019_訓練だ!
そして、全員のブラッシングにはオレも含まれていた。
もちろんされる側だ。
オレは大きいので地面に這いつくばるように両手両足の投げ出して寝そべる。すると女性二人が左右からブラッシングをする。上の方をやるときは必然的に体が密着する。
…ハーレムじゃ。これぞ異世界転移の醍醐味じゃ。
まぁ、スノゥに貰ったマントに付与されている防汚は毛並みも維持してくれるらしく、今まで一度もブラシをしていなくてもサラサラのモフモフなわけだが、それとこれとは別だよな。
心地いい日差しと風が眠気を誘うがウトウトとし始めたころにブラッシングは終わってしまった。
「こんなもんですかね。ジン様は毛玉なんかも出来ていなくて手触りもよく最高ですね」
「ですです!ヴァンエント様はとても素敵な子を見つけてきてくださいましたです!」
この体になってからというものよくモテる。最初は怖がる人も多いけど、だんだん馴染んできたらしい。でもオレだったらいくら大人しくて人懐っこいと言われても猛獣に対して気軽には近づけない。しかしこっちにはライオンや熊なんかの猛獣よりもずっと恐ろしい魔物がその辺を横行しているような世界だ。恐ろしさの基準が違うのだろう。
「では、そうですね…始めはコースがどんなものかということを確認する感じで良いので、ゆっくりめに往復してきていただきます。アンナが先導しますのでアンナの通ったところを通るように真似て進んでください」
「はじめはゆっくり行きますですが、少しずつ早くしていきますね。ジン様でしたら流石に私に追いつけなくなることはないと思いますですが、追い越さないようにお願い致しますです!ビックリしちゃいますですから」
そしてアンナの後に続いてコースのスタート地点までやってきた。
まるでアスレチックみたいだ。
いや犬やオレが使うなら前にテレビで見たことあるあれだ。えーと…アリ…アティー…アー…、アジリティ!
訓練って思うとちょっと堅苦しいけど、ただ無意味に走り回るよりは楽しそうだ。いや、さっきただまっすぐ走ってただけなのに楽しかったけど…。子供のころを思い出すな。障害物競走とアスレチックが混ざった感じ。
団体競技はチームワークとかが面倒くさくてあまり好きじゃなかったけど、個人競技は結構好きだった。
正直始めはちょっと面倒臭いとも思っていたけど、障害物を目の前にしたら段々楽しみになってきた。
…さっき走ってた時もそうだったけど、もしかしてオレ動物の本能に目覚めてきてたり…しないよな?
「準備はよろしいですね?」
コクリと頷く。
「では参りますです!」
そういうとアンナはタタタと軽く駆け出した。軽くといっても結構早い。普通の人の全力くらいの速さはありそうだ。
オレは数mほどの距離を保つようについていく。近すぎると万が一急停止されたらぶつかってしまいそうで怖い。地球で言う車間距離みたいなもんだ。
最初はハードルのような障害物だ。アンナの身長ほどの高さなのでオレは軽く飛ぶ程度だけど、アンナには大きすぎるので潜るのかと思いきやピョンピョンと飛び越していく。見た目は耳と尻尾があるだけで普通の女の子だけとやっぱり獣人なのだ。身体能力は高いらしい。
オレも続いてハードルを越えていく。2足歩行の時は苦手だったけど、4足だとハードルは超えやすい。
次に不規則に建てられた棒だ。アンナはそれを右に左にと避けながら棒ギリギリのところを通り走り抜けていく。オレは少々棒から距離がある感じで大回りになりつつ走る。小回りを利かせなければならないものにはこの大きな体は少々不向きだ。おそらく今後の課題にされるだろう。
平均台のようなものは四角くはなく、細い丸太を想定しているのか円柱型だ。オレ用に大きくしてあるとはいえ直径5~60㎝ほどだろうか。長さは30mくらいはありそうだ。アンナにとってはもはや障害でも何でもないレベルなのでサクサクと走り抜けていく。オレにとっては結構細く丸いために足を滑らせないように気を付けなければならないが、これも4足のおかげで難易度は多少下がる。まぁまだ速度も速足程度でもあるため難なくクリア。
少々うねりつつ上り下りのあるトンネルや、正確に抜けなくてはならない丸い輪、大きさの違う岩の上をピョンピョンと渡り歩き、壁のようにそそり立つ岩にはいくつか足場がありジャンプして登っていく。反対側は滑り台のように滑り降りていく。失敗したら転がり落ちそうだ。
シーソーになっている板…はアンナの時は重さで動かなかったため、オレが通ったときに急にガコンと下がったのには少々驚いた。
そして今まで出てきたものがランダムでいくつかあり、ようやくゴールだ。
復路ではアンナは「今度は私も全力で走りますです!」と宣言し駆け出した。
正直獣人舐めてたわ…。すげーはえー。
とは言っても今の俺には簡単に追いつけはするが、あんな俊敏な女子見たことがない。
往路の倍くらいの速さになったが、それでも何とか距離を離されることなく付いていった。途中やはり小回りが必要とする部分では焦ったが、そこだけは全力で行ったら何とかなった。
ゴールするとアンナは「ふわー」と言いながら座り込み息を切らしていた。
「お疲れ様。ほら、水飲みなよ」
「ありがとうございますです!」
座り込んでいるアンナのもとにマリーさんがコップを手渡し、アンナはそれを一気に飲み干した。
「ぷはー。生き返りますです。久しぶりに全力で走ったですのに、やっぱりジン様を引き離すことは出来ませんでしたです」
「そりゃそうでしょ。いくら障害物があってもジン様はあの子たちを簡単に引き離せるだけのスピードを出せるだから」
それなりにいいところを見せられた気がする。体の大きさや身体能力そのものの違いのおかげに過ぎないけど…。
それにしてもこの体…、これだけ走り回ったにもかかわらず全然疲れていない。
そしてやっぱりちょっと楽しい。全力でやってみたい。
「では次はあの子たちと競争ですね。ジン様のコースの隣にまったく同じものをもう一つ作りますですよ。あの子たちにとってはいつものコースより難易度はかなり低くなりますですが、ハンデということで」
「いいかもしれないわね。ジン様、どうですか?」
断る理由もないし、今度は全力で挑戦できるということでオレは頷く。
「では決まりですね!」
「でも、その前にお昼ご飯にしょう」
「はっ!もうそんな時間でしたか!」
そういえば腹が減った。
『ご飯』という単語が聞こえたからか池の周りで休んでいた犬たちが駆け寄ってきた。
「ちゃんとジン様の分も持ってきていますのでご安心ください。実は、今日ヴァンエント様が少々遠出されていて、ジン様へのお昼ご飯の配達を任命されていたんです。そのついでとばかりにココへお連れしてもいいかとお伺いしていたんです」
知らないうちに根回しをされていたようだ。マリーさん、ちょっとオタクっぽいところがあるけど、その分仕事はできそうだもんな。
「池の傍の木陰でお昼にしましょう」
マリーとアンナの喋り口調があまりにも似ているので、アンナの方を少し ですっ子 にしました。




