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第10話「知覚と暴発と絶叫と」

遅刻しました。ギリギリまで書いてたんですけど、区切りつきませんでした!来週で区切りつきます!はい!!

ということで、誤字脱字が怖いですが、いつもより長い本編をどうぞ。


 「行ってらっしゃい!」


-----


 そう言ってから、ちょっと数え間違えそうになるくらいの日数が経った。


 「にーちゃん…」


 「ホウ…」


 今日も偽神(にせがみ)は起こしに来なかった。

 悲しむユナを慰めるように、”ふうちゃん”と”るーちゃん”が寄り添う。


 「ずっと一緒にはいられない」


 ユナは気づいていた。偽神が『実は時間がないんだ』と言って、急いで修行に入ったのも、今こうしてどこかに行っていないのも。きっと何か(・・)が起きて、一緒にはいられなくなる。そんな確信が、ユナにはあった。


 「こんなんじゃいけない!」


 ぺちぺちと自分の頬叩き、叱咤(しった)する。


 「朝ごはん食べて、修行にしよっか!」


 「ワオーッ!」


 「ホーッ!」 


 いつもと同じ色のリンゴが、綺麗にそれぞれの身長に合わせた高さで生っている。自分たちが寝床にしている木の裏に生えているこの木。偽神が用意してくれた”ごはん”だった。


 「おいしいんだけど、何日も同じ味じゃ流石に…」


 ユナは”るーちゃん”と”ふうちゃん”のほうを見るが、二人とも、ちっとも気にしてなどいないのか、おいしそうにシャクシャク食べていた。野生出身だからだろうか。

 ユナもシャクシャクと、食べなれた赤いリンゴを完食し、願いの湖に移動する。


 「いつ見てもここはきれいだな~」


 今まで見たことのない、鮮やかな湖。

 儚げな木漏れ日が差し込み、風が吹けば神秘的に(きら)めく。動物たちが心穏やかに過ごし、華やかな香りのするこの場所。そして、その神秘の中心に()する石像。


 「これが、るーちゃんとふうちゃんには見えてないんだもんね」


 生素(きそ)に適性が無い二人には、周りの動物は見えていても、この光景全部は見えていないだろう。湖のぶんだけ、ただぽっかり穴が開いているように見えるのだろうか。もしかしてあの石像も、見えていなかったりするのだろうか。


 「そんなことより修行修行!」


ーーー


 お昼を過ぎても瞑想(めいそう)を続けていた。

 改めて目を閉じ、集中しようとするが、頭の中は考え事でいっぱいになった。

 偽神が『行ってきます』と言ってから6日、いや、7日が経っていた。


 (すぐに帰ってくるって、ほんの数日だけって、言ってたのに)


