ジェイル-3
お分かりの方もいらっしゃるとは思いますが、作者の今の所の押しキャラはジェイルです。
数時間前に更新済みですので、一話手前からお読み下さい。
狭い木々の間を持ち前の快脚とフィジカルで駆け抜けるジェイルだったが、その表情は悲壮感の漂うものになっていた。
(駄目だ、振り払えねぇ)
駆け出して数分で突如として出現した、背後から迫る何かの気配。猛烈な速度で向かってくるそれは明らかに先程遭遇した化け物のもので間違いない。
(やっぱり追ってきやがったか)
カション、カションと独特の駆動音が鳴り、その少し後からズンッ、ズンッと鈍い音が森に響く。その度に気配はどんどんと近付いてきていた。
(この音はあの化け物が着けてた妙な装備から鳴ってるのか。もしそうならあいつの正体は……)
ジェイルには聞き覚えのない筈のこの音の正体に、一つだけ心当たりがあった。
考えていると一際大きいドンッという音を最後に、背後の音が鳴り止み気配も消失する。
(振り切ったか?)
確認するために振り向こうとも思ったが、もしすぐ後ろまで来ていたらと思うと、実行する気にはなれなかった。
(ビビるな。走れ。もっともっと距離を稼ぐんだ)
恐怖で足が震えそうな自分を叱咤し、バクバクと激しい拍動を繰り返し破裂しそうな心臓を押さえ、速度を限界を越えて更に上げ必死に走るジェイル。
そのすぐ目の前に奴はまたも空から現れた。
ドゴンッ!
数十メートルの距離をひとっ跳びで零にする大ジャンプを披露した化け物は地面に着地後、素早くジェイルへと詰め寄った。
「うわぁぁぁぁッ!?」
既に極限状態の肉体にそれを躱す余裕は無く、情けない悲鳴を上げながらあっさりと組伏せられ、うつ伏せに押し倒される。
「ちくしょう、離せこの野郎ッ!」
全身に力を込め暴れるも、後ろ手に組まされた両腕を押さえ付ける化け物の腕はびくともしない。
「無駄な抵抗は止めて大人しくしろ。お前を殺すつもりはない。俺の幾つかの質問に正直に答えてくれれば、直ぐ解放する」
「くそ、何だってんだ!」
悪態を吐きながらもジェイルは心中では冷静にこの状況での活路を見出だそうとしていた。化け物の声には意外なほど怒気はなく、敵意の類いも感じられない。言葉通り従えば無事に解放されるかもしれない。
「先ず始めに、ここは何処だ。何と呼ばれている?」
「は?」
(何でそんな質問するんだ。からかってるのか?)
さぁ、何を聞いてくるんだと気合いを入れていたところでの意味不明な質問に思わずポカンと口が開いてしまう。
「疑問は挟むな。さっさと質問に答えろ」
ギリギリ、と両腕を押さえる手に力が込められ万力に挟まれたように軋む。
「ぐぅ、分かったぁ、答えるから止めてくれぇ! ここはリーバル帝国南領の大森林だ。回りの村からは迷いの森と呼ばれている!」
「迷いの森、か。確か初期マップにそんなのがあったような無かったような……。しかしリーバル帝国とは聞いたこともないな……。もしかするとここは……。」
痛みに喘ぎながら答えると、何やらぶつぶつと呟き一人納得している様子の化け物。あえて簡単な質問をして嘘を言わないか試しているのかとも思ったが、いかにも本当に欲していた情報を得れたといった風だ。
(こいつも自分でここに来たんじゃないのか?)
