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第一章 転校生 周理音 その④まっくらの風景

閲覧いただきありがとうございます。

冒頭のテラーロイドの説明はきちんと読まなくても大丈夫なやつです。


 テラーロイドなるものがこの世界には存在する。

 とある会社が発売したTELLERLOIDソフト(文章を入力することでその文章を読み上げてくれる、読み上げ用音声合成ソフト)のこと。または、そのキャラクターを指す。

 『キャラクター・カタリベ・シリーズ cv-α 奏シズク』が一昨年の夏に発売して以来、業界の中で数万本を売り上げる一躍オバケ商品となった。……らしい。全部、愛良先輩がインターネットで調べてくれたことの受け売りだ。


 理音はこのテラーロイドソフトを駆使して、例の機械の声を作ったそうだ。ソフト自体は昨年に購入していたが、実際に使ったのはここ数日なので、色々と初期設定のままだという。

 あの無機質な声が、ソフトのキャラクター『奏シズク』の声というわけだけど。それは『整声調律せいせいちょうりつ』と呼ばれる、生成された音声を適切に発音させる設定まで手が回らなかったことが原因だと理音は話した。(話を聞かされた時はチンプンカンプンで、愛良先輩が噛み砕いて説明してくれたことでようやく呑み込めた)。

 『整声調律』を行えば、(限界はあるものの)自然なイントネーションでしゃべらせられるし、声質も変えることができるそうだ。高い低いはもちろん、性別、年齢、体形、感情(性格によるしゃべり方の特徴)も設定できる。


 以上の情報を踏まえて見直すと、『奏シズク』は、年齢、性別ともに不詳の神秘的なキャラクターデザインになっていた。男の子っぽい女の子にも見えるし、女性的な男性にも見える。幼くも見えるが、成人しているのだと言われれば頷けるし、髪が白髪だから実は老人なのかもしれないとも思わせられる。

 その外見もある程度手を加えることができ、細かく作り込んでいけば、世界でたった一つの『キャラクター』を生み出せるため、作り込みにハマる人が続出したとか。

 そして、多少意味合いは違うかもしれないが、我が幼馴染の樵田蛍もハマった一人だ。


 +++


 ここ最近の蛍は、無事(?)ボランティア部に入部した理音に手ほどきを受け、件のテラーロイドソフトを用いた音声の作成に熱を入れていた。

 パソコン関連では、俺と同等程度の知識しか持たない素人だったはずなのに。あっという間に水をあけられてしまった。

 今やボランティア部室は、「抑揚の調整」がどうたらとか、「ポーズを入れる」だとかが日常会話となっている。ただし蛍はしゃべれないので、発声元は主に理音だ。

 情報処理の授業はおろか、パソコンを使うことすら怖がっている身としてはちょっと――いや、結構肩身が狭い。

 それだけでなく、現在進行形で肩身は狭まり続けている。文明の波で俺を押し流さんとするかのような勢いで、蛍は短期間のうちにテラーロイドを使いこなせるまでに成長した。


「……まさに好きこそ物の上手なれって具合だなぁ」


 廊下の窓の前、肩を寄せて相談をしている蛍と理音の姿があった。

 部活動だけでは飽き足らず、休み時間もああして費やすようになった。さほど珍しくもなくなったその光景を、俺は教室の自分の席から眺めていた。


「――好きになればこそ、飽きずに努力するから、ついにその道の上手となる……だね。その成句がどうしたんだい?」


 ご丁寧にことわざの意味を解説してくれたのは、千駆だった。墨汁のようなツヤのある黒髪が風にそよいでいる。廊下の開け放たれた窓から通り抜けているんだろう。千駆はなびく髪を耳にかけながら、風が吹いてくる先、蛍と理音が立つ窓を見た。