 瞑想の途中だというのに、思わず目がウルウルしてしまう。


 「修行がうまくいけば、帰ってきてくれるかな」


 ユナは目を開け、魔素(まそ)を流し、修行の成果を確かめる。


 ダダ()れになっていた自分の魔力は、きちんと閉じて、見えないようにできた。

 もともと魔素探知(まそたんち)はできていたし、そこまでは余裕だった。1日目どころか、偽神が出発してから1時間も経たずにできたくらいだ。


 だが、そこまでだった。

 修行はうまくいっていなかった。


 身体の外側を塞ぐのは簡単だった。目に見えるから。

 そう、ハッキリと見える。実感もきちんとしているはずだ。魔素の存在がわかるようになったはずなのだ。


 でも、身体の内側(・・・・・)が見えない。


 ユナ()の目では、ユナ()自身の内側を見ることができない。


 「実は自分のことが一番わからないのって、自分自身なのかな」


 そんな哲学的なことを、少し泣きそうになりながら呟く。今日もこうして1日が終わってしまうのだろうか。


 ペロペロと、まだこぼれていない涙すら拭うように”るーちゃん”がユナの頬を舐める。


 「るうちゃん…。……ありがとーーーっ!!!」


 無理やり元気を出して、”るうちゃん”に倒れこみ、もふもふすることで元気を取り戻す。お腹から野性味のある香りがするが、容赦なく。もふもふもふもふ。


 「はぁーーっ!」


 一通り撫で繰り回して、大きく息を吐く。


 「自分自身…か」


 ふと、お父さんの言葉を思い出した。


 『瞑想とは、自分自身と向き合うことでもある』


 自分自身と向き合うこと。


 「そういえば、前ににーちゃんに魔素を流してもらったときは、黄色っぽい感じだったような…。そうだ!」


 ユナは咄嗟(とっさ)に思いついて、”るーちゃん”と”ふーちゃん”を呼び寄せる。


 「私に魔素流すやつ!まそりゅうにゅう!やってくれない?」


 今日まで、ユナは自分の成長具合を確かめるため、そして魔素のコントロールに合格するため、先生である”るーちゃん”と”ふうちゃん”に何度か魔素を流し、うまくなったかどうかを見てもらっていた。もちろん全不合格だったが。


 だが、逆に(・・)二人からユナに流してもらったことは、一度もなかったのだ。


 「ホウ!」


 ”ふうちゃん”が流してくれるようだ。


 「よろしくね!」


 そういってその場に座り、目を閉じ、集中する。

 瞑想に入ったユナの背中に、”ふうちゃん”の羽根が静かに()えられる。


 スッと、偽神のものとは比べ物にならないくらい、優しく魔素が入ってくるのがわかる。


 (黄色くない…。これは…。赤いような…)


 その瞬間、ブワッと、一気に知覚する。


 (これ、は、)


 ”ふうちゃん”の魔素が、優しく流れる川のせせらぎだとして、それが流れる場所がある。

 流れ来る川に対して、そこに存在する大地。

 それは身体の内側、ユナの内側の世界。


 今まで見えていなかったのは、その内側があまりに広大で、埋め尽くされていたからだった。


 「白い…」


 それは白だった。ユナの、内側の世界は真っ白で。

 自分自身で掴めていなかったのだ。


 ”ふうちゃん”の魔素が、白い世界に、一筋の透き通った赤として流れる。まるでその背景色とでも言わんばかりの圧倒的な白色が、すべてユナの(ちから)なのだ。


 「今まで黒いと思ってたのに」


 それはユナの無意識のところで、固定観念になっていたことだ。

 目を閉じれば、目の前は暗くなる。それは黒色。そこに響くのは、耳から聞こえる音、鼻から伝わる匂い、そして肌の感覚。あとはちょっぴり眠気。


 ユナにとっての瞑想は、黒色と感覚でできていた。


 でも、それは違ったのだ。

 お父さんと瞑想をしていた時は、一生懸命黒い中から、わけもわからない魔力の感覚を探そうとして、全然見つからなかった。

 偽神に魔素を流してもらったときは、黄色かった。だから、修行に入ってからは一生懸命その黄色を探していた。暗闇の中で。


 でも、今わかった。


 「私の魔素は、白いんだ」


 魔素、それは人ごとに色がちがうのかもしれない。偽神に流してもらったときは黄色で、”ふうちゃん”は赤色。ユナは白。


 おかげで、自分自身の魔素が、わかるようになった。


 「ありがとう!ふうちゃん!」


 「ホウ!」


 「よし!これでちょっとは魔素がうまくコントロールできるようになったかも。試しに…」


 偽神がやっていたみたいに、丸い魔素を出そうと試みる。


 自分の手のひらを目の前に出す。


 目を閉じる。


 そして、深呼吸をする。


 「すーーーっ。はぁーーー…」


 深呼吸を繰り返しながら、深く、深く、自分の内側を探っていく。


 白い魔素の中に流れる赤い魔素は、その流れ方がよくわかった。どれくらいの量が、どの方向に行くのか。

 でも一面の真っ白な魔素は違う。どれがどこに向かっているのか、そのそも流れがあるのかさえ、わからなかった。


 深呼吸を繰り返す。茫洋(ぼうよう)とした白の中で、うまくいかなくて悶々(もんもん)としてきた。


 (全然どうなってるのかわからない…!)


