第一章 転校生 周理音 その②転校生のいる風景
少々長くなってしまいました。話の区切り方が下手で申し訳ありません。
周理音。それが貴公子君のフルネームだった。
モモちゃん先生に自己紹介を促された貴公子君改め、周君は「周理音です。よろしく」と淡白に済ませたものの、一転、深々と頭を下げた。
ただのお辞儀も長身の彼がやると迫力があった。気品と威厳をナチュラルにかもし出していて、所作の一つ一つが洗練されている。ピンと伸びた背筋は、天井から糸で吊るされているのではと疑いたくなるほど見事で見惚れた。
女子はおろか男子と先生でさえ、視線が釘づけになっていた。教室中の視線を一身に浴びた転校生は、特に気にした様子もなく窓際の後から二番目にある空席に向かった。
その途中彼と目が合った気がしたのだけれど、確信はない。付近に座る女子たちが「きゃあ」「こっち見てる」とはしゃいだため、自信が持てなかった。コンサート会場なんかで、アイドルと目が合ったと思い込んだファンと同じ心理が働いているのかもしれない。
周君が席へたどり着く。イスを引く音を合図に、クラス中が我に返った。
「よ、よーし、じゃあ諸君、新たな仲間と仲良くするように。それじゃ出席を取るぞー……そうだな、呼ばれたら起立して周に顔を見せることー」
出席番号一番から二十二番まで、イケメンに顔をお披露目するという背中がむず痒くなる作業を行った。
続いてHR。モモちゃん先生がリズミカルに連絡事項を言い挙げていく。耳にも頭にも心地よく残ると評判の伝達方法も、この時の女子たちには馬の耳に念仏となっていた。
HRが終了するやいなや、女子たちが弾かれたように立ち上がった。彼女たちの目的はみな等しく転校生とのファーストコンタクトを取ることにあった。
男子の出る幕は当分なさそうだ。あれに混ざる気概を持ち合わせた男は、このクラスにはいない。当然俺も、内気な女の子のように自分の席を動くことなく眺めていた。
「周君、周君! 周君はどこから来たの?」
口火を切ったのは、女子バスケットボール部の浅岡さんだ。彼女の席は、アリーナ席Aブロック最前列。つまり周君の後ろに位置している。浅岡さんは、今日一番のラッキーガールは自分だと、そう確信した顔をしていた。
「……東京」
「やっぱり! じゃあじゃあ――へぶっ」
「えー? どうして東京からこんなヘンピなところに来たのぉ?」
浅岡さんの横顔を押しのけ、二番槍をいただいたのはオシャレ女子の竹宮さんだ。晴れやかな声に喜々として赤い〝デージー〟の花輪を咲かせていた。
「……親の、仕事の都合」
その後も質問権の奪い合いは続いた。
「彼女はいる?」「血液型は?」「趣味はなに?」「身長いくつ?」「好きな芸能人ってだぁれ?」「好みのタイプは?」
クエスチョンマークと黄色い声が飛び交う直中でも、周君は顔色一つ変えずクールに対応していた。素っ気ない受け答えをするものだから、最初はクラスに馴染む気がないのかと勘違いした。けれど、「お風呂で一番に洗うところは?」なんてどうでもいい質問にも、「頭。体は、右腕から」と律儀に答えているあたり、そういうわけでもなさそうだ。
「スタイルいいけど、なにかやってたの?」
一周回って、また浅岡さんに戻ってきたようだ。スタイルのよさは俺も気になっていたので注視する。昨日、蛍の突き出しを受けてバランスを崩した周君を支えた時、ジャージ越しに触れた彼の体は良質な筋肉を蓄えていた。
「バ……、ダンス」
そう答えた周君の顔が、初めて動揺の色をにじませた。感情の機微の変化により、微妙な沈黙が舞い降りる。その瞬間を待っていたみたいに始業のチャイムが鳴り響き、その場はお開きとなった。
クモの子散らすように女子たちが解散していく中、俺はちらっと周君を観察してみる。周君は肩をそっと下げ、安堵の息を漏らしていた。吐息には、つぼんだ〝ネモフィラ〟が咲いていた。
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周君にとって転校初日の初っ端の授業が、今しがた終わった。この休み時間も、女子たちは周君と話したそうにしていたが、そうは問屋が卸さない。
二時限目は体育。準備やら移動やらがあり、とりわけ女子は更衣室に移動したり髪を結ったりと着替えに時間がかかる。無駄話をしている暇はなかった。
そういうわけで、男子チームに転校生との交流タイムが到来した。……はずなんだけれど。
男子には女子ほどの積極性がなく、気後れしていた。周君の容姿や、寡黙そうな雰囲気。自分からは交わろうとしないスタンスが感じ取れて、一歩を踏み出せないでいる。
それがこの、遠巻きになってチラ見をするじれったい図を作り上げた。体育係じゃなければ、少々面識のある俺が話しかけられたんだけれど。
出動準備に取りかかる消防士並みの早着替えをした俺は、ちょっぴり後ろ髪を引かれながらも、教室を後にした。
