003_衝撃の事実
城に入るころには日は結構傾いていたが、今はもう真っ暗だ。
スノゥと離れてから1時間ほど経つが、まだ帰ってこない。腹減った。
魔導士たちの世間話も最近あいつがあの女を好きらしいとか、あいつがどこそこで何をしていたとか身内ネタで盛り上がり始めたので、つまらない。
暇すぎてゴロゴロしながら、とりあえず目につくものを鑑定していた。
それくらいしかやることがない。
【土・土・土…】【草・草・草…】【木・木】【人間の男】【人間の男】【窓】【壁】【柱】【草・草…】【精霊族の男型】【木】【壁】
…ん?
「ただいまぁ」
一瞬よくわからない物が見えたと思ったらスノゥが戻ってきた。
【精霊族の男型】
…んん?
今しがた見えた不穏な鑑定結果はスノゥ対して表示されている気がする…。
「ああ、ヴァンエント殿。お疲れ様です」
「では我々はこれで。また魔術塔でいろいろ教えてくださいね」
「うん。またねー」
スノゥが戻ってくると魔術士の二人は「食堂行くには少し早いなー」とか話しながら去っていったが、オレはそんな二人よりも目の前にいるこの子…。
「どうしたの?」
『あの…つかぬことをお聞きしますが…、スノゥの性別って…』
お化けとかは信じちゃいないが、この時ばかりは目に見えない誰かがスノゥの前に居て、それに鑑定が反応したと思いたかった。
「男だよ?おっぱいないよ?」
そう言ってわざわざ手を広げローブで半分ほど隠れていた胸元を見やすくしてくれた。
美少女のペットというきゃっきゃうふふの桃色生活が潰えた瞬間である。
しかし、何か引っかかるところがある。なんだろう?
「いろいろ用意してもらってたら遅くなっちゃったけど、中に入ろう」
そういってスノゥは地面に崩れ落ちたオレの心境などつゆ知らず、扉を開けオレを招き入れた。
「ちょっとまってね。片づけるから」
中は天井が高く、よくあるファンタジーのお屋敷のごとく、中央に広い階段があり踊り場で左右に分かれ2階へ続いている。左右には他の部屋へ続く廊下があり、その廊下も今のオレでも通れそうな幅と高さがある。
「部屋は明日にでも用意するから、今日はこの辺で休んでね」
そういいながら階段横の奥にある机や椅子、棚などを収納魔法らしきもので収納し新たに毛足の長いブルーのカーペットに何やら高価そうな刺繍の施された大きなクッションを二つに、今は暖かいけど必要ならと毛布を脇に置いた。
純粋にうれしい。実際のところ屋敷の前で野宿もあり得ると思っていた。
いくら広い屋敷だと言ったって今のオレは魔物みたいなデカい獣だし。
ぐ~…
思い切り腹が鳴ってしまたった。…安心したら腹減ってきた。そりゃ昼頃こっちに来てからずっと歩き通しでここまで来たわけだしな。
「そうそう、そういえばジンってご飯は…生肉?」
『できれば焼いていただきたい』
スノゥの言葉についマジレスをしてしまった。
「うそうそ。ちゃんと人と同じの用意してもらってきたから」
フフッと笑いながら部屋の少し広い方へ移動していき、魔法でテーブルなどを設置していく。
からかわれた…。スノゥは謎が多いというか、掴みどころがない…。なんかスゲー人らしいことはさっきの魔導士たちから聞いたけど、オレにはゴーイングマイウェイで自由な子にしか見えん…。
男らしいが、実は男装女子的なことかもしれん。オレの鑑定スキルすげー大雑把だし…。
などと自分に都合のいい方向に考えていると旨そうな料理がテーブルの上に並べられていた。
「一応手づかみでも食べやすそうなの頼んだんだけど、ボクしかいないし作法とか気にせず食べてね。あと、手を奇麗にするついでに全身きれいにしちゃおうか」
そういってスノゥがオレに向かって手を向けると水と風がオレの体をザーッと通り過ぎて行った。一瞬のことで身動き一つ出来なかったが、外でゴロゴロしたりして埃っぽくなっていた体があっという間にさっぱりした。
魔法って便利すぎる…。半日だけで何度思ったことか…。
食事はハンバーガーの様にパンに肉や野菜を挟んだものや、肉や野菜の串焼き、シンプルなコッペパンのようなパンにコンソメのようなスープ、そして果物類。
ナイフやフォークなどを使うものはない。スープにはスプーンも添えられているが大きめの器に取っ手が付いたデザインで、そのまま持って飲んでもいいらしい。
味も申し分ない。これまた王道をいい意味で裏切られた。
異世界系のラノベでは食事が微妙な描写が多い。それゆえに異世界飯で無双なんて話もあるが、オレはコンビニや弁当屋に頼って生きていた男だ。料理なんて炊飯器で米を炊いて卵かけご飯を作るくらいしかしたことがない。
だからうまい飯があるのはありがたい。
ふとスノゥを見ると果物やサラダのみを食べていた。エルフとかだとそういった設定を見かけるけれど、精霊族もそういった類なのか、とりあえず気になったことは聞いてみる。
「食べれないこともないけど…おいしいと思えない。魚は骨がなければ好き」
『米とかパンは?全然食べてないけど…』
「気が向いたら食べる…」
『果物と野菜だけじゃ腹持ち悪くね?力も出ないだろ』
「ん~、夜だし。もう外行かないし。眠いし」
今時というかなんというか、ジャンクフードじゃないだけましな気もするが偏食家だなぁ。
昼間は眠そうであまり返事をしてくれなかったスノゥだが、今はそんなたわいもない話にもちゃんと答えてくれる。ただ、スノゥ自身のこととなると曖昧にはぐらかされる部分もあったが、おおよそは先ほど魔導士たちが言っていた通りだった。
「ジンは…これからどうしたい?」
食事を終えテーブルの上を片付けながら聞いてきた。
『え?』
「明日から自由に行動できるけど何がしたい?と言ってもジンの姿に皆が慣れるまでは僕の同行が必要だから時間は限られるけど」
『何をしたいか聞かれてもなー、この世界のこと何も知らんし、とりあえずこの世界のことを知りたいかな』
でもやっぱり一番は魔法だな!魔法を覚えて使いたい!これは誰でも異世界に行ったらやってみたいことトップスリーに入るだろう?