ジェイルの疑問を他所に化け物の情報収集が再開される。
「よし、続けるぞ。リーバル帝国以外に国は存在するか?」
「……あるぞ?」
「知ってる限り全ての国家の名前とその概要、分かるなら位置関係も出来るだけ正確に話せ」
「ええと、リーバル帝国から話せばいいのか? 大陸中央に座すのがリーバル帝国だ。世界最大規模を誇る大国で最強の軍事力を持つとも言われている。元々は小国だったが現皇帝の即位後、周辺の小国を次々に侵略、併合して一代で大国にのしあがった新興国家だ。…………こんな感じでいいのか?」
今日日、子供でも知っているような常識を話しているだけなのだが、それで本当にいいのだろうか。疑問を挟むなと言われたがつい不安になり問うてしまう。
「ああ、充分だ。続けろ」
しかし何故か満足気な雰囲気の化け物。疑問は晴れないままだが言われた通り質問の解答を続ける。
「帝国を囲むようにして西には獣人達の都市国家連合『アニン』、東には世界二位の大国にして多種族国家『聖ミレグリア王国』、北には領地の殆どが山岳地帯のドワーフ達の小国『ハンブルク』と三つの国家が存在してる。それらと帝国と合わせて四大国家と呼ばれていて、三つの国家にはそれぞれ大国家と呼ばれるだけの強みがある。まず東の……」
「ふむふむ。どれ一つとして聞いたことがないな」
「それから西には……。それに対して北の……」
「マップ名には若干の名残を感じるが、国に関しては全く知らないな。これはどういうことなのか」
「後、海の向こうの島国には……。主食は……」
「米か、それは早急に確保しておきたいな」
それから一時間ほど、各国の文化や言葉の違いの有無など一般教養に属することを根掘り葉掘り聞かれ続けた。
「よしよし、大分有益な情報を得ることが出来たな」
うんうん、とほくほく顔で頷いている化け物。
「…………いい加減満足だろ。もう自由にしてくれ」
ほぼ一時間、同じ姿勢のまま喋らされっぱなしだったジェイルは、すっかり疲れ切った声を出して解放を訴える。
「そうだな。随分時間もかけてしまったし、そろそろ良いか。それじゃあ最後に三つ質問だ。これに答えれば解放してやる」
それまでの上機嫌な空気を納め、一転して剣呑なものを纏い出す化け物。それを察知しジェイルも否応無く張り詰め出す。
「お前の名前は?」
「……そういや聞かれてなかったな。ジェイルだよ。家名なんて洒落たものは持っちゃいねぇ。ただのジェイルだ」
「職業は?」
間髪入れない矢継ぎ早の問いかけ。脳裏には嘗ての栄光が過るも、ここは嘘はつかない方が良いと直感的に確信する。
「盗賊だ」
「元ミレグリア王国の中級騎士で現盗賊か」
過去の苦みを噛み締めて答えると、事も無げに化け物はそう返した。
「何でそれを!? お前まさか看破スキル持ちか!」
「詮索はするな。それより最後の質問だ。心して答えろ」
過去を暴かれ興奮するジェイルに構わず化け物は、これまでで最大の圧を持ったプレッシャーと共に最後の問いを投げ掛けてきた。
「どうしてあの二人を襲った?」
「それは……」
今更な話だが、仲間に裏切られて罠に嵌められ、そのつもりが無かったとはいえ結果として二人の少女を傷つけてしまったことを、自分の経歴を知った相手に話すのはどうも気まずいものがある。
「どうした。言えないようなことをしようとしたのか?」
「違うッ! これでも元騎士だ、若い婦女子相手にふしだらな事に及ぼうとなんて考える訳あるかッ!」
黙ってしまったジェイルに邪推し出す化け物。父から受け継いだ誇りが久しぶりに顔を出し、騎士の頃の口調で声を大にして否定する。
「だったらさっさと言え。元騎士様」
あえて小馬鹿にするような言い方をする化け物に腹が立つ。
「ああ、だったら話してやる。耳かっぽじってよーく聞きやがれってんだ!」
こうなってしまえばこんなことで格好をつけても仕方あるまいと、開き直ったジェイルはこれまでの経緯を洗いざらい全て話出した。しかも他人にここまで自分の話を聞いてもらうのが久しぶりだったせいか、ついつい口も軽くなり自分の出生や過去の苦い思い出の事までベラベラと喋りつくしてしまった。
「はっはっはっは! お前螺くれまくってて最高だなッ!!」
話を聞き終えた化け物はジェイルを解放し、何故かこちらを気に入ったと笑い転げている。
「自分が助けてきた筈の仲間に裏切られて、気絶させようした女の子はズタズタにしちゃうとか。行動裏目過ぎだろッ! もう面白すぎるなコイツッ! つーかコイツ相手に色んな覚悟決めて乗り込んできた俺はなんなんだよこれッ!! もう全部馬鹿らしくて笑けてきちゃうッ!!!」
いきなりコイツ呼ばわりでひー、腹痛いと大爆笑する化け物の姿は率直に言って物凄くムカつく光景なのだが、一先ず命の危機は去ったようだと安心して胸を撫で下ろすジェイル。
その後、笑いの波はやっと収まったが目元はまだその余韻に潤ませながら、化け物は、帰って宜しい、と何故か偉そうにそう宣言して、元の道へ帰っていった。
化け物の背中が見えなくなって数分。
(何だったんだ、今のは)
自分が体験した筈なのに上手く理解出来ない。結局あいつは何だったんだろうか。あの会話の中では恐怖や疑問で埋め尽くされ、混乱してしまって冷静に考えられなかった。
「あの装備からしてたぶん機巧兵、だよな。でも機巧王ハーロットの配下にしては随分感情豊かだったし、何よりあまりにも無知過ぎる。ここら辺に残されてた未発見のカプセルから覚醒した、本体データベースとは隔絶されていた残存兵かなにかか?」
あいつに対する考察、思考を全て口に出すことで少しでも整理しようと試みる。
ジェイルはこの場でそれをしたことを生涯後悔することになる。
「お前やっぱり面白いなッ!」
目の前が真っ暗になった。
冷静でいようする主人公ですが、だいぶ地のキャラクターが出てきましたね。
感想よろしくお願いします。