ジェイル-2
ごめんなさい。身内の不幸がありました。少し明日の投稿は遅めになります。二話投稿も無理でした。期待されていた方がいましたら申し訳ないです。
ガッツリ修正しました。下記の日付より前に見た方は、もし宜しければもう一度ご覧下さい。
8月4日。
草むらの影から二人の様子を窺う。
一人は長身のダークエルフの少女、もう一人は小柄なエルフの少女の二人組。何やら楽しそうにお喋りに興じているようだ。周囲に気を配っている様子は見られない。
(森の半精霊であるエルフ相手に森で奇襲出来る機会なんざそうあるもんじゃねぇ。チャンスは今しかねぇな)
自分がまた迷わないうちに行動してしまおう、無意識のそんな焦りがジェイルを急かしていた。すぅ、と口から息を吸い空気から体内へ取り込まれる魔力因子を意識する。気道、肺と呼吸器を経由して血管へと運ばれた魔力因子は酸素と共に心臓の収縮運動によって全身に駆け巡る。それを呼び水として肉体に元々宿っていた魔力へとアクセスする。下腹部を中心として微かな熱が広がって行くのがはっきりと感じられる。
(なるたけ怪我はさせたくねぇが、応援を呼ばれても面倒だ。拘束魔法で纏めて仕留める)
「光あれ、我が力、我が心、糧にし縛れ、贄とし束縛せよ」
エルフは魔法抵抗力の高い種族だが、短時間の拘束くらいなら問題無いだろう。自分が欲しいのは一時的なものでも良い、有利に交渉を進めれる環境なのだ。長時間維持する必要は無い。
エルフの高い魔法適正によって感知されないよう、発動時の魔力の高ぶりは最低限に留める。効果範囲は二人を中心とした半径2メートルと設定。
詠唱を終え、あとは魔法名の呼名だけで発動可能な状態としたところでついチラリと二人の様子をもう一度見てしまう。
(不味いッ!)
ダークエルフの方が何かを感じ取ったのか、明らかに此方の方角を意識している。
「ライトニングチェーンウィップ」
「チァイチェ避けて!」
慌てて待機状態の魔法を発動。光系統を表す白の魔法陣が足下に広がり、そこから飛び出した十数本の鎖が二人に襲いかかる。小柄なエルフの方は回避が間に合わず捕らえることに成功したが、ダークエルフの方にはギリギリで躱されてしまった。
(チッ、やっぱり直前に気付いてやがったか)
自分が中途半端に躊躇ったせいで戦闘を長引かせてしまった。そのせいで、ここからは正面戦闘をせざるおえずその結果、彼女を傷付けてしまうかもしれない。
(何やってんだクソッ! 仕方ねぇ。こうなりゃ逃した方は麻痺弾で気絶させてそこらの木陰にでも転がしとくしかないな。神聖な大森林の深部ではモンスターも湧かないらしいから大丈夫の筈だ。捕まえられた一人にだけ道案内を頼むとしよう)
まだ大丈夫だ、挽回出来る。反省と自己嫌悪、謝罪は全て終わらせるまで一旦忘れておけ。落ち着かせるようにそう自分に言い聞かせ、再び体内の魔力を高めそれに集中する。
「チァイチェ、今助けるから!」
ダークエルフがエルフを助けるために駆け寄ろうとしている。しかしそれを許す訳にはいかない。素早く茂みから飛び出し、両者の間に割って入る。
「おっと、それ以上動くんじゃねぇ。この嬢ちゃんがどうなってもいいのか」
牽制の意味も兼ねて出来るだけ凶悪そうな笑みを浮かべてみるが、やったことが無いため上手く出来ているのか全く自信が持てない。
「……誰。チァイチェをどうするつもり?」
落ち着いた声音で話すダークエルフは一見すると冷静に此方を観察しながら対応しているように見える。しかしまだこういった場の経験は薄いようだ。焦りが表情に滲み出てしまっている。
(しめた、こいつ場慣れしてねぇ。なら余り時間もかけられねぇんだ。さっさと済ましちまおう)
本来なら戦闘経験が未熟そうな彼女が隙を見せるのを待つ方がより確実かつ安全に制圧出来る選択肢だった。しかしジェイルは自らの意思による襲撃という事実を重く受け止め過ぎており、また初手での自身の失敗も相俟って更に焦りを加速させてしまっていた。
「話す必要があるか? これから気絶する奴によッ! 痺れな、スタンショットッ!」
「昂り狂え、マジックハイブーストッ!」
(カウンターマジックッ! 場馴れしてないのにそんな離れ業出来んのかよッ!?)
