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休みだと早めに書けますね(毎回とは言ってない)。
(…………ここはたぶん異世界なんだろうな)
体感にして四時間ほどだろうか、日も傾きつつある森をさまよう中で、依人は諦めと共にそう結論付けざる得なかった。
森を抜け見晴らしの良い地形に出ようとまっすぐ歩いているのに、何時まで立っても木々の切れ目が見えず、自身のスキルによる自動地図化でもエリアの全容を把握しきれないほど広大なマップ。おまけにどこを向いても処理落ちを感じさせないリアルなテクスチャ。今のVR技術でここまで出来るのだろうか。
さらに木々の間を吹き抜ける風を感じられたり、特式装甲の機能稼働を用い高速移動しようとしたら僅かなGの圧と空気抵抗を全身に受けたりと、明らかに現在のVRの性能ではないだろう。既存のVRはいわゆるサーバー上への思念体を投影するような電脳体験的なものではなく、あくまで脳にヘッドギアを介して作用し五感や運動野の神経を誤魔化す程度のものだ。その方式ではヘッドギアと脳の処理能力の限界から、真に迫りすぎた増影をし続けられはしない。必ず何処かに齟齬が出る筈だ。
しかしこの四時間そのようなものは見られなかった。それはつまり──。
幼い頃からVRに慣れ親しんできた依人には、もうそれしか無いように思えた。
異世界転移。
二十一世紀初頭に流行っていた幾多の小説に登場したと言われる、今や使い古された都市伝説的な現象。
(しかもゲームの姿のままでか)
今更ながら自分の姿を各部位に手を当て確認すれば、それは正しく依人の行っていたゲーム内アバターのマリスその人だ。現実の自分はこれほど高身長じゃないしここまで色白でも整った顔立ちもしてはいない。
装備はゲームで常用していたもので、首元までを覆う黒をベースとした特式機構鎧装【黒松】と、その上から羽織った白のロングバリアジャケット【白竹】。腰には赤い柄のみの展開機構剣【朱梅】。ゲーム内では廃課金の末の化物とその名を轟かした松竹梅セット。
松竹梅セットがあるのは不幸中の幸いだった。特に黒松の疲労無効と白竹の自動補給には、遭難に近い現状では一番助けられている。
(さて、これからどうするか)
装備によって腹も空かず疲労も感じない。それらを動かすエネルギーNPの自動回復スキルすら、廃人プレイヤーの自分は取得している。
(つまり現状、何もしなくても生存することは可能なんだが)
親類のいる日本へ帰りたいということを考えないではなかったが今はどうしようもないことと割り切り、依人はこの場所での自分の生存に絞って思考していた。
(流石にここが何処で、自分がどういう立ち位置なのかくらいは情報収集しないと、何も始まらないな。結果的にはさっきと目標は変わらず、まず第一に誰か人に会わないとなぁ)
周囲で一番背の高い木の一番上の枝まで一息で登り切り、そこに腰掛け見渡す限り広がる樹海を眺める。
(…………なんか、年甲斐もなくワクワクしてきたな)
胸に想起するのは、疾うの昔に通りすぎた少年時代を思い起こさせるような、未知への強い探求心と好奇心。
(この非常時ってときに。まだまだ青いな)
心中で自嘲しつつ、よっこらせと立ち上がり黒松へ指示を思考入力。各部からブウン、チチ、スゥ等細かな駆動音が鳴り出す。
(20%くらいなら大丈夫だよな)
[出力制限二割。脚部補助エアクッション起動準備]
(スキルで自動化も出来るけど、一応安全をとって今回はゆっくり手動で行こう)
枝の上で軽く膝を曲げ腰を落とす。黒松の全体に規定の出力が満たされ、両足の外側がずれ出し顔を出した三本の細長い吸排口がスーと音を立て出す。それが止むのを待ち、一言。
[ジャンプ]
ゴッと枝に足型がつくほどの勢いで斜め上への跳ぶ。機械仕掛けと肉体二つのバネをもって本来人類には不可能な角度での目算30メートルの跳躍。山なりに上昇し降下時には吸排口から空気を吐き出し減速、またも木の枝に着地する。
(……やっぱり感覚の違いがあるな。慣れるまでは手動でやっていこうかな)
思考しつつ並列思考で黒松へ指示を飛ばし再びの跳躍。
(一先ず人里を探そう。今は何より情報が欲しい)
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