 悩めるユナが取った行動は、年相応とはいえあまりにも短絡的だった。


 「よくわからないから…」


 目を見開き、自分の右手にすべての白が流れ込むように、(ちから)と、気合と、心を込めて、集中する。


 「全部行っちゃえ!!」


 すると、力の入れすぎか、まるで血がにじみ出るように、赤い何かが右の手のひらから滲み(にじみ)出てきて、次の瞬間。


 パギャアオンッ!!!


 「キャッ!」


 破砕音とも崩壊音ともつかない、恐ろしい音が響き渡ったかと思えば、鋭い風圧で、辺り一面もろとも、ユナたちは吹き飛ばされた。


 「ゔ…ゔうん…」


 身体をしたたかに打ち付け、うつぶせに倒れたユナは、何とか顔をあげる。


 そこには、さきほどまでの湖とは違う景色が広がっていた。


 美しく儚い木漏れ日はどこへやら。木々が消え、ぽっかりと穴が開いた空からは、燦燦(さんさん)と太陽が降り注ぐ。

 湖の水面は荒立っており、まるで怒っているようにも見える。

 石像にの周りにもいたはずの小鳥や動物たちは、見る影もない。

 華やかな香りどころか、焼け焦げた香りさえする。


 「やっちゃった…」


 バササッと音がして、”ふうちゃん”たちが近寄ってくる。

 いつもは音もさせずに飛ぶ”ふうちゃん”が、羽音を響かせている。


 「ほう…」


 「わう…」


 二人とも、大きな傷こそないものの、ボロボロになっていた。


 と、そこに現れる一つの影。


 「無事か!」


 偽神の声だ。


 「やはり()のものたちが、ここまで…」


 偽神が、森の奥からやってくるのが見えた。


 「やってきたと…」


 こちらまで軽やかに走ってくる。


 「いうの…」


 ユナのそばに着き、その湖の有様を見た。

 そして、全てを察し(・・)、茫然とする。


 「ユナ(・・)、これはあなたがやったのですか」


 ユナはやっとのことで起き上がり、うつ伏せからペタンと座った体勢へと変え、偽神に返事をする。


 「…ごめんなさい」


 最初に出た言葉はそれだった。この湖を、この場所をめちゃくちゃにしてしまった。そのことで偽神が怒ってしまったんじゃないか。そう思った。

 湖を見ている偽神の顔は、やや後ろに座っているユナからでは見えなく、それもまたユナの心を焦らせた。


 「………………」


 何も言ってくれない。

 だが、偽神の手が、身体が震えているような気がする。


 「これが…、モンスターテイマー…」


 やっと何かを呟いた。何も言わない偽神が怖くって、ついそこで声をかけてしまう。


 「にーちゃん…?」


 「ひっ!」


 何かに驚いたような、怯えるような声。偽神の声だった。

 こちらを振り向いたその顔も、どこか驚いているように見える。というか、にーちゃんというよりねーちゃんに見えなくもないような。


 「にーちゃん?びっくりさせちゃったよね、湖もこんなにしちゃって…。ごめんなさい」


 両親の教えの賜物(たまもの)か、ユナは素直に謝る。


 「ユナ、いや、あ、えー、と。ゆーちゃん」


 「うん」


 「ゆーちゃん。これはあなたがやったのですか?」


 「うん。ごめんなさい」


 「いえ、構わないのです。この場所は、確かに美しい場所ではありますが、多少の荒事も受け入れてくれる、そういう場所ですから」


 なにか偽神の喋り方が変な気がするが、今は頭の隅に追いやる。


 「でも」


 「大丈夫ですよ。ゆーちゃん」


 「そう…」


 なんだか素直に”大丈夫”という言葉が受け入れられないユナ。


 「大丈夫です」


 ふっと抱きしめられる。少しユナよりも大きい身体。まるで前の湖のような、暖かい香り。

 ユナの心が、解きほぐれていく。


 「にーちゃん…」


 まるでお母さんに抱きしめてもらったときのようなぬくもりを感じながら、しばらくそのままでいた。


ーーー


 「ところでにーちゃん」


 陽が落ちてきて、少しばかり肌寒さを感じ始めたころ、落ち着いたユナと偽神は、湖から寝床へと移動し始めた。


 「なんだ?」


 久しぶりに会えた喜びをすっとばして、直球の質問を投げかける。


 「おっぱい、あったよね?」


 「「「!?」」」

 

