ジェイル
今回ちょっと長めです。明日は二話ほど投稿しようと思うので期待せずお待ちください。主人公の活躍を楽しみにされていた方もいたと思いますが、今回は別視点になります。
大分修正しました。
(俺がこうなっちまったのはなんで何だろうな)
ジェイルはこんなときに、今さらそんなことを考えてしまう自分が可笑しくてつい笑ってしまいそうになる。
憧れだった騎士団を追放されてからか。その後に流れ着いた傭兵団を追い出されてからか。それとも食うに食えなくなって生きるために初めて盗みを働いた時か。
(少なくともガキの頃はもうちっとマシだった気がするな)
ジェイルが産まれたのはミレグリア王国首都カンタルの北に位置する貧民街だ。
父親を早くに亡くしたジェイルの家庭はその貧民街の中でも輪にかけて貧乏暮らしだった。しかしジェイルの母親はそんな状況にも挫けずジェイルを真っ当に育てようと厳しく躾てくれた。幼いジェイルも生意気盛りなりに、母の言うことは素直に聞き入れるようにしていた。
埃を食っても誇りを捨てるな。
母が父から引き継いだ、下手な洒落みたいな口癖がジェイル家の家訓だ。だからどんなにひもじくても苦しくても、盗みも詐欺も世間様に顔向け出来ないことは一切やらないしやらせない。
普通なら家の手伝いすら覚束ないほどの、まだ子供だった頃からジェイルは食い扶持を得るために傭兵ギルドで給金の低い雑用の依頼を受けていた。貧乏暇無しの格言通り、朝早く日の出る前から日が暮れてくたくたになるまで働き、稼げるのはその日の晩と次の日の朝の食費のみ。貯金も出来ず服も三年は買い換えられい、湯浴みどころか水浴びすら月に一回しか出来ない。そんなその日暮らしが暫く続いた。
ジェイルの母は身体が弱く外には働きに出れなかったが心は人一倍強い人物で、よく近所の市場に行っては商人相手に上手く立ち回って食材を買い叩いては格安で持ち帰ってきていた。手先も器用で内職もやっており、何とか毎日の昼食代を稼いでは朝早くにでるジェイルへ弁当を作り渡していた。弁当はいつもジェイルの分しか用意されていない。その意味にジェイルは最初から気付いていたが、尋ねると私は家で一人でのんびり食べてんだよ、と微笑んむ母に何も言えなくなってしまった。
そうして八年間が過ぎ、ジェイルは十四歳になった。その頃には身体も大きくなり、討伐依頼も受けられるようになったため稼ぎが増え、昼食を母と二人で食べられるようになった。また貯金が出来るようになり、服は1年で買い換え湯浴みは日課とし身嗜みを整えることも出来るようになった。
生活に余裕が出てきた俺はある夢を見るようになる。
まだよちよち歩きの赤ん坊だった時分に父から読み聞かされた英雄譚。そこに登場する誇り高い騎士達。主人に忠誠を誓い民草を守護する王国の盾。かつての憧憬の火が呼び起こされた。
いつしかジェイルは士官学校に入学することを目標に働くようになった。命の危険も伴う難易度の高い依頼を積極的に受け、高額な学費を貯めると同時に自身の戦闘の手腕も鍛え上げた。近隣の村の近くに住み着いた危険な高レベルモンスター、高い懸賞金がかけられた凄腕の賞金首、近くのダンジョンの内部調査。それらをソロでこなし、ギルドでの信頼を勝ち取って更に高難易度の依頼を受けれられるようにする。それを繰り返すことで目標金額まで資金を貯め、また度重なる実戦の中で魔法や剣の腕前を上げることも出来た。
母もジェイルの夢を応援してくれており、あんたは私の誇りだよ、と涙ながらに話していた。今は貧民街に住んではいるが、実はジェイルの母は多少の学があるらしく、夢の話をした翌日からジェイルに色んな勉強をつけてくれるようになった。その授業の中で貧民特有の汚い言葉遣いも多少改善した。
夢を志して四年、母子二人で苦労に苦労を重ねて十八になったジェイルは、念願叶って士官学校に入学することが出来た。しかも首席合格だ。発表の日は産まれて初めて母親と二人、高級な食材を買い込んで狭い我が家で大いに飲み食いした。
入学した平民用の士官学校──下級騎士専門学校は実力が全ての世界だった。一切のおべっかも裏金も通用しないシンプルで分かりやすい世界。そこでは剣の技量、魔法の力量、肉体的耐久度、精神的強度、各分野の知識量、礼儀作法と騎士として必要なありとあらゆる能力が試される。
ジェイルはどれ一つとして同学年の誰にも負けなかった。礼儀作法と知識量だけは拮抗されることもあったが、他は入学時から圧倒的な差があった。
当たり前のことだった。校内で貧民街出身なのはジェイルだけであり、入学前から実戦に出てたのもまたジェイルだけだった。
