第102話「ブルーベル」
その建物は全面がガラス張りで、良く日光を通しそうな建物だった。
(地震とか起きたら全部割れちゃいそう…)
ユナがそんな心配をしているのもつゆ知らず。そのお姉さんは、壁に取り付けられた板に手のひらをかざした。
ユナがよくわからないまま一瞬待たされると、ピピッと音がして扉が自動で開いた。
「こちらが私たち植栽研究会自慢の温室です。さ、どうぞこちらへ」
「おじゃまします…」
選ばれた人しか入れなさそうな雰囲気のところへと、恐る恐る入っていく。温室の中はむわっと蒸し暑い感じがした。外のまだ冷たい春の空気とは違って、爽やかじゃないときの夏の空気だ。
先ほどまでは遠くから勧誘や部活をしている音がしたけれど、今はそれも聞こえなく、まるで別の世界に来たみたいな気分だった。
「静か、ですね」
「勧誘の方でみんな出払っていますから」
「…お姉さんはいいんですか?」
「お姉さん?」
「あ、えっと」
「あら、そういえば自己紹介がまだでしたね。わたしはブルーベルといいます。皆にはベルと呼ばれているので、ぜひ気軽にベルとお呼びください」
「は、はい。その…。……ブルーベルさん」
ユナはなかなかニックネームで呼ぶ勇気が出なくて、悩んでから普通の方で呼んだ。
そのぎこちなさを微笑ましく思うように、ブルーベルは微笑えむ。
「私はユナって言います」
「ユナさん、よろしくお願いしますね」
「は、はいっ」
自己紹介を終えて、温室を案内してもらう。
「こちらは温暖な気候の国から取り寄せた、ユリクスセレファスでは見られない花々です」
「わぁ…」
そこには、外で見たのよりもより原色に近いような赤や黄色の花々が、所狭しと並び、宙からぶら下げられた鉢にもたくさん植えられていた。
こんな植え方を見たことも想像したこともなかったユナは、ただただ驚くばかりだった。
「こちらは薬草です。薬学研究会に依頼を受けて、一年を通して育成しています。食材として使われるものもありまして、そちらは料理部にお渡ししたりしてますね。それであちらは…」
そのあとも色んな花を、学校のことや部活のことを交えながら紹介してもらった。話しているブルーベルはとても楽しそうで、少しずつそれをおすそ分けしてもらうかのように、ユナもどこか楽しかった。
ーーー
一通り回り終わって、温室から出たところで、物を落とす音が聞こえた。
「あれは…」
ユナと同じ教室にいた、リンだった。
「お知り合いですか?」
「その」
一瞬悩む。まだあったばかりで、名前しか知らない人を何というのか。だが、同じ十三組だと、そう思った。
「クラスメイトです」
物を落とした様子のリンは、慌てて拾おうとしてまだ手元に持っていた荷物も落としてしまったようだ。あたふたと困っていた。
それを見て、ユナはソワソワとうずうずとした。
「ふふ、こちらは良いですから、行って差し上げて」
「はい!いろいろ、その、ありがとうございました!」
「いえいえ、それではごきげんよう」
そう言ってブルーベルは、片足を引きながらスカートの裾をつまみ、軽くひざを曲げて頭を下げた。
それが礼儀作法の一種だということを知らないユナは、スカートの裾が広がった姿が花のように見えて、お花の真似をしたい人なのかなと思ったりした。
「ご、ごきげんよう」
だがその姿が可愛くって、見よう見まねでユナもやってみる。めいいっぱいスカートを広げて、満開の花のように。
ブルーベルは、その様子が余りに可愛らしく、口元に手を添えながら顔いっぱいに笑みを浮かべた。
「いろんな部活を見て回ってくださいね」
「はい!」
微笑みを湛えながら手を振るブルーベルを、ユナはやはり花だと思った。
ブルーベルに別れを告げ、急いで慌てているリンのもとへ駆け寄った。
「リンさん!」
「あなたは…、ユナさん?」
「手伝います」
「え?…ああ、ありがとう」
荷物を拾い集めるので頭がいっぱいなリンは、言葉のテンポが悪かったが、なんとか理解したようだった。