 偽神は自分の身体を勢いよく見回す。そのそばで、”るーちゃん”と”ふうちゃん”も偽神の身体をじっくり観察していた。


 「あちゃ~…」


 自分の身体を確認し終え、なにやらばつが悪そうにする偽神。


 「おねーちゃんになったの?」


 そう、偽神のその姿は、まるであの湖の中心にある石像のようだった。


 「いやいやいやいや!そうだけどそうじゃなくって」


 慌てて否定する偽神。


 「いやー、隠すことでもないんだけどさ。せっかくお兄ちゃんキャラできたのになーって思って」


 「お兄ちゃんキャラ?」


 「そう。お兄ちゃん」


 ユナは謎が深まるばかりだった。


 「久しぶりに会えたことだし、今日はこの姿だし、一緒に寝ようか!」


 「一緒に!?やった!!わーいわーい!!」


 「とりあえず焦げ臭いから、水浴びてきて」


 「えー、冷たいのやだー」


 喜びから一転、まさに冷や水を浴びせられたといったところか。


 「臭いのはもっといやだろ。ほら行った行った!」


 ぶーたれながらも、確かに一緒に寝るのに臭いのは嫌なので、素直に川へと向かった。

 一緒に焦げ臭くなった”るーちゃん”と”ふうちゃん”と一緒だ。傷口に水が染みて痛かった。



ーーー



 水浴びから戻ると、偽神が焚火をしてくれていた。なにやら焼いてくれているようだ。


 「あったか~い…。でもまた焦げ臭くならない?」


 すんすんと自分の身体を嗅ぐユナ。暴発させたときの焦げ臭い匂いは、うまく洗い流せたのか、水っぽいだけで無臭だ。


 「まあそれも一興(いっきょう)ということで」


 「いっきょう?」


 「そういうのもいいもんだってこと」


 「そういうのもいいもんだ!」


 「ふふ、ゆーちゃんは相変わらずだね」


 「ところでそれなに?」


 「魚だよ」


 「お魚!?食べれるやつ!?!?」


 ユナにとっては約1週間ぶりのリンゴ以外の食糧。目が輝く。


 「うん。食べられるやつ。確か虹鱒(にじます)という名が付いていたはずだよ」


 「食べていい?食べていい!?」


 「もちろん。そのために焼いたんだ」


 偽神が、串焼きにされた虹鱒を差し出す。


 「やった!ありがとう!はふっあちっ」


 ユナは、受け取ったかと思えば即座にかぶりついた。


 パリッという皮がはじける音が響く。香ばしい焼き立てのいい香りが駆け抜ける。肉厚の身は、いい焼き加減で程よくほぐれ、その内側からは、じゅわっと脂という旨みがあふれ出した。