「おや、またあの二人かい。近頃いやに距離が狭まったね」

「――だんまり同士気が合うんじゃねーの?」


 頭上に組んだ両腕を乗っけられ、計らずも「ぐぇ」と鳴いた。おまけにメガネもずれた。


「樵田はしゃべれねー、アマネリオンは寡黙。千場高校切ってのだんまりコンビだな!」


 両腕を乗っけてきた犯人は千足だ。千駆といい、千足といい、気配もなく近寄って急に声を出すのはなんでなんだろう。慣れたけれど、できればやめてもらいたい。

 そう注意をすれば返って悪化を招くのは明白。逆効果でしかないため胸中に留めておき、ため息をつきながらメガネの位置を直した。

 代わりに「二人のことをそんな風に言うなよ」と咎めておいた。が、千足には馬の耳に念仏。


「だんまりコンビが結成したら菜花の奴あぶれるじゃん、ユカイ~」

「おい千足、よせって!」

「ボクも土一クンに同感だね。千足、言葉が過ぎるんじゃないか?」

「……うへーい」


 俺と千駆の二人にすごまれ、さすがに千駆も黙った。

 というか、千駆の口調が予想外にきつかったのが効いている。注意する側だった俺でさえ、身を固くした。

 下を向いた千駆の〝ダリア〟も、顎を引いて下から睨みつけているように見えた。


「ていうか、どうして千足は理音のことをいちいちフルネームで呼んでんの?」


 空気を取りなそうと思い、いい機会だからちょっと気になっていたことを訊ねてみた。たしか転校初日からそう呼んでいた気がする。


「『新生児デヴァンエリオン』ってアニメの名前みたいでオモシレーから!」

「……リオンしか一致してなくない?」


 立ち直りの早い千足が楽しげに〝ダリア〟を咲かせていた。

 彼の言う面白いの基準がよくわからない。兄の千駆に助けを求めて視線を送ってみる。すると、千駆は再び蛍と理音を見つめていた。意外なほど真剣な表情で。


「千駆……? どうかした?」

「……少し、気をつけた方がいいかもしれないよ。土一クン」


 名探偵のような空気をかもし出して警告を発した。

 そんなナーバスになるようなこととは? と考えて、合点がいく。


「理音、人気者だもんなぁ。親しくし過ぎると嫉妬じゃ済まなくなるか。一応うちのクラスの女子たちの間じゃ、観賞用ってことで落ち着いたらしいね」


 〝デージー〟を咲かせるオシャレ女子、竹宮さんに聞かされた情報だ。

 訳知り顔で話していたら、千駆に珍獣でも見るような目を向けられた。そのことを指摘する間もなく、千駆が口を開く。


「……いや、嫉妬ならキミで慣れっこだと思うよ。土一クンに好意を寄せている女子は一定数いるからね。そのキミの隣を独占状態なんだ。樵田サンは長いこと嫉妬に晒されてきているよ。そしてボクが言いたかったのはそうではなくてね。今の調子だと、樵田サンを周クンにうばわ――」

