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今日はまだセーフ。しかし後で修正するかも。
ティグとチャイチェの住む家は里の中心部から程近い、南東の方角にある古い小さな洋館だ。理由は訪ねていないが、例の世界樹の洋館と酷似した外観をしている。一応は代々の里の名士らしいので、それが関係しているのかもしれない。
「居ない?」
「はい、今日はお二人とも御友人のお宅へ泊まられるとのことで夕方から出掛けていらっしゃいます」
洋館へ赴いたマリスを出迎えたのは、やたら丁寧な口調で話す中肉中背の男性ダークエルフ──ギメル。里で唯一の庭師だ。
草木との親和性が高いエルフ種には一見すると不要な職業のように思えるが、ギメルは草木の声すら聴くことが出来るほどの親和性を誇るため各家の庭の健康管理を行っている。また時折、里の外へ魔法で人間に化けて出稼ぎに行っているらしい。
「そうか。渡すものがあったんだが」
さて、彼によればどうやら今日は二人とも不在のようだが。
(弁当箱、どうするか。出来れば返しておきたかったな)
手提げ袋の中身の処遇については迷うところだ。マリスは常にその日の内に機巧術による洗浄住みのそれを返却していた。チャイチェも必ず同じ容器に入れていたので、これが自分用の弁当箱なのは間違いない。
この容器を帰さないと明日の弁当に差し障りがあるのでは、とかなり食い意地の張った不安を抱くマリス。しかし、そこでそもそも明日は何の業務も無かったことに思い至った。
(そういえば、明日は週三回ある安息日の一日目だったな)
ジェイルから仕入れた一般常識によれば、この世界では一週間が十日あり、それを四つ纏めて一月としているそうだ。一年は十ヶ月とのことで日数に換算すれば計四百日 となる。安息日は一週間のうち五日目、九日目、十日目にあたり、明日は一週間の五日目である。
(仕事が無いならそもそも弁当も要らないか)
それを見越してチャイチェも外出したのだろう。まだまだ現代の常識が抜けきっていないマリスには、慣れない慣習だ。
明日は美味い昼食にありつけないことは大変に残念ではあるが、古来より郷に入っては郷に従えとも言う。ここは素直に引き返すべきだろう。
「わかった。それじゃあ今日は日を改めるとするか」
「そうですか。私も、もう帰るので何もお預かりすることは出来ませんし、そのほうかよろしいでしょうね」
では、と近所だという自宅へ向かったギメルと別れ、マリスも帰宅の途につくことにした。
里は縦長の地形をしており、ティグの家から簡易拠点までを斜めに横切るだけなら移動距離は短くて済む。マリスは常識の範囲に収まる速度の早足で約十五分歩き、拠点目前まで来ていた。
(今夜は一旦、荷物を置いてから風見鳥亭で一杯やるか)
判断の難しい悩みを何時までもくよくよ考えていても仕方がない。気分転換に美味いものでも食いに行こう。上手くすればドワイと出会すかもしれない。そうなれば、昼間の約束を早速果たして貰うとしよう。
持ち前の食い意地に突き動かされ、いそいそと拠点へ向かうマリスだったが、そこで拠点の玄関口から感じられる複数の人の気配。どうやらマリスを待ち構えているようだ。
もしや自分を危険視するエルフ達の襲撃か、と慌てて人里だと通知が煩いために切っていた探索スキルを緊急起動。すぐさま白竹から伝わってくる情報から気配の正体は、いつものダークエルフの女性一人とエルフの父娘が一組だと判明。すぐに杞憂だったことが分かった。しかも野外にテーブルを設置し、そこには幾つもの料理が並んでいることも察知出来る。
(何かの宴会か?)
陽気なエルフ達の企てた突発的な宴会なのだろうか。エルフなのに呑兵衛の多いこの里では珍しいことではないと、この七日間でマリスは身を持って理解していた。
しかし、何でこんなところでやるのか、といぶかしみながらも歩いていくと案の定、もはや見慣れた三人組が顔を揃え、テーブルに料理をセッティングしたり、新たな食器を出したりと楽しそうに忙しく動き回っている。
「どうした。今日は何か特別な日なのか?」
突発的なものか、それとも祭日に必ずやる食事会でもあるのだろうか。近付いてきた三人組はマリスに気が付くと、質問には答えずお互いの顔を見合わせてうふふと微笑み合っている。
(うん)
ガシッ
テュケーとチャイチェがやる分には可愛らしい仕草だな。とりあえずティグはムカついたのでアイアンクローの刑に処すことにした。
「マリス君? 何をってあだだだだだだだだッ!?」
ギューと頭蓋を締め付ける激痛にティグは悲鳴を上げているが、無視してテュケーとチャイチェに改めて聞き直す。
「今日は何かあったのか?」
「はい、それはもう」
「マリスさんが里に来て初めての第一安息日です! だからお祝いしに来ましたー!」
「二人とも普通に答えてないで助けいだだだだだだだッ!?」
「…………歓迎会なら初日に受けたが?」
「初めての第一安息日は特別なんです!」
「そうか」
(そういうものなのか)
よく分からないが何はともあれこうして料理を作って出迎えてくれたのは素直に喜ばしいことだ。
私が提案したんですよ! にぱーっと笑顔を浮かべ近寄ってくるチャイチェの頭をポンポンと優しく叩き、テュケーへ感謝の念を込めて軽く頭を下げる。
此方の思いが伝わったのか、より深い笑顔を浮かべてくれる二人。口下手で表情も分かりづらい自分を、この短い期間で随分と理解してくれている。
(ああ、やっぱり)
離れがたいな、と改めて感じるマリスだった。
「いい加減放頭してくれないかなっ!?」
ティグとジェイルは落ち担当。はっきり分かんだね!
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