 「おいしーーー!!!!」


 果物では味わえない、温かみとジューシーさだった。

 塩をまぶしてあるのか、食欲はますます増し、大きい骨以外は容赦なく食べつくした。


 「ほうひっほん!」


 「はいはい」


 焼いていたもう一匹を差し出す。


 「先生たちもたべるか?」


 魔素コントロールの先生として頑張った”るーちゃん”と”ふうちゃん”にも、魚を差し出す。


 「ホウ!」


 「ワウッ!」


 ”るーちゃん”には、大きな葉の上に魚の身をほぐして乗せてあげる。

 ”ふうちゃん”は生魚をご所望のようだった。


 「わう~!!」


 それぞれおいしそうに食べていた。


 「ところで、どうしておねーちゃんになったの?」


 「おねーちゃんて、まあもういいけど」


 やれやれと肩をすくめるその姿は、少年のような姿だった偽神の面影がきちんとある。

 だが、身長は伸びているし、髪も伸びている。出ているところはでているし、所作もどことなく上品な気がした。


 「僕が、紛い物とはいえ神様なのは覚えているかい?」


 「うん。偽神様(にせがみさま)でにーちゃん」


 「その通りだ。ところで、神様は何をしていると思う?」


 もっと食べたそうにしている”るーちゃん”のために、追加の魚をほぐしながら偽神は問う。ちなみにユナはあっという間に2匹目を食べ終えていた。


 「何って、あの湖で願い事を聞き届けてるんでしょ?」


 「そうだ。じゃあ、その神様って、どんな姿をしていると思う?」


 「どんな姿って、にーちゃんのその姿?とか、前みたいな男の子みたいな姿?じゃないの?」


 「ハズレだ。正解はどんな姿もしていない」


 「どういうこと?」


 「こういうことさ」


 今目の前で、そう発したはずの偽神の姿が、朧気(おぼろげ)になって、しまいには見えなくなる。


 「にーちゃん!?」


 「(ゆーちゃん)」


 「!?」


 どこからか声が聞こえる。でもそれは今までのように耳で聞こえるのではなく、まるで心に直接響くような、不思議な聴こえ方だった。

 どこを振り返っても、その姿は見えない。


 「にーちゃんいるの!?どこ!?」


 「ここさ」


 声のした方向、さっきいた場所を見えると、消えたはずの偽神がそこにいた。


 「にーちゃん!」


 「わっ!」


 またどっかに行ったかと思ったユナは、見つけた瞬間に偽神の胸に飛び込んだ。二人ともそのまま後ろに倒れこむ。


 「ひっく…ひっく…」


 「…ゆーちゃんまた泣き虫になった?」


 「勝手に1週間もいなくなったくせに!!ばがぁ~」


 ユナの修行が終わった気配はなかったし、数日と言ったから7日ぐらい大丈夫かと思っていた偽神だったが、ユナはそれでは許してくれなかったようだ。

 神に流れる時間の感覚と、子どもに流れる時間の感覚とでは、大きな差があるのかもしれない。


 「よしよし」


 乗っかったままのユナをそのまま撫でる。


 「ばがぁ…」


 そのまま偽神は暫くユナを撫でていた。


ーーー


 ユナは、そのまま抱っこで寝床まで運ばれていた。


 「ありがとう、ふうちゃん先生」


 「ホウ!」


 風の魔法をうまく使って、川の水を運んで焚火を消してきてくれたようだ。


 ウロにつき、偽神がユナをそっと降ろす。その横に偽神も寝っ転がった。

 ウロの穴から見える星空は、今までより輝いて見えた。寄り添う二つの月が、今のユナ()達みたいだとユナは思う。


 「にーちゃん」


 「ん?」


 「どこいってたの?」


 「うーん、それは秘密」


 「ぶぅ」


 今日はぷっくりとまではいかない”ぶぅ”だった。


 「ごめんね」


 「じゃあさっきの続き、話して。透明になったときのやつ」


 「ああ、神様の姿はどんな姿でもないってやつね」


 偽神が横を向いて、語りかけるように話し始める。


 「神様は、人間の願い事を聞き届けるんだ。だから、願い事に影響を受ける」


 「影響?」


 「そう、人間の考え方とかイメージとかにね。きっと神様なら(おごそ)かで古めかしい喋り方をするだろうなとか、なんでも包み込んでくれる女神様~とか、いつも見守っていてくれるはずだ、とかね」