「ちょっ!! ちょっと待った!!」


 イスを蹴散らしながら立ち上がり、千駆の眼前に手のひらを向けて〝エリカ〟の咲く言葉を遮った。

 頭上に腕を乗せていた千足が「うぉ!?」と驚いていたけれどこの際捨て置いた。

 俺は千駆に問う。

 聞き間違いではないことを確認するため。聞きたくない言葉をこれ以上聞かないため。


「俺に、好意を、寄せている女子が、一定数いる。……そう言った?」

「……。言ったとも、立ち上がったわりに小声だね」

「なんっ……なん……、なんでそんなことがわかる?」

「本人たちから相談されたからさ」

「でも俺、高校入ってから一回だって告白されたことないんだけど?」

「玉砕するとわかっているから踏み切れないでいるんだろう。白々しいなぁ」


 千駆の数々の言葉と、その声に咲いた怒りの花々ごと目を逸らし、男子高校生の喜びに浸る振りをする。女子にモテるのは、かなり嬉しいことだから。


「なんだよ、さっきからなんの話かと思ったらモテ自慢かよー? だったらオレの方がドイチよりモテるしー!」


 こういう時、千足の鈍感さや空気の読めなさには頭が下がる思いだ。俺は、千足がまくしたてる武勇伝に興味を示すことにした。


「土一クンはそれでいいのかい?」


 そんなことを言うのはやめてくれよ。それではいけないと本当はわかっているんだ。

 わかっているんだ、蛍が理音に惹かれていることくらい。わかっていても、目を逸らさずにはいられない。

 だって変わりたくないんだ。怖いんだ。またうしなうのは、もういやなんだ。


 +++


 放課後。変わらない日常を望むからには、気が進まなくても部活に顔を出さないわけにはいかない。


「よぉ、小角。部活か?」


 〝菜の花〟

 部室への道のりを歩いていた途中、真鍋先輩とかち合った。方向的に軽音部室へ向かうところだろう。


「真鍋先輩、お疲れ様です……! そうです!」

「この頃のボランティア部は、道場破りみたいなマネもしないし、忙しいみたいだな。小角も中々CD貸してくれないもんなぁ~」


 前半は感心したように言い、後半はちょっぴり皮肉っぽくつけ足した。

 真鍋先輩に言われて初めて、以前自分が言ったセリフを思い出した。先輩好みのCDを見繕うと口約束を交わしたんだった。


「す、すみません……!」

「いーよ、いーよ。なんかお前、煮詰まった顔して歩いてっし」

「……え?」


 予想外の指摘に目が丸くなった。そんな俺を見て、真鍋先輩が苦笑う。


「……CD、今度は俺が貸してやるよ。思えば借りてばっかだったからな。音楽は気分を変えるにゃピッタリだぜ」


 唐突にそう言い出したかと思ったら、「じゃーな」と片手をひらひらさせながら行ってしまった。俺はその背中を黙って見送った。

 おそらく、真鍋先輩の言う煮詰まった顔をして……。

 気を取り直して、顔には笑顔を取り戻して、部活へ向かった。


「お疲れー。早いな」


 部室へ入り、既に来ていた理音に笑いかける。


「土一は掃除当番だったんだろ」

「ピンポン、ポンピーン。他の来てない二人もそうかな?」

「センパイは顧問に会いに行ってる。部室には一回顔を出した。試作品だけどアレが完成したから報告」

「……そっか」


 アレとは、理音と蛍が共同で作っているものを指している。

 ボタンを押したら決まったメロディーが流れるオモチャを分解して、テラーロイドソフトで作った音声が流れるように改造した、言葉が不自由な人用の簡易的な音声端末。

 画期的な発明をしたわけではないんだろう。でも、できあがったタマゴ型のオモチャは、小さな希望や、何気ない優しさのより所を形作っているように、俺の目には映った。

 二人が『おしゃべりタマゴ(片言)』の作製している一方で、残る二人、俺と愛良先輩もボランティア部員としてきちんと活動をしていた。

 清掃活動やペットボトルキャップの仕分け。それから事故慰霊献納に向けて、千羽鶴を折ったり募金活動の準備を整えたりと、真っ当なボランティア活動っぷりだ。

 俺は自分の席につき、机の中から折り紙を取り出した。


「……俺も折る」

「わかった」


 折り紙を適当に数枚つまんで、向かいの席にいる理音に渡した。一番上にある折り紙が金色の折り紙で、理音が子どもみたいに目を輝かせた。


「いいのか? これ、金だぞ……大切な一枚じゃないのか?」

「小学生じゃあるまいし、いいよ別に」

「おぉ……、ありがとう」


 青い花がパッと大きく咲いた。いつ見ても綺麗なネモフィラだと思う。


「ありがとう」

「へ? あれ……? もしかして俺、口に……!?」

「ああ、北西弟から聞いている。花にたとえて褒める土一のチャラ技だって」


 顔面にパンチでも喰らったかのような衝撃が走った。ち、千足の野郎め……。


「俺もネモフィラはわかる。青色の清々しい花だ。最初にバレエを教えてくれた先生が、美しく咲く花のようであれ、と言っていた。だから、花にたとえられるのは、チャラ技でも、俺は嬉しく思う」


