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第三章 先輩 鳴子愛良 その②おめでとうの風景


 ――程なくして、蛍は決断を告げるため理音を呼び出した。


 本日、晴天。告白日和。

 舞台は流石川に面した千場高校の校舎脇。

 向かって右手、想い人を待ち受けるのは我が黒髪の幼馴染、樵田蛍。向かって左手より姿を見せたのは、美しい姿勢と端麗な容姿を誇る貴公子、周理音。

 そして二階、観客席(ボランティア部部室の窓際)にて俺、小角土一は階下の舞台を見下ろしていた。その傍らには、


「キャストが揃った――って、ところかしらね」

「……ですね」


 金髪の先輩、鳴子愛良の姿があった。窓辺に腕をもたれさせて見下ろしているため、自重で圧迫された胸が窮屈そうにしている。

 先輩選手権後輩思いで賞の愛良先輩は、蛍の悩み相談役を務めていたそうだ。告白すると当人から聞き、無粋は承知の上で見守りに来たという。


「いいの? 今ならまだダスティンできるわよ?」


 愛良先輩がクールな口調で訊ねてきた。

 眼下にいる二人は、短く口を動かした。たぶん、あいさつを交わしたんだろう。〝マーガレット〟と〝ネモフィラ〟が二つずつ咲いていた。

 二人から視線を動かさずに俺は聞き返す。


「なんですかそれ?」

「俳優さんの名前よ、花嫁を花婿から連れ去っちゃう映画の主人公さんの」

「ヒッドイ説明だぁ~」


 苦笑し、おどけて答えた。

 愛良先輩には、俺が踏み切った先で得た事の顛末を報告済みだ。千駆とも訪れた、千場町役場近くのマルナナカフェというお店で、アイスとブレンドコーヒーをごちそうしながら話を聞いてもらった。

 少しの間があり、横目で右隣を窺い見る。異国情緒漂う横顔は真剣だった。


「いいんですよ。俺がそんなことをしたら、それはもう恋じゃなくて執着ですよ。初恋を諦めきれない亡霊になっちゃいます」

「…………いい子ね」


 横から伸びてきた手が、後頭部の髪を手櫛でくしゃっと掻くように撫でた。少々雑で、男っぽい手つきだったけれど、それが逆に心地よかった。

 蛍と理音は何度か短く言葉のやり取りをしていた。告白をする当人にとっても、見守る俺と愛良先輩にとっても、もどかしい時間だった。

 どんなに鈍くとも空気感や蛍の緊張の面持ちを見れば、待ち受ける未来を想像できそうなものだが、果たして理音はどうなんだろう。

 相変わらず変化に乏しい表情ではあるものの、どことなく蛍の緊張が移っているようにも見える。しばらく、こう着状態が続きそうだった。


「……蛍、いやーさか」


 まだ痛む胸を堪えてボーイスカウト時代の応援の言葉を口にした。

 すると、応じるように蛍がセーラー服の胸ポケットからケータイを取り出した。確認はできないけれど、テラーロイドで作った声を理音に届けているんだと思う。それほど時間はかからなかった。三十秒程度で終わり、理音が深く頷いて了承を示すと、蛍もケータイを元あった場所へ戻した。

 そして、ときめきとまぶしさを孕んだ熱が一帯を包むような錯覚が走った。

 思いを告げる一歩手前。来る――と俺も、隣にいる愛良先輩も、もしかしたら理音もそう思った。


 す、き。


 そう蛍の口が動き〝マーガレット〟が二つ、溢れんばかりに大きく咲いた。蛍は自分の口で告白した。聞こえずともわかった。

 理音は頭に手をやり、考え事をするような、考えを整理するようなポーズを取っていた。美しい姿勢が崩れていた。蛍を見て、地面を見て、また蛍を見た。頭から手を下ろすと、背筋を伸ばした。

 気品と威厳を漂わせ、スラリと伸びた手を蛍へ差し出した。舞踏会でダンスを誘う王子様がそこにはいた。

 蛍が迷わずその手を取ると、丁寧に優しく引き寄せて抱きしめた。突然の抱擁に蛍は驚いていた。

 動揺が収まった頃、蛍の腕がおずおずと理音の背中に回り、ワイシャツをぎゅっと握りしめた。

 そこまでを見届けた俺は、窓に背を向けた。

 天井を仰いで独り言ちる。


「大団らんってところかな」

「それを言うなら大団円でしょ?」


 ツッコミと同時に視界を奪われた。ほんのりと温かい手が顔に触れ、目隠ししている。


「愛良先輩、なに?」


 とっさの出来事に結構驚いてしまい、敬語が吹っ飛んでいた。


「だーれだ?」


 突然耳元に寄る声。かかる吐息。胸の痛みも忘れるくらいドキドキしていた。


「ぁ、愛良先輩?」

「ぶー。正解は、失恋して可哀そうな土一後輩を励ます優しい美少女です」

「は?」


 離れていく手と一緒に、密着していた体温も遠のいた。正直言ってかなり安心した。

 言われた言葉はまったく頭に入ってきていないどころか、愛良先輩の顔もまともに見られずにいる。


「今度気晴らしに二人でどっか行きましょうよ。先輩選手権後輩思いで賞の愛良先輩が、失恋お慰めデートしてあげるわ」


 後輩を気晴らしに連れ出すという先輩らしい気遣いだ。

 けれど、直前の行動のせいでイケナイお誘いにしか聞こえないというか、脳が勝手に誤変換した。軽やかなウィンクも、やけに艶やかな印象になった。


「えぇ……!? いや、そーゆーのは、付き合ってない男女がするもんじゃないデスし……、その、もしもの責任とか」

「なっ、普通に遊びに行くだけです! なにを想像したの!? 土一の中の私はどんなどえらいドエロ女なわけ!?」


 蛍の恋の成就を祝福する間もなく、そして切なく思う間もなく、小角土一十六歳、人生初のデートをすることが決定した。


 ***


 七月。

 蛍と理音の交際は順調に続いている。

 理音と付き合いだした蛍が日に日に変わっていく様子に、俺は軽い感動を覚えていた。

 自分の隣にいた時は、勝手な思い込みと幼い頃よりの義務感から、蛍のことを守る存在と傲慢にも決めつけていた。けれど、理音と一緒にいる蛍は、彼氏をフォローする包容力を備えた彼女となっていた。

 周理音という男は、見た目の麗しさとは裏腹に結構ドジで、よく持ち物を落とすし失くす。

 購買部でパンを買おうものなら、代金だけ支払って商品を受け取らずに立ち去ろうとする。バスの乗り間違いはしょっちゅうで、登校時間が遅いのはそのせいらしい。

 自分でも意外だったんだけれど、頼もしくなっていく蛍を目の当たりにして、素直に喜びを感じていた。

 どういう立ち位置で喜んでいるのかは自分でもわからない。

 たぶん、誕生日を祝う気持ちと近かった。そう思えたことが少し誇らしかった。

 もっと焦げ臭い感情を抱いてしまうかと不安だったが、いよいよ本気で初恋を思い出にする踏ん切りがついたのかもしれない。

 蛍と理音への祝福の言葉は、恋が成就した次の日の朝に伝えた。

 余計なことは言わず、それぞれに一言ずつ。

 結局、俺に言えることなんて「おめでとう」以外になかった。蛍は小さく笑って「ありがとう」と言った。

 理音も同じ言葉を繰り返したが、後で「いいのか?」と簡潔に訊ねてきた。俺も端的に「フラれたから」と答えた。

 理音は一つ頷いて「わかった」と言うと、それ以前と変わらず接してくれた。


 続く


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