていて、またおにいちゃんっぽい話し方で慣れてきたころ、出かけていく。そんな日々を繰り返していた。
会えない日が多いからこそ、一緒にいれる日は、ずっとこうして修行の様子を見てくれていた。
ユナは、手のひらからチョロチョロと、まるで閉まり切らない蛇口のようにしか魔素を流せていなかった。これでも、葉についた朝露と見間違われていた頃に比べれば、大分マシになったというものだ。
「でも、ちょっとはコントロールできるようになってきたかな?そろそろ試してみる?」
「え?もしかして魔法!?」
「残念ながら魔法じゃなくて、スキルだね」
偽神は一瞬言い淀む。
「ゆーちゃんは魔物と心を結ぶ…、【モンスターテイマー】のスキルを持ってるから」
魔物を絶対悪として忌み嫌うことが当たり前のこの世界で、【モンスターテイマー】とは、その悪とまったく同じか、それ以上に憎まれている存在だった。
特に魔物によって、身近な人の命が奪われたことがある人たちにとっては…。
「…うん」
「スキルは、それだけでいろいろな補正がかかる。たとえ魔素がほんのちょっとでも、うまく発動できるはずだよ」
「でも、何をするの?魔物いないよ?」
実際に、この湖の周辺地域には、魔物がまったく存在していなかった。ユナがここに来てから数か月、”るーちゃん”とふうちゃん以外には一匹も見かけていない。つまり、【モンスターテイマー】ができることはないはずだ。
「ゆーちゃんは、実はまだ【モンスターテイマー】のスキルを使えてないんだ」
「え?」
そんなはずがない。ユナのそばには、今もこうして”るーちゃん”と”ふうちゃん”がいる。
【モンスターテイマー】のスキルは、”るーちゃん”や”ふうちゃん”のように、魔物と仲良くなるスキル、というわけではないのだろうか。
「スキルっていうのは、少なからず魔素を利用する。魔力でも多分使えるんだろう。【モンスターテイマー】というスキルは、ゆーちゃんが従えている、るーちゃんやふうちゃんのように、魔物を使役するスキルのことを言うんだ」
「お友達になるスキルでしょ?」
「お友達…か」
何やら考える偽神だったが、振り払った様子で続ける。
「ゆーちゃんがお友達になれたのも、スキルのおかげかもしれない。ほとんど魔素や魔力が使えない中で、スキルがるーちゃんやふうちゃんをお友達にしてくれたんだ。でも本当の【モンスターテイマー】のスキルはそうじゃない」
「そうなの?」
ちょっと興味なさそうな、飽きてきたときにでるセリフ。
いつもならちょっとムッとしながら答える偽神だが、今回は自信満々といった様子で答える。
「そうなの!本当の力、それは契約さ!」
「けいやく?」
「そっか契約知らないか」
ユナがいたような小さな村では、契約のような格式ばった概念が無くとも生きていけたのだろう。
そんなユナにどう説明するか。
偽神が思い浮かべる契約は2つだった。一つは忌まわしき魔族の。もう一つは、愛を誓うときのもの。
今回は、後者のもので説明することにした。
「より強い絆っていえばいいのかな?」
「強い絆…。それがあればるーちゃんとふうちゃんともっと仲良くなれる?」
「ああ!今よりずっとね」
「やる!」
「よしきた!早速準備しよう!」
ーーー
改めて”ふうちゃん”と”るーちゃん”に並んでもらい、ユナと対面の状態になる。
「僕が”偽神様”に対して、”にーちゃん”と呼ばれているように、”ふうちゃん”と”るーちゃん”にも、本当の名前があると思うんだけど、なんていうの?」
「ううん!ないよ」
「本当に?」
「うん!」
「…ところで、名前の由来を聞いても?」
「魔物図鑑で見てピンと来たの、ふうるふぉーるでふうちゃん!るぶすおんどでるーちゃんって!」
ユナの拙い言葉から、何とか汲み取る偽神。
「フウルフォールに、ルヴスウォンド、か?」
「そう!それ!」
「森閑梟と雷霆狼が、今はそんな呼び方になっているんだな…。これがジェネレーションギャップというやつか…」
「じぇね?」
「それはさておき!!契約には名が必要なんだ。名前でその魔物を縛る…。いや、名前をあげることで、より強固な絆を結ぶんだ」
「名前をあげる…」
「一度契約したら、その名はもう変えることはできない。ふたりとも、本当に今の名前で大丈夫?」
ユナは思い返していた。
初めてふたりと会った時のこと。名前を思いついた時のこと。修行の合間を縫って、会いに行っていた時のこと。あの村から逃げた時のこと。この湖に来るまでの時のこと。