 理音の口からバレエの話が出るのは二度目だ。一度目はなし崩し的だったけれど、今回は自発的に語ってくれた。これは打ち解けている証拠だろうか。

 だとしたら嬉しい、はずだけど……。

 笑顔で接しておぎながら、俺は理音に壁がある。それは蛍のことだけが関係しているんじゃなくて。俺が周理音という人間を怖れているからだ。

 とりあえず、千足がいらないことを吹き込んでいるようなので、山ほど訂正する必要がありそうだ。

 ただ、うかつに花のことを訂正すれば墓穴を掘りかねない。俺は曖昧に笑ってその話題をやり過ごした。

 一匹目の鶴が折り終わる頃、がらり、とスライドドアが開き、来訪者を知らせた。


「お疲れ様ー」


 あいさつの声に〝マーガレット〟を咲かせて入室してきたのは樵田蛍だった。

 ほとんどしゃべることができないあの蛍だった。ハツラツとした笑顔を振りまいている俺の幼馴染だった。


「……け……い……?」


 驚愕のあまり顔面から表情が消し飛んだ。驚きが他の感情を奪い去ったみたいだった。

 そんな俺を目に留めた蛍は、したり顔になる。その後で、嬉しそうに駆けよってきた。

 右手には、フューチャーフォンを持っている。

 余談だけれど、理音の持っていた板のようなものは、エデン社より発売されているスマートフォンというケータイ電話だと教えてもらった。

 俺や蛍が持っているケータイ電話のことを、フィーチャーフォンと呼ぶことも、その際に知った。

 蛍がケータイを操作すると音が流れてきた。


《お疲れ様、土一君》


 テラーロイドで作った音声だった。蛍がしゃべったのかと思ったあいさつも、ケータイから流した音声だったらしい。

 驚いた。いや、まだ驚いている。その音声は、イントネーションは不完全なものの、声質は非常に蛍に近かった。

 それだけじゃない。


 ――花が。


《すごいでしょう? 土一君》


 ――〝マーガレット〟が咲いている。


《理音君に教えてもらって、ここまで作れるようになったんだよ》


 ――作り物の声に。


《ありがとうね、理音君っ!》


 ――それも、二つ。


《事前に入力したことしか話せないけど、理音君のお陰で声を出すことができたよ》


 ――理音への言葉にだけ、二つ咲く。


 俺は知っている。花が二つ咲くのは、言葉を向けた相手に対して好意を持っているからだ。蛍の花がずっと俺に二つ咲いていたのは、蛍が俺を――。

 でも、二つの花はもう俺じゃなくて、理音に咲いていた。


「やめろっ!」


 ダイナマイトのような怒声が、広くもない部屋で炸裂した。静まり返る室内には、不整な呼吸が汚れた音を立てている。

 うっとうしいと感じるその雑音が、まさか自分のものだとは知りたくなかった。


「変だよ、そんなの」


 口を開きながら、口を閉ざさなければならないと思っていた。でないともっと汚れた、ヘドロみたいな醜悪な言葉を吐き出してしまうと悟ったから。

 なのに。


 ――どうしてか、止められない。


「所詮、まがい物の声」


 ――どうして? 止められない?


「ニセモノじゃないか」


 ――ああ、そうか。


 蛍が、泣いていた。蛍の涙を見るのは久しぶりだった。人知れず孤独の中で泣く蛍を守るために、そばにいようと思ったんだ。

 だというのに、今蛍を泣かせているのは俺だった。守るどころか、傷つけているのは他でもない俺だった。

 蛍はまばたきをすることなく涙を溢れさせていた。土一君には喜んで欲しかった、と失意の底に沈んだ哀しい目が訴えかけてくる。


 ――ああ、そうか。


 傷つけてやっと気づいたことがある。やっと目を背けず刮目できたことがある。

 だからこそ、俺は逃げ出した。リノリウムの廊下を蹴って、走って、とにかく逃げる。

 大切な人も、新しくできた友人も、浴びせた酷い言葉も、言い出せなかった謝罪も、鞄も、靴も、全部を置き去りにして学校を飛び出した。

 嫉妬していた。理音が俺には到底思いつけない方法で、蛍に声を与えたことに。蛍が理音から与えられた声を心から喜び、のめり込んでいったことに。

 そして、蛍が理音に惹かれていることに。その結果が、さっきした最低の八つ当たりだ。

 蛍とはただの幼馴染だと言いながら。蛍の〝ラベンダー〟が二つ咲くのを知っておきながら。蛍の好意に胡坐をかいておきながら。自分の心からも目を逸らしながら。

 今さら俺は、身勝手に手のひらを返して、みっともなく逃亡を図っておいて、手遅れと知っているくせに、その資格などないというのに、言葉にしてしまうんだ。


「俺は、蛍が好きだ――っ」


 〝チューリップ〟

 俺の花が咲いた。三本一組の白い〝チューリップ〟が咲いていた。

 俺の花は他の人とは違い、あいさつにも感情に合わせても咲くことはなく、恋をした相手にだけ咲いた。

 花が見えるようになった日から、蛍に対しての言葉に咲かないことはなかった。


「でも蛍は、蛍の心は俺から離れた――!」


 発した言葉が持つ絶望が重くのしかかってくる。暗闇の中を走っているような不安感が俺を襲っていた。

 いや違う。実際に太陽が雲に覆われていた。曇っていく。影っていく。それはまるで、俺と蛍の関係のようだった。

 頭の中では千駆の声が反響している。『土一クンはそれでいいのかい?』と。


「いいわけないだろ! でもじゃあどうすればよかったんだ!」


 怖くて、変わりたくなくて、失いたくなくて。そうしているうちに、その全部がツケとなって返ってきてしまった。

 まっくらだ。俺に向かって咲く二つの〝ラベンダー〟が見えないなら、もうぜんぶまっくらだ。ああ、また、まっくらになってしまった。


「う、ああぁぁああああーーーーっ!!!!」


 続く

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