005_もみくちゃにされた
レグさんの案内で最初に来たのは騎士たちの訓練場だ。
剣を打ち合う音が響いている。
剣道の試合なんかは学生時代に授業や友人の応援で見たことがあるが、戦場などに出向く人たちだけあって学生のそれとはまるで迫力が違う。
外で工具なんかを手にしているだけでも職質に会うことがあるような、日本で目にすることはそうそうない。
「ここは主に一般騎士の訓練場なので、迫力はないかもしれませんが、王宮に仕えるだけあって一般騎士でもベテランばかりなんですよ」
迫力は十分ですけど?一般騎士って何?もっと上の騎士の訓練だともっとすごいってこと?
「一般騎士は主に城内外の警備と街の治安維持など、一見地味ですがとても彼らがいるからこそ、この街の犯罪率は低いんです。次に向かう宮廷騎士の訓練場は魔法なんかも飛び交うので注意してくださいね」
『いやいや注意って…、どう注意すればいいんすか…』
「ん?えーと、騎士も魔法を使うのか?ですか?」
『いや、そうじゃな…確かにそうだ…。魔法使うのは魔法使いとかじゃないの?』
通じていないけど、通じている感じになっていく。
「もちろん、魔導士や召喚士なんかと比べたら魔法そのものは弱いですよ。剣がメインで魔法はサポートという程度にはなります。でもうちの騎士団はヴァンエント殿が来てからというもの、魔法も強化されて他国からも一目を置かれているほどです。あっ騎士団だけじゃないぞ!もちろん俺たち魔導士団はもっとすげーのよ?新しい魔法を生み出したり強化したり!俺たちあっての騎士団だぜ?」
口調が戻ってるし。
別に魔導士がすごくないなんて思っていないのに、騎士団ばかりがすごいと思われるのが嫌だったんだろうか…。自分で話していたのに。
オレとしては確かに騎士団もすごいと思うけど、異世界から来た俺としては魔法の方が新鮮で興味ありありなんだけど。
そういえば、オレのステータスに【属性:地 無】ってあったな…。あれって魔法の属性ってことか?それとも単なる耐性的なものなのか?
字の勉強もしたいけど魔法の勉強もしたいなー。この辺はあとでスノゥに相談してみるか…。
騎士団の訓練場を過ぎ、次に案内されたのは食堂だった。
ちなみに宮廷騎士の方は実戦の方へ行っていていなかった。
食堂は扉が全体的に開け放たれ庭と一体化しているような開放感があってとても広い。
まだ昼前なので人はまばらだが、それでも結構な人数がいてチラチラとこちらを見ている。
「ここが食堂な。このさらに奥に魔導士団の研究塔がある」
『研究塔?』
「敷地内で魔法の訓練は出来ないからな。魔導士たちはもっぱら研究したり、文献を調べたり、事務的な方が多いんだ」
噛み合っちゃいないが、なるほど。確かに剣と違って下手したらどっか飛んでったりしかねないもんな…。ラノベやアニメだと暴発なんかは定番だ。
「んで、今頃ヴァンエント殿もそこにいる。研究塔って言ったり魔術塔って言ったりその時々で違うけど、どっちも同じだ。ちなみに魔術とか魔法とか魔道とか、正確に言うと別物だけど一般的には方言的なもんで全部同じものとされてるから、細かいことは気にしない方がいいぞー」
いや、魔導士であるあんたがそれでいいんかい。オレ的にはその方が助かるけど、そういうのって大切なんじゃないの?