他の同級生達もそれなりに鍛えてはいたものの、あくまで基礎的なものだ。それ以上の鍛練を受けに士官学校へ入学した、という意識の人間と必ず騎士になって成り上がる、という決意を持って修練してきた人間とでは明確な差がついて当然である。そもそもの下地と過程が全く異なるのだから。
ジェイルはそこらの商家のボンボンや親の七光り相手に負けるつもりは毛頭なく、常に圧倒的な一位を目指し努力を続けた。また学校に通いながらも空いた時間はギルドに通い続け依頼を受けて最低限の生活費を稼いだ。
学業にギルドでの仕事にと慌ただしかった二年はあっという間に過ぎ去って卒業。憧れの王立騎士団への加入を果たした。
入団して初めの頃は貧民街出身の似非下級騎士だと侮る輩も大勢いたが、その全てを実力で見返した。こつこつと真面目に任務をこなし、命令に忠実かつ柔軟に従い、周りの信頼を得て自分の実力を認めさせたのだ。
やがてジェイルの下級騎士離れした力量の高さは騎士団の上役達の目にも止まり、平民出では異例の早さである僅か二年で中級騎士へと昇進。母にもやっと良い暮らしをさせてやれるようになった。
(周りの評価は誇りを持って努力すれば覆せる。実力があれば出身なんて関係ない。親父の言葉は正しかったんだ)
ジェイルの中で父から託され、母から刻まれた教えが確固たる信念に変わった瞬間だった。
歯車が狂いだしたのは騎士団に入って四年目の秋。
「…………退団命令って」
頭が追い付かなかった。
ある日、副団長直々に呼び出され突然告げられた。
「実質的には辞職勧告だ。本来なら軍法違反として処罰されるべき案件だが、貴君にはこれまでの功績を称え多少の恩赦もつけてくれるそうだ。良かったな」
「な、何が良いんですか! 何故なんです、ロベル副団長。俺は何故……」
騎士団の最上級騎士専用の執務室。その一室の副団長専用の机の前で膝をつき、半ば呆然と見上げるとロベル副団長は背筋が凍るほどの怒気を纏った視線で射抜かれた。
「貴君は春に上級騎士への昇進試験を受けるために魔法医の診察を受けたそうだな」
「は、はい、受けました。そこでの診療結果が受験時の提出書類として記載されていましたので」
「そこで貴君の血液からナノ因子が検出された。意味は分かるだろう。この王国にとってそれの血筋であることは最大の禁忌だ。奴等は未だ尚、王国最悪の恐怖の対象であり憎悪の対象でもある。その奴等の系譜に連なる者が国防の要足る騎士であり続けることなどあり得ない。あってはならないことだ。今まで奴等の血を引く貴様を騎士として民達が仰いでいたと思うと虫酸が走る。本来なら処罰されるべきと私は言ったが、本音で言えば我が王立騎士団全員で貴様をとり囲み武器庫中の剣でその身のありとあらゆる箇所を串刺しにしてしまいたいくらいだ。それをせずあまつさえ恩赦で金までくれてやるというのだ。これ以上の温情が何処にあるッ!」
「ろ、ロベル副団長」
「貴様に名を呼ばれる筋合いはない。今すぐ荷を纏めて街を出ろ。二度とこの地を踏むことは許さん!」
あまりの捲し立てるような剣幕に逃げるように退室し、そのまま自宅へ真っ直ぐ馬を飛ばした。副団長への恐ろしさ以上に貴君にはという言葉の響きが何故かジェイルの耳にへばりつき、嫌な予感がしたからだ。
(お願いだから外れていてくれ)
祈るような思いで帰宅したジェイル。
だが彼が見たものは倒壊し燃え盛る自分の家。そしてその目の前で打ち捨てられている血塗れの──。
「は、はは。うそ、だろう。これは……夢だな。だって俺は親父の言う通りに誇りを持って努力したんだ。お袋の言い付けを守って頑張って来たんだ。これまで……ずっと、ずっとさ。なのにこれはないだろ! あんまりだろッ! なあお袋ぉ、夢ならお袋も生き返るよな? 俺、来月からは上級騎士になるんだぜ。そしたら生活ももっと楽になるからさ、旨いものいくらでも食わしてやれるよ。なぁお袋、何が食いたい? 塩辛いのが好きなのは知ってるけどさ、もう年なんだからそろそろ控えないとダメだぞ。健康に気を付けて長生きしてくれよ。そんでさ、いつか俺の子供にも誇りってやつを教え込んでやってくれよ。なぁお袋。だからさぁ、頼むからさぁ、覚めてくれよッ! こんな糞ったれな夢はよぉッ! もう、もう沢山だ。明日からまた真面目に誇りをもって頑張るから、だからッ!」
視界が滲んで目の前が見えない。錯乱して訳の分からない言葉ばかり喋っている。何処かで自覚している自分もいたが、そうしてないと、声を出して拒絶していないと、これが現実になってしまいそうで、それだけは絶対に嫌で。