そして、今目の前にいる。ふたりのこと。
「うん。”るーちゃん”はるーちゃん。”ふうちゃん”はふうちゃんだよ」
「ホウ!」
「ワウ!」
るーちゃんも、ふーちゃんも、元気に返事をした。
「そうだね。聞くまでもなかったか」
偽神も、どこか暖かい気持ちになっていた。
「じゃあ契約しよう。ゆーちゃん手を出して」
「はい!」
元気よく、手のひらをめいいっぱい開いた両手をバッと差し出す。
「契約には生素の流入と、魔素の流入が必要なんだ。たしか、魔素を込めた血を飲ませるのが、一番いいはずだよ」
「え」
元気に差し出した手を、さっき以上の速さで戻す。
両手を自分の胸元にぎゅっと抱えるユナ。怯えているようにも見えるが、ファイティングポーズのようにも見えた。
偽神は、警戒しているのを察しつつも、こればっかりは仕方がないと諦めて言う。
「前にも言ったと思うけど、生素は魂を形作る。でも魂はあげれないだろ」
ふとユナの頭に、お父さんが話していたオバケの話が思い浮かんだ。
ブンブンブンブンッ!!と頭を振って拒絶するユナ。
「そうなると、一番近いのが血になるんだ」
「えぇ…他にないの…涙とか…。あ!よだれとか!」
”自分の身体からでる血みたいに水っぽいもの”を一生懸命考えた結果、ユナが導き出した一番痛くも辛くもないものは、よだれだった。
「ばっちいじゃん!!それによだれじゃ薄すぎて役割を果たせないよ」
「ぐぬぬ…」
「痛くしないから、ほら」
しぶしぶユナは左手を前に出す。
ギュギュギュっと、目をこれでもか!と閉じて、その時を待つ。
サッ
「はい、終わったよ」
「え?」
思わず目を開くが、そこには目を閉じる前と変わらない左手があった。
「本当に痛くない…。でも血出てないよ?」
「でてるよ、ほら」
すると、ユナの左手、人差し指からプクッと血が出始めた。
「あ!血!痛い!!」
「痛くないって、ほら早く魔素を込めて」
「痛いもん!」
そんなに痛いわけではないのだろう。だが、自分の身体から血が出ていたら、反射的に痛いと言ってしまうのも、確かだ。
「あ、指からはまだ魔素出せなくって」
「あ」
ポタっと指先から血が垂れ落ちた。
「にーちゃん!?どうしよ!?」
「えっと!ええっと!?」
そこには、無計画でアホの子なおにいちゃんと、それに巻き込まれた悲しき妹がいた。偽神とユナだった。
「そうだ!手のひらを丸めて、そこに血が流れるようにすれば」
「だね!!」
ぎゅっと指と指の間を埋めて、水を救うときのように左手をすぼめる。
少しずつ、少しずつ血が流れ、手のひらに血がたまった。もう傷がふさがり始めている。
「よし、今度こそ魔素を流して」
「うん」
いつものチョロチョロとした魔素を流す程度なら、瞑想なんてしなくても、ユナにとっては朝飯前だった。
「ハッ」
チョロチョロとユナの手のひらから魔素が流れ出し、血がそれを纏っていく。
「よし、十分!いこう!」
「ふうちゃん!」
「ホウ!」
ふうちゃんが頭を下げてユナの手の下に入り込み、一生懸命くちばしを開ける。
そこに手を傾け、流しこむ。ふうちゃんがきちんと受け止め、ゴクンと飲み込んだ。
キンッ…
ユナにはそんな音が聞こえた気がした。
「成功したかな?」
「うん」
ユナは即答した。これが、スキルによる”契約”。
「まるで、ふうちゃんがすぐそばにいるみたい」
「成功したみたいだね」
「ホウ…」
ふうちゃんも驚いているようだった。
目の前にいるが、それとは別に、確かに”そばにいる”という感覚。ともすれば、ふうちゃんの考えてることも、ふうちゃんと一つになることさえできそうな感覚。
しばらく、その新しい感覚に、ユナとふうちゃんは酔いしれていた。
ーーー
「でも、にーちゃんってその場その場っていうか、テキトーなところあるよね」
「ぐう」
ぐうの音はでた。
「まあ、これでも一応神様ですし?気まぐれなところもあると言えば?ええ、ありますとも?」
「変なしゃべり方」
「…」
今度はぐうの音もでなかった。
「…まあ、これでふうちゃんとどれだけ離れても、場所を感じることができると思うよ」
「うん。そんな感じがする」
ふうちゃんとたしかに”結ばれている”感覚。これは今までに感じたことのないもので、でもどんなものよりも確信をもって感じられるものだった。
「人間の街には連れていけないだろうからね。きっと、ずっと近くにはいられないときがくる。でも、契約しておけば、街の外だろうが国の外だろうが、居場所がわかるから」