間違いなく此方の発動の方が早かった筈だが、流石の魔法適正の高さと言うべきかダークエルフの放った魔法の方が先にジェイルへと届いてしまった。紫に光る魔法陣がジェイルの全身を包み込む。
(紫の魔法色ってことは、呪詛や反射、封印系でもねぇ。まさかこれは、こっちへの魔力増強魔法かッ!?)
全身の魔力が強制的に高められ微かに感じられてしかいなかった熱がみるみる上昇していく。下腹部から呼び起こす処ではなく、足先から根こそぎ引き摺り出されるかのようだ。
(やべぇ、これは制御が、く、そッ!)
強い酩酊感と激しい頭痛に体がふらつく。魔力酔いの初期症状。狙いはジェイルの魔力酔いによる戦闘不能もしくは魔力暴走による自爆か。老獪な熟練の魔法使いのような付与魔法による嵌め手。外見にそぐわない陰険な使用方法だ。
(舐めんなよッ!)
一撃での無理筋な短期決着を狙ったつけか、それとも付与魔法による魔力暴走という身の丈に合わない迂遠な手法を用いてしまったためか。
何れにせよ、そこから導き出される結末を両者は共に望んでいなかったことだけは確かだった。
「おらッ!」
気合一発。
制御を外れ全身の血管を這いずり回るように暴走し出した魔力を現在発動中の魔法にありったけ上乗せし思い切りうち放った。それにより魔法は本来の威力を大きく越えた、桁外れに強大なものとなってダークエルフへと迫っていく。
「うそッ!?」
(馬鹿野郎ッ!? 驚いてねぇで防御しやがれッ!)
軽度の魔力酔いに悩まされ声を出すことも出来ないジェイルの内なる祈りは届かず、単なる麻痺弾のつもりだった凶弾はダークエルフへと直撃した。
着弾までの過程で質量を持つほどの高密度の魔力が刃となり、ダークエルフの全身をズタズタに切り裂いてく。
「キャアァァァァッ!」
悲鳴を上げ身体中から血を撒き散らして地面に転がるダークエルフ。
(何とか直撃だけは避けたかったが、あんな土壇場じゃ完全に外すことなんか出来ねぇよ。くそッ! 余計なことしやがってッ!)
的外れで自分勝手な怒りであることは重々承知の上ではあるが、せめて攻撃魔法で自分を倒してくれれば、とそう思わずにはいられない。
(一応死んではいねぇみたいだが、もう虫の息だな)
自分の不得意な治癒魔法では彼女を助けれはしないだろう。自分で傷付けておいて、治すことも出来ないという事実がジェイルの心にズンと重たくのし掛かる。
(ったく。自分で仕掛けた癖に万が一の魔力障壁も張ってねぇとかダークエルフにしては迂闊過ぎるんじゃねぇか)
「亜人の割に対したことねぇな」
それを何とか誤魔化したかったのか、それとも自分の都合で無為に人の命を奪ってしまったという辛さからだろうか。強がりのような文句が、つい口をついて出てしまった。
ガシャンッ!
その言葉に反応するように金属音が響いた。
(振り向きたくねぇな)
そんなことは許されないと、分かっているけれど。
覚悟を決めて、改めて拘束したエルフの少女に向き直る。目の前で友人を惨殺されたのだ。ガシャンッ!ガシャンッ!と鎖を大きく揺らして暴れている。その目に映るのは隠しようもない激しい憎悪の色。
一度こうなってしまえば道案内以前に交渉自体が不可能に近い。
(精神干渉系魔法は習得してねぇし、無理に言うことを聞かせようとすれば最悪心中覚悟でとんでもない危険地帯へ連れていかれ兼ねぇ)
かといってゆっくり説得している暇もない。そろそろ夕暮れ時になる。帰ってこない二人を探しに他のエルフ達が騒ぎ出すのも時間の問題だろう。
(一旦逃げるしかない。これで本当に逃亡犯だな)
一人のダークエルフの少女を殺めた元騎士の逃亡犯が、目撃者の少女を拘束して発見を遅らせている隙に逃げ出した。次に配られる手配書にはそう書かれることだろう。今度のそれは嘘一つない真実のみが記されたものになる。
「ごめんな」
決断したからには行動に移さなければならない。それでも最後にダークエルフを一瞥し、誰にも聞こえないほど小さな声で申し訳程度の謝罪をする。こんなもので許されるわけはなくただの自己満足でしかないが、ジェイルはたった一言でも彼女へ謝罪がしたかった。
そうしてエルフ達へ背を向け走り去ろうとしたその時、増援を警戒して発動しっぱなしにしていた気配察知スキルに何かが引っ掛かった。
「なんだッ!」
気配は高速で真っ直ぐこちらへ接近してきている。あまりの速度に今から隠れている時間もない。せめてその正体を目視しようとするもその方角には誰も見当たらない
(……いや、上かッ!)
