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邂逅


 地図を片手に歩いて居たはずの僕は、なぜか薄暗い森に迷い込んだ。


「ここ…どこ…。」


もうじき日が沈む。このままだと、ここで食料も無く野宿をする羽目になる。自身の準備不足を呪った。しかし、そんなことをした所で何の解決にもならない。なんとかしなければ。言いようもない不安と焦燥感が胸中を支配し始めた。



焦れば焦るほど、思考が鈍くなっている気がする。とはいえ、焦らずにはいられない。落ち着こうとすればする程、焦ってしまうのだ。そんな負のスパイラルに陥っている間に、日はずんずん沈んでいく。


「…足音?」


僅かではあるが、土を踏みしめる音が聞こえた。それが人間である確証なんて無い。危険過ぎる、普段の僕なら絶対取らない行動だ。でも、この焦りの中、確認せずにはいられなかった。


足音のした方向へ走る。体力ももうからっきしだったが、こちらも必死なのだ。


そうして走り、見つけたその人は、今まで見た中で自信を持って一番だと言える程美しく、そして浮世離れした雰囲気の持ち主だった。薄く透き通ったような長い白銀の髪に、伏せられた同じ色の長い睫毛。眠たげな蒼い目はどこか儚げな印象を抱かせる、そんな美しい白皙の、紛う方なき美少女。その身に纏った薄汚れたローブさえも、綺麗だと思えてしまう。暗い森の中、彼女の周りだけ輝いているような、そんな気さえした。思わずその美しさに見惚れていれば、ふと彼女が顔を上げて、目があった。


「え…あ、うぁ…」


蒼い瞳に見つめられ、動揺で意味を成さない声を漏らす僕に、その人は綺麗に微笑みかけた。それから、玲瓏、玉を転がすような声でこう言ったのだ。


「君、誰?」


こてんと首を傾げた彼女は、先程の美しさを残しつつも、大変可愛らしかった。

それに見惚れてまた呆然としていたら、向こうが今度は怪訝そうな顔をした。


「あれ…動かない?もしもーし、聞こえてる?」


いつの間にか彼女が目の前まで来ていて。そう言いながら、かなりの至近距離で手をひらつかせる彼女に、驚いて飛び退いた。


「良かった良かった。てっきり、立ったまま死んでるのかと。」


「死んでませんよ!…ってすいません…つい。」


「で、再び問うけど…君は誰?どうしてここにいるんだい?」


再び首を傾げた彼女。


「ええと…ですね。旅のものなんですけど…なんか、迷っちゃって。」


「あぁ、なるほど。まぁ確かに、好き好んでこの森の奥地に来た子なんて一人か二人くらい…

僕の家、この近くなんだけどね。今日はもう遅いし、家に泊まっていかないかい?明日、森の外まで送るから。」


準備も無く森に迷い込んで、路頭に迷ってる僕の前に、天使が舞い降りた。

即答。答えは勿論イエスである。



「こんな深い森の中に人が迷い込んできたのなんて、本当にいつぶりだろう!どう迷ったってこんな所に辿り着くのは難しいはずだけど、いやー、これが噂に聞く運命というものかな。」


ランプ片手に僕の前を歩くその人は、そう話しながら実に愉快そうに笑った。若干馬鹿にされているような気もして一瞬ムッとするも、悪気というものが一切感じられない。それに、楽しげな彼女の顔を見ていたらその僅かな苛立ちなんて即座に消え去ってしまった。


「あの、本当にいいんですか?泊めてもらっちゃって。」


「うん、いいよ。今日はもう日が落ちてしまうし。夜の森は危険だろう?それに僕としても、久々の迷い人で胸が踊っている。是非とも今夜はゆっくり話そうじゃないか。」


「ひぃ…あ、ありがとうございます…。」


ゆっくり話そう、こんな綺麗な人にそんなこと言われたせいか、変な声を出してしまう。それに対して、彼女は「面白い子だね。」と、また楽しそうに笑ってくれた。


「僕はミディア、君は?」


「…ジャンヌって言います。」


「ジャンヌくんね。分かった、よろしくねジャンヌくん。…と、そろそろ着くよ。あれが僕の家。」


そう言って彼女、もといミディアさんが指差したのは、お世辞にも立派とは言えない、小さな小屋だった。灯りの掛けられた古びた扉、その横に窓が一つ。家の外には家庭菜園と井戸。こんな深い森に暮らしているのだから、やはり食料も自給自足なのだろうか。


「あんまり大きくなくてごめんね、これでも中は掃除してるからきれいだよ、安心して。」


「え、や、そんな、謝らないでください。泊めて頂く身、大きさなんてそんなの気にしないです。」


それを聞いた彼女に柔らかく微笑まれた上に、ありがとうと一言礼を言われてしまった。別に礼を言われるようなことはしていないし言ってもいない。なんとなく申し訳無くて、恐縮してしまう。


 ギィ、という軋む音をたてて小屋の扉が開けられる。中はミディアさんの言った通り掃除が行き届いている。中央に机が一つ、それを挟むようにして椅子が二つ。奥には寝台が一つ置いてあり、その脇に置かれた小さな台の上に、ランプが置いてある。台所と思しき場所にある棚の上には恐らく食料が入っているであろうつぼがいくつか。飾り気のない質素な部屋で、非常に片付いている。そのせいか、外からは小さく見えた小屋も随分広く思えた。