「…人間の街」
ずっと一緒にはいられない。そう思ってはいたが、それが明確に偽神から提示された気がした。
「にいちゃんも一緒に人間の街、行こ?」
思わずこぼれた願い事。
「…僕はさ」
ユナの心を察した偽神だったが、おにいちゃんとして、まだ泣いていない妹より先に泣くわけにはいかなかった。
「これでも一応神様だし、この場所から離れられないからさ。…ごめんね、ゆーちゃん」
「……うん…」
しんみりとした空気が流れたが、まだやらなければならないことがあった。
「さ!ゆーちゃん!るーちゃんの契約もしなくちゃね!」
「ワウッ!」
ユナを元気付けるように、自分がいるからと示すように、るーちゃんが元気に返事をする。
「そうだね、お待たせるーちゃん」
「もういっちょいくか!」
先ほどは目を閉じていたから見えなかったが、偽神の手には、あの石像が持っていたものと同じ、槍が顕現していた。
「え」
ユナは自分の左手を見る。すっかり血は止まって、手のひらの血もパリパリになっていた。ということは、もう一回切るということだ。
「いくよ、さあ手を出して」
「え、え、」
指じゃなくて手のひらでとか、にーちゃんが下手しなければ切るの一回だけですんだのにとか、手のひらにのパリパリ洗ってからじゃないととか、色々考えながらも言われるがままに手を差し出してしまうユナ。
サッ
勢いよくさっきと同じところを切られた。
そこでやっと思考が追い付いたユナはいつものセリフを言う。
「にーちゃんのばかーーー!!!!」
その後、手を洗い、今度こそは手のひらねと念を押し、なんとかるーちゃんの契約も終えたのであった。
ーーーーー
それからまた数か月が過ぎた。
湖の雪化粧した姿は、儚さと美しさが混じり、緑が生い茂って生命の息吹であふれていたあのころとは全く違っていたが、神秘というその一点だけは変わっていなかった。
「ゆーちゃんいいかげん許してよ~」
「めっ!」
すっかり冬毛になったるーちゃん。それをもふもふするユナ。
「るーちゃんもやだもんね~」
「ワウワウ!」
「ね~」
るーちゃんと契約したとき、無駄に指を切ったり、パリパリのまま切られたり…。
そのテキトーさ加減はとどまるところを知らず、この寒い季節にユナの服のことを『これくらい平気平気』などと言って流し、危うく風邪をひくところだったりしたのだ。
そのため、偽神に【るーちゃんもふもふ禁止令】が出されていた。たとえ7日ごとにしか会えなくとも!
「クッ!!!!見せつけてくるなんて!!羨ましい…!!」
そんな一幕がありつつも、今日も修行を続ける。
ーーー
「今日はいつもと違うことをします!」
「はい!」
ユナは、自分の魔素を器用に動かすことは得意になった。るーちゃんやふうちゃんとの契約によって居場所がわかるようになったのもあり、手を触れなくても遠隔で魔素流入ができるようになっていた。
しかし、ユナがコントロールできる魔素の量は一向に増えていなかった。とても魔法を使うというレベルには達していない。
「魔力、やってみようか」
魔力と言えば、偽神が魔素流入したとき、パリンッと音がして壊れたやつだ。
あれのおかげで、魔素がわかるようになったが、同時に魔力は使えなくなったはずだ。
「使えなくなったって言ってなかったっけ?」
「それはそうなんだけどさ、よく考えたら、人間の街にいったとき、魔力じゃなくて魔素を使ってたら怪しまれたりしないかなと思って」
「怪しまれる?」
「そう。ここにはたくさんの願い事があつまるから、いろいろ聞くわけなんだけど、『魔力試験に合格できますように』とか『お父さんの魔力量を超える!』とか『魔力ジムで身体も魔力もムキムキ』みたいな、”魔力”の願い事はいっぱいくるんだ」
「最後だけおかしくない?」
「でも”魔素”という単語は一回も聞いたことがない。つまりは、人間達の間では魔素という存在が認知されていないということになる」
「魔力ジムって何?」
「魔素と魔力は明らかに別物だったから、もしゆーちゃんが人間の街にいって、魔素を使ったら、もしそれを探知できる人がいて、明らかに人間とは違う力を使っているというのがバレてしまうことがあったら、そしてそれが魔物と同じ、魔素の力だと気づかれてしまうことがあったら!」
「にーちゃーん」
「もしかするとゆーちゃんの身に危険が迫る可能性が…!」
「にーちゃん!!!」
「ひゃい!?」
「魔力ジムってなに!!」