だからジェイルは必死に言葉を絞り出した。意味が繋がってなくてもどうしようもない妄言でもだらだらと何時までも喋り続けた。そのうち言える言葉が語彙から尽きたら歌い出した。歌なら言葉すら思い浮かばなくなったジェイルにもすらすら歌うことが出来た。母や父から教わった軍歌や童謡を大声で絶叫するかのように歌い続けた。何時しかそれも出来なくなって、意味のある言葉も喋れなくなって、それでもそこまで追い詰められた心が上げている断末魔をそのまま声に出して叫び続けた。
喉はとっくに枯れきっていたが、そんなことを気にする余裕は無かった。構わず声を出し続けると、喉の粘膜が避け傷口から溢れた血液が渇いた喉を瞬間的に潤す。それは直ぐに乾燥してガサガサと喉と口腔内にこびりつき、更により強い渇きを訴えかけてくる。だがその訴えにも耳をかさず、出血の痛みや鼻につく血液の鉄臭さすら気にも止めずジェイルは声を出し続けた。
やがて炎は燃え尽き黒ずんだ残骸と、最愛の家族の遺体だけが残った。その結果を、結末を努力や誇りで覆すことは出来ない。そんなものは今のこの状況に何の役にも立ちはしない。
あたしが死んだらかい? そうさねぇ……。それじゃあルイスの、お前の親父の墓の隣に埋めとくれ。花なんて洒落たものは要らないよ。ただお前に、あたしが好きだった歌の一つでも歌って貰えりゃ上等さね。
初給金で買った安酒を一緒に飲みながら、会話の流れで出たその場限りの冗談、の筈だった。母の言葉を思い出したのはついにまともな声も出せなくなって暫くしてからだった。
なんだ、こんな時でも自分は母の言い付けを忠実に守っているのか、と妙に可笑しくなって声は出せなくなっていたが、顔だけで笑った。そして残りの言い付け通り、貧民街の最奥にあるかつての住民達の眠る墓所。その右奥にともらわれている父の隣に母を埋葬した。
それが終わると、ジェイルはそのまま誰にも何も言わず故郷の街を出た。母との思い出が、そして自分の努力の記憶が刻まれたここを一刻も早く離れたかった。
将来も信頼も仕事も家族も信念もジェイルの自我を支えていた全ての柱は失われ、余りの虚無感に母の敵討ちを考える気概すら奪われてしまっていた。
そこから先はあっという間だった。
何かを成そうと上り詰めるには一段一段としっかり地に足をつけて踏み締めて行かなければならず、それには相応の時間もかかる。しかしそこから転がり落ちるのは至極簡単なことで時間的には一瞬で行うことが出来る。
街を出てすぐにジェイルは親殺しの逃亡犯として追い掛け回される立場になった。近くの街へ立ち寄った際に見掛けた手配書には、捜査に当たった王立騎士団の公式見解としてこのようなことが書かれていた。
ジェイルはその悪性を騎士団の上層部に見破られ上級騎士への昇進を取り消され、騎士団から追放された。逆上したジェイルは乱心し自らの自宅で暴れ回り、それを止めようとした母親を誤って殺害。その事実を隠すために自ら家に火を放ち物取りの犯行に見せ掛けて王都から逃亡した。
なるほど、状況証拠は揃っているなと自分が陥れられているにも関わらず、元同僚のジェイルをして思わず手を打って納得してしまうほどに良く出来た筋書きだった。
真犯人が恐らく騎士団であるのだから、犯人などいくらでも作り出すことが出来る。ジェイルを偽の犯人に仕立て上げ、ついでに騎士団からの除名時期をずらすことなど容易いことだっただろう。
当然、そんな曰く付きになってしまったジェイルを雇おうとする傭兵ギルドなど一つもなかった。それどころか地元の騎士団に通報され危うく捕らえられそうになることも珍しくなくなるほどだ。
しかし、それでも生きるためにはどうにかして生活費を稼がなければならない。全てを失い抜け殻同然となったジェイルだったがまだ、己の生を諦めることだけはしていなかった。
勿論ジェイルとて絶望に呑まれ一度は死のうかとも本気で考えた。しかし自分をここまで育ててくれた母の顔が脳裏にちらつき実行に移すことは出来なかった。
(死ぬことも出来ないなら、いつか死ぬその日までは何とかして生きてみよう)
そうすればもう騎士ではなくなってしまった自分でも、あの世で見てくれているだろう母と父の誇りになることが出来るのではないか。亡き両親への思いを胸に、ジェイルは足掻くことを決めた。
そして気付けば怪しげな傭兵団に所属することになってしまっていた。
傭兵団なんて名ばかりの、武器の質も練度も低いギルドに所属すらできない荒くれ者達の集団。おまけに裏の稼業から殆ど盗賊紛いの仕事ばかり率先して受けている始末。