視界に捉えた時には、既にそれは目前まで迫っていた。ジェイルの頭上斜め上から白いコートはためかせる謎の黒いシルエットが、物凄い勢いでこちらに突っ込んできている。
「ッ!?」
ドゴンッ!!!
咄嗟に横っ飛びしてかわした地点へそれは轟音を立てて地面へ落ちてきて蹲っている。衝撃に周囲の大地がビキビキとひび割れた。
(人種か? それとも新手のモンスターか?)
不時着と言うべきか、墜落と言うべきか、兎も角降り立った何者かはもうもうと土煙が立ち込める中、何事もなかったかのようにすくっと立ち上がった。少なくともシルエットは人型のようだ。
「着地には失敗したな。コースも少しズレがあったようだ。やはり現状では、まだ高速射出は無謀だったか」
冷静に何か分析するかのように話す声は男のものだ。
「あんたは、いったい……」
突然の事態についていけず声には隠しきれない困惑が露になってしまっている。ただその困惑の原因自体は衝撃的な登場方法に対してだけではない。
ゴクリと思わず生唾を飲み込んでしまう程の圧力。
ジェイルの看破スキルは抵抗されているにも関わらず、肌を通して痛いほどに伝わってくる存在感の鋭さと大きさ。明らかにただ者ではない気配。
(やべぇな。昔、王都で見たことのある勇者様並みだ)
敵わないと、一目その姿を見ただけで分かる。一度は武の道を歩んだことのあるものなら嫌でも感じざるを得ない圧倒的上位者の貫禄。必敗を予感させる絶対的強者の佇まい。一言で言えば怪物。または化け物の類い。
(それに全身を包むあの独特なデザインの装備はまさか……)
「…………まあ、なんだ。改めて言うと恥ずかしいけど、こういう状況だ。単刀直入に言った方がお互いに分かりやすいよな」
何やらモゴモゴと喋った化け物は、んんと咳払いを一つ。そして。
「その子らを助けに来た」
エルフ達へ力強い光を宿した瞳を向けて、俺はこの子らの側についている、とそう宣言した。
「そうか、それじゃあ俺はこの辺で失礼して」
軽くそう応じて、さも自分は無関係ですよとばかりに立ち去ろうするジェイル。勝てないと分かりきっている相手が参戦したことによってジェイルの方針はより明確になった。何よりも早い現状からの撤退である。
「まあ待て、お前にも幾つか聞きたいことがある」
嘘は許さない。目でそう語りかけ更に重たい圧をかけながらこちらへにじり寄ってくる化け物。
「いや本当に俺は通りかかっただけだから」
こんな嘘は直ぐにばれると分かってはいるがあくまで白を切り通そうとするジェイル。
(エルフ達を助けに来た奴がエルフ達を派手に痛めつけた奴を見逃すとは思えなねぇ)
生き物としての生存本能があれと敵対してはいけないと告げている。言い捨てて恥も外聞もなく全力で背を向けて森の中へ飛び込み木々の中へ紛れるように逃げ込む。
「おいちょっと待て、お前が抵抗しなれば攻撃する気はこちらにはない。おい待て!」
(誰がんな甘いこと言われて信じるかっつのッ!)
背後から何か言っているのが聞こえるが、何処まで信用出来るかは未知数だ。ここは敢えて聞こえないふりをして逃走を開始する。
危機的直感が身体を突き動かし自分でも信じられないほどの快走っぷりだ。化け物は追ってくる気配は無い。みるみる化け物との距離をあけることに成功している。しかし先程の高速飛翔魔法のようなものを見るに、恐らくは向こうがその気ならばこの程度の距離はすぐに追いついてくることだろう。とりあえず今のうちに距離は少しでも稼げるだけ稼いでおかなければならない。
(何でこんなことになってしまったんだろうな)
こんな時であるのについつい考えてしまう。
かつて騎士を夢見た自分が、そして夢を叶えることが出来た自分が、今や親殺しの罪を着せられ、仲間には二度も裏切られ、果ては自分の都合でダークエルフの少女まで殺害して本当の逃亡犯になってしまった。しかもこれからこんな辺境の森の奥深くで、化け物と呼ぶしかないような強者との命を懸けた鬼ごっこをしなければならなくなるかもしれない。
(……俺は何処で間違ったんだ)
ジェイルの頬を真横に伝った一筋の雫が、彼の走り去った後の地面を微かに濡らした。
主人公の活躍はもう少しお待ちください。
感想よろしくお願いします。