 ミディアさんが指を一振り、指の軌道上に赤い火の粉の様なものが舞ったかと思えば、部屋中のランプに灯りが灯った。なんと、驚いた。魔法自体は珍しくも何ともない。百七十年前の魔法の発足以来、世界人口の半分以上の者は紋章を持ち、ごく普通に魔法を用いて生活している。ランプに灯りを灯す魔法も初歩中の初歩の生活魔法だ。だから僕が驚いたのはそこでは無く、無詠唱で彼女が魔法を使ったという点。魔法というものは、魔法を使うものが持つ紋章を経由して気を魔力に変換し、その後言葉を媒介に魔力を形にし、現実を書き換えるもの。媒介にする言葉にあたるものが詠唱である筈。

初歩にせよ何にせよ、詠唱抜きで魔法を使えるのは、余程練習を重ねた達人か天才か。少なくとも、僕はそう認識している。


「無詠唱…凄い、魔法がお上手なんですね。」


「あー、確か普通は詠唱って言うのを使うんだっけ。僕はあれ嫌いだなー、型に嵌ってる感じがどうも気に食わない。使わないでいいなら使わないに越したことはないと僕は思うんだけどねぇ。なんでみんな使うんだろ。」


詠唱を使うのは、詠唱というサポート無しで魔力を形にするのが難しいからなのだが、なるほど、ミディアさんはどうやら後者、天才の部類の人間の様だ。


「あ、夕飯作るからそこの椅子にでもかけて待っていて。荷物は…そうだね、そこの棚の横にでも置いておいたらいいよ。何もないところだけどゆっくりしていって。」


そう言ってから、ミディアさんは台所に立って、つぼの中から野菜等を取り出して料理を始めた。手伝おうかとも思ったが、料理を殆どした事が無い様なド素人の僕が手伝ってもかえって迷惑になってしまうだろう。泊めてもらうだけでも有り難いのに、これ以上この人に面倒をさせたくはない。ここはお言葉に甘えて、大人しく椅子に座っていよう。


荷物を棚の横に置かせてもらってから、椅子を引いて、座る。座った途端、気が抜けて、一気に疲れが押し寄せてきた。元々体力は空っぽのようなものだった。こんなに歩いたのは恐らく初めてではなかろうか。それにしても、地図を持ってきていたのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。本来ならば今頃、目的地に到着していたであろうに。いや、勿論迷い込んだことで得た事もある。ミディアさんのような綺麗な人に会えたのだから、もしかしたらお釣りが出るくらいかもしれない。そう思い、台所に立つミディアさんの方を見た。やはり見たこともない白銀の髪は大変美しく、後ろ姿も華奢で、スラリとしている。唯一言うなら胸が無いけど、それはまあ些細な点と言って良いだろう。そんなミディアさん、皿の上に何やら白い粉を移している様だ。


「んぇ、小麦粉?」


「うん、今日はシチューを作ろうと思ってね。」


「小麦粉って…こんな森の奥で育つものなんですか?」


「いやいやまさか。定期的に商人の子に来てもらって、食料その他諸々、森で得られないものを買わせてもらってるのさ。」


「な、なるほど。」


考えてみればまぁ、そうか。何から何まで、全部自給自足なんてかなり難しい。


「そういえばさ、ジャンヌくんはどうしてこんなところに?勿論ここが目的地で無いことは分かってるんだけど。」


料理の手をやめないまま、そう問われた。


「リィーアの街に向かっておりまして、その途中に。」


「ふんふん、因みに君、どこから来たんだい?」


「ええと…アステカート領から。」


「なるほど、そこからだとリィーアの街は真逆だね。アステカート領の方からなら、街道沿いに北に進めばすぐつくはずなのに。流石、この森に迷い込んで来るだけあって、並大抵の方向音痴さんではないようだ。」


「え!真逆ってそんな筈は!」


急いで荷物から地図を出し、テーブルの上に広げる。言われた通り街道沿いに北に進んでた筈だ。だって南側は危険な大森林が広がってて、入ったら魔女の怒りを買って殺されてしまうとか何とか。


「ここ、アザリア大森林。呪いの森って呼ばれてるんだけど…」


「アザリア大森林!?」


その言葉を聞いて、驚きで勢い良く立ち上がってしまった。それが本当だとすれば、一刻も早くここから出なければいけない。


「落ち着いて。何故か皆近寄らないし、呪いの森なんて変な名前がついてるけど、全然物騒な場所じゃないから。むしろ穏やかだよ?」


「で、でもその森には、始まりの魔女が居るって聞いてます!魔法発足時からずっと生きてる歳を取らない魔女で、入った人を殺してしまうそれは恐ろしい怪物だって…」


「ええ…でも僕随分ここにいるけど、そんな恐ろしい魔女さんに出くわしたことないよ?かれこれここで百数十年は生きてるし…」


「そう、ですか…それなら安心で…待て、百数十年って…」


改めてミディアさんの方を見る。百数十年と、彼女は確かにそういった。普通の人間は、如何なる魔法を用いてもそこまで生きられない。それに、仮に生きられたとしてもよぼよぼのお婆さんになってしまっているだろう。それにミディアさんの無詠唱のあの魔法、それから浮世離れした美しい外見。思えば珍しい白銀の髪に美しい蒼い目、伝承通りの見た目ではないか。


「ま、まさか…ミディアさんが…始まりの魔女…!?」


それを聞いてもきょとんとした顔の彼女が、何だか今度は恐ろしく見えてしまった。

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