まー、どうせならチートで無双して女性にモテモテになってハーレムってのが一番あこがれはするが、望みすぎるのはいかん。
「…「帰る方法を探す」とか「人に戻る方法を探す」とかじゃないんだね」
確かに。
来てすぐはそういうことも考えていたけど、すでにオレはこっちに留まる前提で考えていた。そして、人に戻るとかもすぐには出てこなかった。
たぶん、今魔獣の姿でもこうして不自由を感じていなかったから出てこなかったんだとは思うけど、人には戻れるなら戻りたいな。でも…。
『そうだな…。人には戻れるなら戻りたいけど、帰ることは考えてなかったな』
「…家族は?」
自分のことで一杯一杯で家族のことにまで気が回っていなかった。
オレんちはごく一般的にな家庭で父さん、母さん、そして姉と弟がいる。彼女は…いない。
一人暮らしを始めてから年に1度正月に顔を見せるくらいでマメに連絡を取っているわけでもないけど、職場から姿を消したのなら…、いや…オレは実際のところ向こうではどうなったんだ?
ライオン小屋の掃除をしていて…、その日は新人が一緒で…。
そうだ、新人が小屋のそとにおもちゃを出そうと扉を開けて、そこにライオンが飛び込んできたんだ。新人はすぐに扉横によけたのは見えたけど、そのせいでオレの方に…。
そうなると向こうで死んでこっちに来たのか…?だとすると向こうにはオレの死体がある…のか?転移なら体ごとこっちに来るはずだ。でもオレは自分の体ではなく、魔獣の姿だった。
魂だけがこちらに来たのか?
「ジン…?」
黙り込んでしまったオレの顔を心配そうにスノゥが覗き込む。
「大丈夫?」
『あ、ああ、悪い。ただ、こっちに来る瞬間のことを思い出してたんだ』
オレは今思い出したことをスノゥに話してみた。異世界の人間だと瞬時に見抜いてくれたスノゥなら何かわかるかもしれない。
「うーん…。専門分野じゃないから断言はできないけど、魂だけでこっちに来てこっちの魔獣の中に入ったってことはないと思うよ?それだとその体には2つの魂が入っていることになっちゃうし、輪廻転生的にこっちに来たなら赤ちゃんに宿るはずだし…」
『さっき魔導士たちがこの国ってなんかスゲー人達が沢山いるみたいな話してたけど、そういう系の話に詳しい人とかはいないのか?』
「生命に関するものなら大天使とかが詳しいみたいだけど…。もしかしたらミラツァエル卿なら少しは分かるかも」
『ミラ…なに?』
「魔法使いとして一流の4翼の天使で、本来4翼以上の天使は地上に降りてこないらしいんだけど、ミラツァエル卿はちょっと変わり者らしくて、数年前からずっとこの国にいるんだ」
変わり者のスノゥに変わり者と言われる天使か…。すげー奴は変わり者というあれか?
『天使か…。美人?』
なんでか知らんけど、天使やエルフといった種族って美男美女ばかりのイメージだよなー。
「ん~?皆は奇麗って言ってるし、僕もきれいだと思うけど…」
『…けど?』
「鬼だ悪魔だっていう人も多いかな」
『え、何それ怖い。スノゥはその辺どうなの?』
「ん~…根はやさしい人だと思うけど、深くかかわっちゃいけない…とも思うけど」
『それ、ダイジョブなん?』
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
なんとなくスノゥが大丈夫というなら大丈夫なのだろうと思うけど、それならそれで不安になるようなことは言わないでほしい…。
もう少し詳しく聞きたいところだったが、スノゥは突然「眠いからもう寝る」と言って寝室へさっさと行ってしまった。
残された俺はのそのそとスノゥが用意してくれた寝床に行き、クッションを寝やすいように置き、寒くはないがなんとなく腹の部分に毛布を掛け眠りについた。
体力的には疲れた感じはしなかったものの、精神的に疲れていたのか、横になるとほどなくして深い眠りについた。
スノゥは男の子でした。残念。ハーレムやラッキースケベはありません。
でもまだまだ秘密はあります。