「そこ?」
「うん」
「ジムって言って、体を鍛える施設があるんだ。それの魔力版みたいだよ。どんな設備があるのかは知らないけど」
「へぇー」
ユナなりに話題を逸らそうと試したが、その甲斐も空しく、話題は元に戻る。
「それより、魔力を使えないと危険なんだ」
「…うん」
それはユナにとって、別れへの道のりを示されたような気分だった。
もし魔力を使えるようになったら、人の街で普通に過ごせるようになる。それは、ここから出ていくことができる、ということになる。
(もし、魔力が使えないままずっと修行していられたら、ずっとここに…)
それを察しつつも、偽神は続ける。
「だから、魔術陣のお勉強をしよう」
念願の”魔法”に似た言葉が出てきて、ユナは思わず反応する。
「魔法じゃなくて?」
「魔術陣。術式を陣という形に収めて扱う魔法のことだよ」
「それと魔力って、何か関係あるの?」
「最初ゆーちゃんの身体の中にあった、魔力を作ってたやつ。あれもたぶん魔術陣の一つなんだ。だから、その魔術陣がわかれば、魔素を魔力に変換することもできるようになるかなって」
ふむふむと、わからないなりにわかろうとするユナ。
「その魔術陣ってさ…」
ユナの声のトーンが一つ落ちる。偽神じゃなくても察しただろう。
「いやーその、魔素の流れが悪かったから、邪魔者だなと思って、よく見てなくてさ、ね?」
「『ね?』じゃないよ!その魔術陣を思いつきで壊したの、にーちゃんでしょ!」
「ゔっ」
「にーちゃんてやっぱりテキトー!!」
「ごめんなさい!!」
素直に平謝りする神様も、この世には存在するようだ。
「もう!…それで、その魔術陣もうないのにどうするの?」
「一応チラッとは見たからさ、それを思い出して、似た魔術陣を作ったんだ。この魔術陣をゆーちゃんに使ってもらって、実際に変換できるか試してもらう」
「魔法が使えないのに魔術陣は使えるの?」
「それが魔術陣の強みなんだ。魔術陣はあらかじめ魔素を流し込んで、溜めた状態にしておくことができる。本当は戦闘時に魔素切れにならないようにとか、準備のために使うんだけど、今回はゆっくり溜めることができるってところが重要かな」
「時間はかかるけど魔法が使えるってこと?」
「そうだよ」
「やった!魔法っ!魔法っ!!」
「でも流し込んでる間に魔術陣の勉強だからね」
「まほう…」
お勉強と魔法の間に挟まれて、喜び、しょんぼりするユナ。
そんなユナと、あとどれだけ一緒にいられるのだろう。
偽神もユナとの別れを、思い始めていた。
ーーーーー
それから数日、その時は唐突にやってくる。
ドオンッッ!!!
「!?」
まるで逃げている最中に出会ったあの亀の時のような、激しい音が響き渡り、ユナは目覚めた。
るーちゃんとふうちゃんも同時に飛び起きる。
「ゆーちゃん!!!」
偽神の声だ。
「にーちゃん!」
まだ辺りは真っ暗。深夜だった。うっすらと見えた影がこちらに走ってきて、ようやく顔がハッキリと見える。
「ゆーちゃん!!!無事か!」
「にーちゃん!私たちは大丈夫!それよりこの気配、なんなの?とっても怖い…」
「ああ、それは…」
ドオンッッ!!
「「!?」」
今度はさっきより近い。
「…もしかして、1月か!」
偽神が何かに気が付き、叫ぶ。
「あいつら、27日じゃなくて、1月だから大丈夫だと踏んだのか!?1ヶ月も続けるつもりなのか!?!?」
「にーちゃん!」
「ごめんゆーちゃん、時間が無くなった。今から転移の魔術陣を敷く。そしたら、ここから転移して、人間の街に行くんだ」
「えっ」
「細かい座標の指定は間に合わない!でも、ここから一番近い人間たちが沢山いる方向、できるだけ近くまで飛ばすから!」
その間にも激しい音がする。バキキキと、そこかしこから木々の折れる悲鳴が響く。
でも、ユナはそんな音はどこか遠く。今偽神から告げられたその言葉が、どうしても受け入れられなくて、戸惑ったまま、動けないでいた。
その間にも偽神の準備は続く。
どこから取り出したか、巨大な巻物を取り出し、平らな場所を見つけて、地面に広げる。
「乗って!!」
そういってユナを強引に陣の上に立たせる。ふうちゃんとるーちゃんも同時に飛び乗った。
「ハアアアッッ!!!」
偽神が、魔術陣に端に手を当て、生素と魔素を流し始めた。
流し込まれた魔術陣が、ほのかに光り始める。
「きれい…」
動けないまま、回らない頭で、ふとそんな場違いなことを思う。
ドオオオオンッッ!!!