「まー、詳しく知りたかったら勉強するっきゃないけど、ジンって魔法使えるのかね?」
『さー?』
首を横に倒して知らんということを伝える。
「だよなー。あれ、いつの間にか素で喋ってた!これ内緒な?次から気を付ける!」
そう言ったレグに対しオレは首を大きく振る。
「え!告げ口する気か!」
そっちじゃねーよ。
再びブンブンと首を振る。
「そうじゃねーってことは…素のままでいいってことか?」
今度は縦に大きく首を振る。
「おお、そうか!それは助かる!いやー、宮廷に努めてるって言っても堅苦しいのは苦手でなー。しかもジンが人ならまだしも魔獣なもんだからさ」
オレも動物園で動物に敬語で話しかけろって言われたら困るわ。
というか。さっきのミラ…何とかって天使以外には人間ってこと言ってないんだな。
「お、ヴァンエント殿のペットになった魔獣じゃないか!ジン殿だったな」
食堂を横目に通り過ぎようとしていたところ、食堂の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声の方へ顔を向けると、隊長さんが食事をしているところだった。
手には旨そうなチキンレッグ。
見たら腹が減りそうだったからあまり見ないようにしていたのに…。
「賢いと分かっていても、慣れないうちは見た瞬間ぎょっとしますな」
そういいながら豪快に笑う。
「ん?なんだ?腹減ったのか?」
オレが隊長さんの手元を見ていたのに気が付き、隊長さんが手に持っていたチキンレッグを振る。
野生の本能的なものだろうか、つい目で追ってしまった。
そして隊長さんがチキンレッグを手にしたまま、オレの方へやってきた。
「お手!」
反射的にオレは出された手に自分の手を乗せた。
「おかわり!」
さっと反対の手を乗せる。
ノリって大事よね。
というか、この世界でも犬?に対してこういうことやるのな。
「おーよしよし、食え食え」
そういって隊長さんがチキンレッグをくれた。
隊長さんが持っていると結構な大きさがあったが、オレの体からすると小さい肉だ。
今のオレなら骨もかみ砕けそうだけど、チキンの骨はかみ砕くと鋭く尖る。
骨を砕かず丸呑みも出来そうだけど、元人間としては骨は食べないものだ。
なので、小さいとは言え持ち手を持ってうまく牙で肉の部分だけをそぐように食うと、隊長さんが感心した。
「丸かじりするもんだと思ったら、器用なんだなー」
「ジンはヴァンエント殿と一緒に食器から食事をするそうですよ」
「ほほう!さすがはヴァンエント殿のペット殿ですな!」
肉を食っただけで褒められた。
「あのー…ヒューゴさん…」
一連のやり取りを見守っていた周囲の人たちが、いつの間にか興味津々といった感じで寄ってきていた。
話しかけてきたのは少々大柄で屈強な感じの女性だ。そばかすに眼鏡だがなかなか美人だ。
隊長さんの名前はヒューゴなのか…。次からはヒューゴ隊長と呼ぶことにしよう。
「その魔獣がヴァンエント殿が連れてこられたっていう子ですよね?」
「なかなか立派なものだろう」
なぜかヒューゴ隊長が誇らしげに言うが、隣でレグさんもうんうんと頷いている。
オレ…本当に人の姿のまま転移してこなくてよかった気がする…。
「もし…もしよろしければ何ですが…、触らせていただいても…?」
「ジン殿は我らの言葉が理解できる。直接聞くのがいいだろう」
そういうとヒューゴ隊長はこっちを向いた。
「ジン殿!この娘は軍用犬の世話をしているマリーという」
「マリーと申します!もしよろしければ触らせて頂けないでしょうか!」
ピシっと背筋を伸ばしまっすぐとこちらを見つめてくる。いまだかつて女性からこんなにも熱い眼差しを向けられたことがあっただろうか…。
断る理由もないのでコクコクと頷ずく。
すると、そそそっと近づきふわりと触れた。
「おおぉ…、思っていたよりずっと柔らかいです」
もふ…もふ…。もふもふもふ。だんだん遠慮がなくなってくる。
「ああ、いいですね…この感じ…、ワンちゃんたちは短毛ですべすべして気持ちがいいんですが、ジン様は短毛部分と長毛部分があり、毛質はネコ科の柔らかなふわふわにもふもふ、そして程よい筋肉の弾力!たまりません!」
あ、この人オタク属性の人だ…。
遠慮がちに触っていたのが、最終的に体全体で撫でまわすように抱き着いてきた。
女性に抱き着かれる嬉しさ半分に、オタク全開の怖さ半分だ…。
そして遠巻きに見ていた人達も少しずつ混ざってきて、いつのまにかオレの周りには人だかりができていた。
芸能人ってこんな気持ちなのかな…。いや、オレの場合は動物園のパンダか?
「よかったですな!ジン殿!これで城の皆にはジン殿は大人しく優しい魔獣だと知られるだろ」
「だな。城のある敷地内ならば散歩できるぞ」
もみくちゃにされているオレをよそに2人はそんなことを言う。
パンダよりも、子供に群がられる大型犬だな…。慣れてくれるのは有り難いが、次からは人の多いところは気を付けよう…。