007_自分観察
スノゥがオレのために用意してくれた部屋は屋敷の一番奥になる角部屋だった。
一番奥と言っても広く教室1つ分はあり、日当たりが良く明るい。
窓からテラスに出ることもできるので、実質出入り口はそこになるだろう。
玄関から出入りするのは遠いし、いくらオレでも歩き回れる広さの屋敷といっても廊下で振り返ろうものなら尻尾なんかで調度品を壊してしまいそうだ。
室内には普通の机やドレッサーなんかの家具も置いてあるがどれも重厚感があり高そうだ。
壁側中央にはベッドの代わりだろうか、毛足の長いフカフカな絨毯といくつものクッションと毛布が置いてある。あとなぜかクマっぽいデカいぬいぐるみ…。
「家具は全部頑丈な素材な上に強化魔法が掛かっていて、ジンが乗っても壊れない程度の強度はあるから、ジンには小さいかもしれないけど安心して使って。寝床は流石にジンのサイズはないからこんな感じにしてるけど…ベッドの方が良ければ作ってもらうよ」
『いや、これでも十分すぎる…』
元の世界でも布団を敷きっぱなしのぺらぺら万年床だったし、すでに前の暮らしより何十倍もいい暮らしだ。
「それじゃあ、とりあえず暮らしてみて何か不便があったら言ってね。あ、あとこれ…」
そういってスノゥは布を取り出した。
「…うーん?とりあえず腕でいいかな?」
『腕?』
言われて腕を出すと布を手首にリボン結びにした。
「ちなみに、これが何かは分かる?」
疑っているわけではないのだろうが鑑定の能力を程度を確かめたいのだろう。
オレは腕に結ばれた布を鑑定してみた。
【マント:防汚?】
『【マント:防汚】…って汚れない布ってことか?』
【?】ってのはなんだ…?
「それだけ?」
『それだけって、ほかにもなんかあるのか?』
「表向きは防汚だけど、隠しで衝撃緩和を付与してあるものなんだけど…」
…もしかして【?】の部分がそれになるのか…?オレの鑑定スキルって意地が悪くないか?ポンコツから意地悪に進化したのか?
「でもジンの魔法はきっかけは分からないけど成長するみたいだから、そのうち隠しも見れるようになるかもしれないね」
『ああ…だといいんだけどな…』
「それと、その防汚と緩和は身に着けていれば体全体に効果があるんだけど、水は弾かないから濡れたときはボクかほかの魔導士が来るまでエントランスに居てね」
なるほど。家に入るたびにスノゥに奇麗魔法を掛けてもらうわけにもいかんしな。
「そのうちちゃんとした職人さんに翻訳魔法のかかったものと一緒に作ってもらうから、それはまではそれを付けててね。あとは…夕食まではまだ時間あるから自由にしてて」
そういうとスノゥは部屋を出て行った。
残されたオレは改めて部屋の中を見渡した。
テーブル。スノゥが使うなら普通に椅子が必要な高さだが、オレの体にはちゃぶ台みたいなもんだ。
本棚にはいくつか本が入っているが、文字は読める。読めるが書けない。これは言葉の翻訳と同じで、日本語が存在しないために、変換ができないんだろう。
並んでいる本は主に歴史書や初級魔法、それに児童書のようなものか…。文字を覚えるのにもこの世界の事を知るのにも丁度よさそうなラインナップだ。本…捲るのにストレスたまりそうだけどな…。
隣にはドレッサー。これはあまり使うことはなさそうだ。
その隣には両開きの扉のようなものがある。何かと思いそっと開けてみると大きな三面鏡だった。高さは2メートル近くありそうだ。
そういえばこっちに来てから自分の顔はまだ見ていない。
手探りで触ってみてライオンに近いということが分かっていた程度だ。
改めて自分を観察してみると一見ライオンのようだが少しずつ違うところがある。
まずは手。指はライオンにしては長く親指は人と同じような位置にある。
爪はネコ科のように引っ込むことはない。
なんというか、ライオンと人間の間のような…肉球と鋭い爪が無ければゴリラに似ているかもしれない。
パーにしたりグーにしたり、一本ずつ開いて見たりと動かしてみた感じから、慣れれば案外細かい作業もできそうだ。
足もバランスとしては普通のライオンよりがっしりどっしりした感じだ。
おかげで二本足で立てなくもないけど、あるくのは左右に重心がぶれるから少々難しい。自転車のようにジャイロ効果を期待して走ってみたらどうだろうか。
……2足歩行で走る獣…。シュールだな。
胸をまさぐるとネコ科にカテゴライズするならば乳首は4~6つあってもおかしくないと思ったが2つのようだ。
後ろを見ると尻尾。尻尾は根元が太く、ドラゴンの名残の鱗が見える。先に行くにつれ細くなり、毛に覆われていき毛先はボリュームがありサラふわだ。
そして顔。見ると少々本物のライオンよりマズルは短い気がするがやっぱりライオンだ。
でも鼻はあの黒い部分がなく皮膚と同じく短い毛が覆っているのには違和感を覚える。
口を開けると牙がある。「あいうえお」の口をしてみるが無理がある。
日本語が通じたところで発音できない。
舌を伸ばしてみるが舌はライオン寄りに見えるが糸状乳頭(ザラザラした部分)はない。
頭の見た目で一番の違いといえば本来ライオンの耳があるべき場所に角が生え、人と同じ場所にライオンの耳があることだ。
こうして全体的なベースはライオンだが、微妙にドラゴンと人間の名残がある。
自分の顔を手でペタペタむにむに触ってみたりタテガミを軽くなでたり、頭の上にある角を軽く爪でたたいたり、耳をつまんだりしていると、ふと鏡越しにジっとこちらを見ているスノゥの姿があった。
いつから見られていたのだろう…。地味に恥ずかしい。
「人面ライオンじゃなくてよかったね…」
突然そんなことを言い出した。
『人面ライオン…』
気色の悪いものを想像してしまった。