体育教官室にいる先生に授業内容の確認を取り、それに合わせた準備をする。男子は前回同様、校庭でハンドボールだった。ハンドゴールはコートに設置されているので、俺の仕事はボールの入ったカゴを体育倉庫から運んでくることだ。退室のあいさつをして体育教官室を出た。
ちょうど体育館へやって来た蛍と菜花ちゃんと遭遇した。二人とも女子にしては着替えが早い。ちなみに体育は二クラス合同で行われる。
「やっほ、女子は今日どこ?」
「体育館で卓球だよ」
体操着にジャージの上着を羽織った菜花ちゃんが答えてくれた。上下とも半袖短パンの体操着姿の蛍は、卓球のスイングをその横で披露していた。髪形がシニヨンになっているのは、ヘアアレンジが得意で、蛍の髪をいじるのが好きな菜花ちゃんにやってもらったからだろう。
「そっか。男子は外でハンドでーす」
「じゃあ噂の転校生は見られないね。すっごいかっこいいって、うちのクラスでもその話題で持ち切りなんだ」
「これからいくらでも見られるよ」
「そうだね。楽しみだな」
口ではそう言ったものの、菜花ちゃんはあまり楽しみにしている風じゃなかった。包容力のある彼女は、蛍の保護者やお母さんキャラとして周りから扱われている。そのせいで、色恋沙汰には一歩身を退いているようだった。
そんなことする必要ないのにと俺は思う。なにか言ってみようかと思うけれど、俺に言えることなんてないし、お前が言えたことじゃないだろうと考え直した。
じゃあ、と手を振って別れた。笑顔で手を振る蛍を見て、今日の体育が男女別々の場所でよかったと思った。周君と接触させるのは、まだ不安だった。そこまで考えて自分で自分に呆れる。
「……我ながら過保護だ」
それでもやめようという発想はない。
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キャスターつきのカゴを押して、コートまで運んだ。
授業開始までまだ余裕がある。なんとなしに周君の姿を探してみると、簡単に発見できた。周君の両隣を北西兄弟が陣地取っているさまは、かなり見栄えがよくて目立つ。
孤立してないことにホッとするのも束の間。癖のある二人の相手を一挙にするのは骨が折れるだろう。俺がフォローに入らなければ。謎の使命感に駆られ、三人の会話に加わりに行った。
「あぁ、土一クン。体育係のお勤めご苦労様。今ちょうどキミの話をしていたところだよ」
「アマネリオン、このチビがお前と一緒に陸上部に入る小角ドイチビな」
「……周君、この二人が吹き込んだ俺の情報は一回リセットしてな? 全部忘れて」
双子の手首を掴んで周君から勢いよく引きはがした。弟の方が不平を垂れたので片方の握力を強めていった。増加する握力に比例してうめく声量が増していたけれど、知らんぷり。
「ギブギブギブギブギブッ!」
「出席を取る時に一回したけど改めて。俺の名前は小角土一。陸上部じゃなくてボランティア部に所属しているよ。趣味はランニングと筋トレ。将来の夢は自衛官になること。それから性格は――」
「あのー、いいかな、土一クン? 千足これ本気で痛がっていると思うんだ」
「ごめん、千駆。千足の声がうるさくて聞こえない」
「このぉ糞ドイチビぃぃぎっいででででででっ! マジギブごめんて!」
「いやーさかー」
「ぃでででっ、出たよ! 使いどころがよくわかんないボーイスカウト流のあいさつ! ファイトって意味か? 頼むから離せって、なぁー!」
千駆を掴んでいた手を放し、手首に加えて五指を握り締めた。千足の手はミシミシミシと不吉な音を立てている。その傍らで、千駆と周君が二言三言、言葉を交わしていた。
「性格は、怒らせると怖い――ということみたいだよ、周クン」
「……知ってる。昨日少し怒らせた……」
二人がどんな話していたのかはわからなかった。千足の断末魔が、チャイムの音に合わせて轟いたせいだった。その授業のミニゲームでゴールキーパーをやると、決まって千足が顔面めがけてシュートしてきた。
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授業前の準備があれば、当然後片づけもある。
ハンドボールのカゴを体育倉庫へ運んだ俺は、みんなより遅れて校舎に戻った。
下駄箱で靴から上履きに履き替えていると、突如、視界の端をナニかが横切った。なにかと思ってそちらを振り返ったら、回転人間と化した周君がいた。
片足を軸に両腕ともう一方の足を広げ、どうやっているのかは不明だが、反動をつけながら回転している。そこから手のひらを肩に乗せて両腕をたたみ、振り回していた足を折り曲げていく。すると、速度が増し、コマのような鋭い回転になった。
身近なものでたとえると、フィギュアスケートのスピンみたいだった。ただしここは氷上ではなく、学校の廊下の下駄箱前にある開けたスペース。足もスケート靴は履いておらず裸足だった。
回転し切った彼は一つジャンプを入れると、更に空中で三回転を決めて着地し、片膝を床につけてポーズを取った。