 「お父さんも言ってた、神様はいつも見守ってくれてるって」


 「ああ、見守っているとも」


 そう言ってユナの頭を撫でる。


 「神様はもともと姿を持たない。ただの概念でしかないから。だけど、そこに願い事がやってきて、神様というイメージが付いた。それが、姿を形作ったんだ」


 「じゃあにーちゃんのその姿は…」


 「そう、みんなが一番思う神様のカタチ。この姿が一番”神様”に近いんだ。まあ、顕現なんて疲れるから、普段は姿なんて消しっぱなしだけどね。それでついつい今の自分の姿がどんなか忘れてたよ」


 改めて見る今の偽神の姿。あの湖の石像にそっくりだった。

 だが、喋り方はどうだろう。湖についたときとか、それ以前も、時々話し方が違うときがあったような気がする。


 「喋り方は?」


 「喋り方もそうだよ」


 「でも、神様はこんなに気安く話さない気がするよ」


 「おっほんおっほん。それにしてもゆーちゃん、魔素の制御うまくなったね。ついでに生素も」


 露骨な話題の転換だった。あっけにとられ、なすがままに答える。


 「うん?うん。外側だけで、内側から流すのは全然だけどね…」


 「そうかそうか。ところで、神様は人間の影響を受けるんだ」


 「うん。今聞いたよ」


 「その影響って、願い事、つまりは人間から発せられる魔素や生素なんだよ」


 「うん?」


 「そして、僕が一番影響を受けやすい人間は、一番近くにいる人間なんだ。何せほぼ直接、その人の魔素や生素を受け取ることになるからね」


 ユナはうっすら気づき始めた。


 「つまり、神様に会うときは、その時思い描いていた姿かたちで、目の前に表れる(・・・)ってことさ」


 「それって…」


 「ゆーちゃんが望む神様は、気安く話せて仲良くしてくれる、おにいちゃん神様ってことだね」


 「んっ!!!!」


 一気にユナの顔がゆでだこのように赤くなる。

 今まで、心が読まれてもどうってことなかったユナが、おにいちゃん神様と指摘された今だけは、おねしょがバレたとき以上に恥ずかしかった。


 「バカ―――――――!!!!!!!」


 過去一番の絶叫は、夜の森に木霊し、願いの湖すら揺らしたという。



ーーー



 揺れが収まったころ、ユナの(まぶた)は下がり始めていた。


 「う~ん…」


 「魔素も使い果たしただろうし、今日はぐっすり眠れるよ」


 そういって、おなかをぽんぽんと叩いてくれる。お母さんも寝かしつけるときにやってくれたやつだ。


 「そういえば」


 「ん?」


 ユナは思い出す。言い忘れていたあの言葉を。


 「おかえり。にーちゃん」


 「ただいま、ゆーちゃん」


 「おやすみ」


 「ああ。お休み」


 まるで女神のようなその姿の偽神様は、まぎれもなくユナの知っている”にーちゃん”の偽神様で、優しくユナが眠るのを見守ってくれる”お兄ちゃん”だった。



ーーー



 いろいろあってぐっすり眠ったユナは、ウロの穴から差し込む光で、寝ぼけたまま目を覚ました。


 「ん、んあ」


 髪が多少ぼさついて、半分しかあかない(まぶた)で何とか身体を起こす。


 「んっ、ゆーちゃん、起きたか、ふぁ~」


 (にーちゃん…、女神で、一緒に…)


 そう思いながら、偽神のほうに振り返るユナ。


 そこには、昨日のような起伏(きふく)も、長い髪もなかった。


 「寝てる間はさすがにまだ漏れてるか、あ、おはよう」


 自分の姿が”お兄ちゃん”になっているのを確認し、それが寝ている間に漏れていたユナの魔素や生素の影響だと把握した偽神が、朝の挨拶をする。

 だが、ユナはそれに絶叫で返事をした。昨日のことを思い出して、顔を真っ赤にしながら。


 「出てって!!!!!!」


10話という一つの区切りで、お話も区切りたかったのですがうまくいかないもんですね…。

でも初連載で毎週きちんと投稿してて偉い(自画自賛)

というわけで、来週の土曜日は区切りつきます。私と今読んでくれているあなたとの約束です。

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