しかし経歴不問で腕さえ立てば雇ってくれるところなど他には無い。そして必要とされることを今のジェイルが断れる筈も無かった。明らかにかつての自分なら蛇蠍の如く嫌悪していた連中だと自覚していたが、ジェイルは柱を折られて不安定になっている自分を支えるための寄る辺を何より欲っしていたのだ。
団長に命じられるがまま、あんなにやるなと教えられた盗みや殺しにも手を染めた。誰かに言われたことをやり遂げて、それに見合った報酬を得る。例え仕事の内容が大きく違っていても傭兵団での日々は、そうした生活を続けてきたジェイルにとっては落ち着くものだった。
最低限ではあるが、仕事のやり方だけは選ぶようにした。村を襲う時は無抵抗の女子供は出来るだけ逃がすようにし、暗殺依頼なら相手は悪人を優先して回してもらい真正面からの一対一に拘った。もう嘗て程の固い信念を持てはしない。しかし微かに心の隅に残ったそれを、両親から貰ったもので唯一まだ捨てきれない誇りを、ジェイルは絶対に失いたくなかったからだ。
ただそれが他の団員には面白くなかったのだろう。
とある大仕事を終えた帰り道でのこと。
一旦休憩しようと立ち寄った森の入り口で、ジェイルはまたも仲間達によって絶望の淵へと突き落とされた。
森についた途端、いきなり四方から伸びてきた魔力の網に捕らえられてしまった。咄嗟に魔力を高めて抵抗しようとするが身動ぎすることすら出来ない。
それでも必死にもがこうと身体を全力で動かしていると、網に触れている部分から少しずつ、肉体の輪郭が薄く透けていっているのが視界に入る。そして限界まで透けた部分は徐々に虚空へと消えていってしまっている。
(これは転移系魔法か!?)
見たことはないが、知識としてだけある上級魔法の一種が頭に思い浮かぶ。しかしあの魔法は生物を飛ばす場合は、術者と転移する対象が契約関係を結ぶ必要があるはずだ。
汚泥の溜まった地面に引き倒されたまま混乱するジェイルを大柄な剣士──レックスが助けもせず見下ろしている。何せ魔法の網を放ち今なお押さえつけている張本人こそレックスなのだ。
「抵抗出来ねぇだろ、ジェイル。そりゃあそうだ。なんせおめえの魔法抵抗力は予め下げてんだからよ」
その台詞に今日の昼食当番は誰だったのかを思い出したジェイル。
「レックスてめぇ、飯に一服盛りやがったのか! 何でだッ!?」
「わかんねぇかなぁ。今からあんたをこの超高級な上級魔法封魔書でこの森の何処かに出鱈目転移させんだよ。まあ開けた空間の少ないこの森の中じゃ、十中八九転移事故を起こしてそこらの木と同化しちまうだろうから、我が傭兵団最強の戦士もこれでおしまいってことさ」
やれやれといった風にそう宣うと、レックスは下卑た笑みに顔を歪め、心底愉快そうにゲラゲラと大口を開けて笑っている。
転移事故による同化──所謂岩の中にいる現象のことだ。元々何か別の物体が存在する場所に他の物体が転移した場合、元々いたものと転移したものとが複雑に混じりあい、大抵の場合は両者共に崩れることになる。
「なんでだ! 俺は団の中で一番に貢献してきた。お前の背中を守ったことだって一度や二度じゃないッ! なのになんでッ!?」
「ウルセーなぁ。つーかあんたのそのいつまでも騎士然とした物言いとか態度とかがさぁ、こっちは鼻について仕方がないんだよなぁ。腹の底では俺達みたいなのを笑ってるみたいでよぉ」
「そうそう。女子供を俺達から隠したり、暗殺は一対一以外やらないって言ったりしてさ。いつまで自分が騎士様だと勘違いしちゃってるんだか。職業もとっくに盗賊になっちゃってるのに。ほんとムカつくよ。だから消えてくれる? 親殺しのジェイルさん」
追従するように笑っているのは普段からレックスの腰巾着扱いされている中年の槍使い──ロージ。彼もまたジェイルに何度となく命を救われた団員の一人だが。
「ロージ、てめぇの命を俺が何度助けてやったと思ってるんだッ! それを─」
「だからなんだよ。俺達は頼んでねぇぜ?」
顔色一つ変えずにそう言い放った。今までの恩も功績も関係ない。ただ気に入らない。それだけでお前を殺すのだと、真顔で宣言したのである。
(こいつら本当に同じ人種なのかよ。悪魔の方がよっぽどお似合いだろ)
「この下衆野郎どもがッ!! いっぺん死にやがれッ!!!」
せめてもの抵抗として精一杯の悪態をつくが、二人はそれを見ても手を叩いて喜び、ますます邪悪な笑みを深めるだけだった。
「バーカ、これからお前が死ぬんだよッ!」
「じゃあねー?」
あえて怒りを誘うような苛つかせる声を最後に全身の感覚が消失。空間把握も出来なくなり視界が暗転。
一瞬の浮遊感の後。
ドサッ!