なにがなんだかさっぱりだけれど、とにかくすごかった。気がつけば拍手をしていた。人は本当に感心した時、自然と拍手が出るものなんだと知った。
「す、すごいっ……すごいよ、周君!」
「小角?」
声をかけて初めて周君は俺の存在を認識したらしく、虚を突かれた顔をしてみせた。
「周君がやっていたダンスってバレエだったんだ! いまの技……でいいのかな? なに?」
「……ピルエット」
「へええっ! すごいなあ、ぎゅんぎゅん回ってすごい迫力あるのに、なだらかで綺麗でもあって、本当すごい!」
興奮に任せてしゃべる俺に対し、周君はどう対処したものか、と少し困った様子でいた。俺は慌てて口をつぐんだ。
「ご、ごめん、一方的にバーッてしゃべっちゃって……」
しかも「すごい」を連発して、アホ丸出しの感想だった。穴があったら入りたい。もしくは流石川に飛び込みたい。
「いいや」
俯いていた俺の頭、つむじの辺りにポツリと落ちてきた声は優しく、見上げた先には喜色とともに〝ネモフィラ〟が浮かんでいた。
「バレエを褒められるのは久しぶりだ。ありがとう」
――でも、今見たことは内緒にしてくれ。そうつけ加えて、口の間で人差し指を立てた。
浅岡さんの「なにかやってたの?」の質問に、「バ……」と言いかけて「ダンス」と答えた周君。その時の彼の動揺を思い出し、俺は頷いた。
「わかった。誰にも言わない」
「着る、恩に」
周君はあからさまにホッとしてみせた。
いつまでもここにいるわけにもいかないので、先に歩き出しながら話を切り出す。
「そうだ、昨日はなんかごめん。感じ悪くして」
隣を歩く周君は首を振って否定した。
「俺の言い方がよくなかった。それより、バスのこと言ってくれて感謝してる。助かった」
「よかった。周君の家はやっぱ松谷市にあるの?」
「ああ」
「じゃあ通学大変だ、時間かかって」
「まあ。けど、山とか川とかがあるから飽きない。学校にいる間も、川の音が聞こえくるのが気に入った」
「わかる! 川は泳ぐのも楽しいよー。流石川は平成の名水百選にも選ばれているくらい綺麗なんだ。周君は川で泳いだことある?」
「ない。……泳いでみたい」
「じゃあ俺が穴場を教えるよ」
思いの外会話が弾んだ。周君は一見取っつきにくそうにだけれど、きちんと返事を返してくれる。意外と話好きなのかもしれない。だったら、他の話も振ってみよう。流石町の観光名所なんかどうだろう?
そう思った矢先。
「小角」
周君から呼びかけられた。
「なに?」
「君づけ、しなくていい」
「……わかった! それなら、理音って呼ぶな? 俺のことも土一でいいよ」
「ああ。土一」
〝ネモフィラ〟が大きく開花した。
第一印象は、蛍へのぶっきらぼうな発言があって、よくなかった。仲良くなれるかもまだわからない。だけど、友達が増えるのは素直に嬉しいことだと思った。
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四時限目の授業が始まる少し前、ケータイにメールが届いた。折りたたんだケータイの液晶に、メール送信者の名前が表示される。差出人は鳴子愛良。
このケータイは高校の入学祝に雪村夫妻からプレゼントされた、人生初のケータイ電話だ。
日差しを受けた海面のような、光沢のある青色がカッコいいと思っている。誰かにそれを言ったことはない。一度だって地面や床に落っことしたことがなく、大切に丁寧に扱っている。単に使いこなせていないだけなのは、トップシークレットだ。
「また勝手になんとかモードに接続しちゃった。えーっと、戻る戻る戻る……くそぅ、なんでちょっとボタン押しただけでこうなるんだ」
メールを開くだけでこの体たらく。未だに赤外線とかよくわかっていない。メアドの交換だって一苦労だから、自分からは言い出さないようにしている。相手に交換しようと言われる都度、「好きに登録して」とケータイを丸ごと預けていた。
ケータイが苦手。パソコンなんてもっと苦手。デジタル時計でさえ敬遠している俺の部屋には、もちろんアナログ時計しかない。
「さてと、なんの用だろう?」
絵文字で彩られた文章が目に飛び込んでくる。メールの内容は、転校生の情報を聞きたいから、昼休みはボランティア部に来るようにと指示するものだった。耳が早いわけじゃない。生徒数と娯楽の少ない学校ゆえの情報伝達速度だ。
俺は了承のメールを返信した。蛍が昼食を取る場所が、例外なくボランティア部の部室だと知っている。俺は理音の話を聞く際の蛍の反応が気になった。少しでも複雑な表情をしたならば、理音とはしばらく接触させなでおこう。
そして、昼休み。ボランティア部の部室。
俺は、愛良先輩と蛍と、居合わせた菜花ちゃんに、理音のことを話して聞かせた。
蛍の反応はやはり芳しくなかった。少しばかり心苦しいけれど仕方ない。俺は幼馴染を守るって決めたんだ。理音には蛍と関わらないでもらおう。
続く




