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氷使いと時間泥棒  作者: つきのこ
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出逢い

場所はロンドン。

地上に聳え立つビッグベン。

美しくライトアップされた大時計、そして漆黒の夜空を背に、二人の男が対峙していた。



「良い、夜ですね」



目深に黒い帽子を被った男は言う。

黒いコート、黒い靴、サングラス。

金の髪だけが、月に照らされて星の様に光る。夜から生まれてきたような全身黒尽くめの男は挑発的に笑い、対峙した銀髪の男を見た。



「君を殺戮するにふさわしい。

そうは思いませんか、ロシアから来た氷使いさん?」

「ハッ。抜かせ時間泥棒が!

貴様にここの結界は破らせない。お前は俺がここで殺してやる」



周囲の空気が凍りつく。それは瞬時に鋭い氷柱の形となって、黒尽くめの男を襲う! それを瞬時に交わすと、サングラスから覗いた青い目が細められた。



「それで?」

「チッーーまだまだ!」



銀髪の氷使いは両手を翳す。


ーー大地の精霊よ、全てを霜に変えよ!



目にも止まらぬ詠唱の後、

氷使いから、黒尽くめの男の両端に氷の橋が織りあげられた。

氷使いはその橋に、飛び乗ると魔術で氷のスケボーを作り、目の前の男目掛けて滑走する。



「ほう? これは工夫に満ちた攻撃だ」

「終わりだ! 死にやがれっ!」



氷使いが手にした氷柱を、剣のように男の体めがけて突き刺した。血飛沫が氷の地面の上に落ちる。一瞬の静寂。黒い男は血を吐いた。



「ーー遺言はあるか、聞いてやるぜ」

「……」

「何だ?」



黒尽くめの男はにやりと口角を釣り上げる。違和感を覚えた次の瞬間、銀髪の氷使いは血を吐いた。自らの手が血にまみれる。見ると自分の腹部に先程、奴に突き刺したはずの氷柱が突き刺さっていた。そんな、馬鹿な、幻覚魔術か? いや、違う。そんな時間はなかったはずだ、これは。



「いやいや残念です。貴方の遺言を聞き届けてあげられなくて」

嘲るように両目を歪め、男はやれやれと首を振った。

その姿から、先程確かに空いた傷穴は跡形もなく消えていた。



「じ……時間の逆転か、きさま、そこ……まで、ぐっ」

「せめて、生まれた姿で死なせてあげましょう。

さようなら」



黒尽くめの男が手を翳す。

こんなとこで、死んでたまるかーー。

何かを呟いて、氷使いの意識はそこで途切れた。





* * *



「ふふふーんっ」



桃香は浮かれていた。近くのスーパーで特売があったからだ。

卵も牛乳も安く買えたし、うどん麺もお手頃価格だった。

夜は久しぶりに鶏肉入りうどんにしよう! 妙案だ。



「はぁ、うどん」



日本の生んだデリシャスな和食。桃香は脳内でうどんの完成を夢見て涎を垂らした。うどんは桃香の大好物である。一週間毎日うどんが出てきても飽きないだろう。コシがあり、もちもちしたうどんの麺。卵を落として一緒に食べた時のあの芳醇な味わい……。





「……あれ?」



うどんの白昼夢を見ながら歩いていると、

ごみ捨て場にそこには相応しくないものが捨てられているのを見た。人間の少年だった。



「ひ、ひぇっ!?」



桃香は驚きうどんの妄想は瞬時に掻き消えた。



「し、したい……!?」



桃香の顔は一瞬にして青ざめる。

少年は傷だらけだった。乱れた髪、ズタボロになった服……しかもサイズがあっていないのか、やたらブカブカだった。



「だ、大丈夫ですか? 生きてますか?」

体をそっと揺らす。



「……っ」



小さい呻き声を上げて彼は目を開いた。

桃香は彼の瞳を見て息を呑んだ。鮮やかなターコイズブルー。

彼の眼は、宝石のような色を帯びていた。と、同時に相手が日本人でないことに気づいて桃香は慌てた。自慢じゃないが、英語は全く話せないのだ。とりあえず学校で習った単語を口にしてみた。