ひと際大きな音が近くで響いた。その余波で巻物が捲れ上がる。
中に巻き込まれたユナたちは、一回転したかと思うくらい勢いよく倒され、現実に引き戻された。
今まさに、何かが起こっていて、逃がされることになるのだと。
「クソッ!!」
中から、外から、それぞれ陣を広げなおす。ユナたちが陣の真ん中に戻ると、偽神が再び魔素と生素を流し始める。
”にーちゃん”との別れの時が、目の前にあった。
「にーちゃん!また会えるよね!?」
瞬間、偽神の流入が止まる。
もちろん。そう、即答してくれるのを期待していたユナは、偽神のその顔を見て、恐ろしいほどに傷ついている自分に、気が付く。
「…僕は、」
偽神はの顔に恐怖が刻まれていた。
”また会う”というその言葉は、この状況下で、偽神の中の何かを不意に引きだした。
「僕は…まだ死ぬわけにはいかない…!覚悟なんて!無理だ!!嫌だ!!!死にたくない!!!」
泣いたのはどちらが先か。
ユナの目からは、静かに流れるように。偽神の目からは、なりふり構わず。
零れ落ちる。
あまりにも変貌した偽神の姿。
(ーーーまた会うと、死ぬ?お父さんや、お母さんみたいに?にーちゃんが…?なんで????)
「…にー…ちゃん…?」
「あ…」
偽神の瞳にユナが映る。
まだ、本当なら守られるべき子ども。可愛く、幼く、とてもこんな場所まで一人でこれるようには見えない。
だが、すべて乗り越えて、ここに来た。
そして一緒に過ごし、その強さも、その恐怖も、偽神はすべて見てきたはずだった。
今、泣いている。
パチンッ!!
偽神が自身の頬をひっぱたいた。
「ごめんゆーちゃん」
「にーちゃん…?」
「…ゆーちゃん!もう君は行かなくちゃいけない」
今流れている涙は、どうしてか。
偽神が、魔術陣に手を当て、生素と魔素を流し始める。
「ゆーちゃん!僕は君が好きだ!」
「私も」
偽神へ手を伸ばす。
思わず魔術陣から飛び出しそうになるユナ。
「ダメだッ!!!」
声に大きさに驚き、ビクッと陣の中に立ち止まる。るーちゃんとふうちゃんも、ユナが魔術陣から出ないように、優しく、だがしっかりと立ちふさがっていた。
「ゆーちゃん。これから、君にはたくさんの困難が訪れる。苦しいことも、辛いことも。今だってそうだ」
魔術陣に当てられた手が、腕が、身体が、震えている。
「ゆーちゃん。辛いときは逃げていいんだ。逃げて逃げて…、本当は逃げてほしいんだ…」
顕現している力すら注ぎ込んだのだろう。偽神の身体が崩れていく。
「でも、また僕に会いたいなら、逃げずに、そう、思うのなら、その時は、どうかためらわないで」
「わからないよ!!!!!」
なにもわからない。どうして離れ離れにならないといけないのか、どうして逃げてほしいのか、どうして死ぬなんて言葉が出てくるのか、どうして会いたいといってくれないのか、どうしてこんなに、ぐちゃぐちゃに泣いているのか。
どうして、どうして好きなのに、どうして一緒に、いれないのか。
「離れたくない!!会えるならいつだって会いたいよ!!どうして!!!」
「ごめんね」
「にーちゃんっ!!!」
「バイバイゆーちゃん」
注ぎ終え、魔術陣が発動し、目の前が霞み始める。
「にーーちゃあああああああっっっ!!!!!!!」
偽神のその声は、届かない。
「愛してる」
はい。ということで、ここで一区切り着きました。
ここまでプロローグです。第0章です。長い長いプロローグでした…。
来週はいったんお休みします!再来週から第1章開始予定です。(そろそろ略称とか考えたい…)
引き続きよろしくお願いします!