何処かへ落ちた衝撃が全身に走り、そのまま意識を失った。
目が覚めるとジェイルは森の中にいた。幸いなことに手足はどこも千切れてはおらず、こうして思考出来ている時点で頭も無事のようだ。どうやら運良く同化現象は回避出来たみたいだと、安堵に胸を撫で下ろす。
(あの野郎ども、次会ったらぶっ殺す)
自身の無事を確認した次の作業として、あの二人への殺意を胸に刻み込む。加害者がはっきりしているからだろう。母の件ではピクリともしなかった復讐心と怒りが頭をもたげてきている。
(とりあえず森を抜けねぇと話にならねぇ)
転移酔いにふらつく身体を起こし、辺りを窺う。周囲に背の高い木が多く繁っている。大森林の深部にみられる地形的特徴だ。森の入り口から大分飛ばされてきたようだと、騎士になるために覚えた知識がそう教えてくれる。
(仲間には裏切られてばっかりだが、身に付けたものだけは自分を裏切らねぇな)
そんな感慨深さと孤独感を一人味わっていると、最近身に付き始めた盗賊としての鋭敏な感覚が、近くに他人の気配を感知する。二人の人種のようだ。頭に思い浮かぶのはレックスとロージだが、奴等は森の入り口付近にいる。
盗賊としての隠行スキルを発動、息を殺し気配へと近付いていく。どうやらこの森の中にも整備された道があるようだ。その側の茂みに隠れ、盗賊の気配察知スキルを発動。より正確な情報が手元に入ってくる。
(女が二人、どっちもエルフだとッ!?)
エルフ──大昔にその美しさから奴隷として人気を博し他種族に狩られる事件が多発したため、近年では滅多に人里に降りてこない半人半精霊の人種。それが何故、今この場に二人もいるのか。
(そう言えば、大森林にエルフの隠れ里があるって噂が一時期流れた児とがあったな。まさかここはその近くなのか? だとしたら不味い。エルフの隠れ里は王国との同盟関係を結んでいるらしいから、恐らく手配書も出回ってるはずだ。ここで捕まって身元がバレれば王国に引き渡されて、即処刑の未来が自然に想像できちまう。冗談じゃない。お袋を殺した国に親殺しで裁かれてたまるかよ)
何とかして森を離れなければならないと判断するが、現在地はかの大陸最大の大森林『迷いの森』の最深部だ。道案内無しに単独でここを脱出するのはかなり厳しいものがある。
打開手段は他に思い付かなかった。
(やるしかねぇ、仕方ねぇんだよ。親父、お袋、許してくれ)
結論は一つしか無い。
二人ないしは一人を捕まえて道案内をしてもらう。平和的交渉を持ち掛ける手もあるが、交渉が決裂した場合は魔法を得意とするエルフ族を相手どって二対一の大殺陣回りを演じなくてはならなくなる。そうなると、手加減出来るか分からない。万が一の事故もあり得る。
奇襲で先手をとり有利な状況を作り出してから道案内を頼む方がお互いにとってより安全な選択肢の筈だ。
心中で両親へ許しを請い、未だ迷いのある自分を無理矢理にでも納得させて。
ジェイルは初めて誰の指示でもない、自分の意思で人を襲うことを決意した。
感想よろしくお願いします。
今回は難産でした。
8月4日修正しました。