「めっ、めいあいへるぷゆー?」

「……Я русский」

「ほへっ?!」

「Где это место」



流暢なロシア語だったが、それすら桃香にはわからず途方に暮れた。

桃香は泣きたくなった。助けて。英語もわからないのに、英語じゃない言語なんてもっとわかりません。



「チッ」

少年は舌打ちして、桃香の額に指を置いた。

「послать」

「ふあ?」



その、瞬間何か小さな静電気のようなものが彼の指から伝わった。



「これで、わかるか」

流れるような日本語だった。

「あ、わかります! 日本語喋れるんですね」

「いや、魔術を使った」

「…………はい?」



いきなり妙な事を言われて面食らった。

何かのジョークだろうか?

外国の人はジョークが好きと聞くし。



「此処は何処だ?」

「東京です」

「東京ーーまさか日本か」

「はい。日本です」

「日本ーーーー」



彼は愕然とした。

死にそうになっていた間際、力を振り絞り転移魔術を掛けたのだが、転移後の場所の指定を忘れていた。

随分遠くまで飛ばされたものだ。

少年は息を吐いて桃香を見上げた。

体を起こそうとして顔をしかめる。



「ぐ……!」

「ああ、駄目ですよいきなり動いたりしちゃ、凄い怪我をされてるみたいですから。救急車を呼びますね」

「いや、いい。急いでいる、これくらい自分で治せ……うっ、」

見ていられずに桃香は肩を貸した。

「はい」

「……なんで」

「あの、私の家この近くなんです。

救急箱もありますし、応急手当くらいは出来ますから」

「……っ、お人好しだなお前」

「亡くなったおばあちゃんがいつも言ってました。どんな人も生きてる限り必ず誰かに助けられてる。だから、桃香、困ってる人を見た時は助けてあげなさいって」

「フン……」



呆れたお人好しだと思った。

日本は治安が良いとは聞いていたが、そこから来るものなのか。

自分の故郷なら、誰かが倒れていても気にしない。

桃香の肩を借りて、歩き始める。



「あ、桃香って私の名前なんです。貴方は?」

少年はぶっきらぼうに答えた。

「……キーラ」

「キーラさん? 素敵なお名前ですね」

「別に素敵じゃない」



ーー大体本名じゃなくて愛称だしな。

とは言わなかった。魔術師が全く知らない人間にそのまま名を明かすはずもない。



「あ、着きました。鍵開けますね、ちょっと待っててください」



古いアパートの前で止まると桃香は一階の橋の部屋まで歩いていって鍵を開けた。



「どうぞ」



キーラはおずおずと桃香の部屋に入る。



「誰もいないので安心してください」



家具の少ないシンプルな内装のリビングに通された。

ソファーに座るように言われて、キーラは腰を下ろした。

桃香が部屋に救急箱を持ってくる。



「痛むかもしれませんが、我慢してください」

水で傷口をさっと洗い流し消毒薬でガーゼを濡らすと、それを患部に当てた。キーラの眉が顰められる。

「ごめんなさい痛かったですよね」

「……いや、これくらい大丈夫だ。転移する前に回復魔術もかけたしな」

「??」



桃香の顔にクエスチョンマークが浮かぶ。

その無垢で安心しきった顔を見ていたら、つい悪戯心が湧いてきた。



「お前、不用心だとは思わないか?

知らない男を家に連れ込んで。相手が凶暴な狼だったらどうする」

「ーーふふっ」

脅かすつもりで口にしたのに返ってきたのは意外な反応だった。

「なぜ笑う」

「だって、君みたいな小さな子がそんな事を言うからおかしくて」

「何? 俺は17だぞ、お前よりどう見ても年上だろうが!」

「ええっ?」



桃香は咄嗟に手にした手鏡で自分とキーラを見比べた。

驚いたのはキーラの方だった。



「馬鹿な、そんなまさか」



そういえば、服がやたらブカブカだった。

声も変声期前の時のように高い。心当たりはひとつしかなかった。

あのクソいけ好かない、金髪の時間泥棒ーー!



「やられた」



鏡に映ったキーラの姿は、9歳に戻っていた。



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