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連日休んでばっかりで申し訳ないです。
毎日の即興芸にも中々無理が出始めて参りましたが、一章終了までの道程は何となく決めれたので、これからもよろしくお願いします。
「こっちです、マリスさん。今日はここからになります」
ラズリが指し示したのは目の前の山道を塞ぐ二個の大岩。何でも先日の大雨の日に滑り落ちてきたものらしい。山菜を取りに行くエルフ達が大いに難儀しているのだとか。
それを片手で一つずつ運び上げ、指示された地点に置くと別の道も塞がってしまっているので、と次の現場へ案内され、そこでも岩運びをする。
(地味に面倒臭いな)
岩を持ち上げ運ぶこと自体はマリスにとって何ら負担を与えるものではないが、今後何があっても山道や里に落ちてこないよう位置を調整しその置き方にも気を使うため、現場では毎回あーだこーだと話し合いが行われるのだ。勿論、事前に計算しての置場所なのでその話し合いで場所が変更されることなど無い。マリスとしては必要の無いものに見えるが、安全を期すための最終確認としてやっていることなのだ。そう言われてしまえばマリスとしては、何も言うことは出来ない。
マリスの身に付けた白竹内臓のナノマシンには地形の測量を得意とするものもあるので、一言ここで良いと助言すればことは簡単に住むのだが──。
(ティグには言われたこと以外はあまり手を出さないで欲しいと頼まれてしまったしなぁ)
やっと安全を確信出来たのか、話し合いの間ずっと持ち上げていた大岩を所定の場所にそっと置いた。岩を持ち上げ、運び、下ろす。この繰り返しを今日はもう数回している。
マリスが里に来てから一週間が経った。二日目に行った大規模な補修などは翌三日目には大体片が付き、今のマリスの仕事は魔法を使わないと一週間単位で時間の掛かる掘削作業や開墾作業の代行など。平たく言えば人間重機である。
やがて午前の作業が一段落し、お昼時となった。各々がシートを広げ昼食を取る中、マリスは木陰に腰を下ろすとチャイチェに持たされた布製の手提げバックの中から小箱を取り出す。
しっかりと紐で結い付けられたスプーンを取り外し、蓋をあければ中には里に来て二日目の朝に食べたサンドイッチと付け合わせのピクルスが詰まっている。チャイチェお手製の弁当だ。朝と夕はティグの家で御相伴に預からせて貰うか、労働の対価として支払われた賃金で風見鳥亭に行くかだが、昼食は専らチャイチェの手作り弁当を食べている。
マリスが働くようになった日の翌日から、チャイチェはこうしてお昼は弁当を持たせてくれるようになったのである。装備のお陰で食欲を感じないが、食事自体は趣向の一つとして愛しているマリスなので、彼女から提案された時はその場でイエスと即答したのである。
唯一、チャイチェの幼さというか、頼り無さげな雰囲気が料理の腕に一抹の不安を覚えさせたが、父一人娘一人の環境で家事を日常的にしながら育った彼女を前にしてそんなものは杞憂でしか無かった。結果としてマリスは毎日、旨い昼食にありつけているわけである。
因みに、テュケーは料理どころか家事全般がダメらしい。ティグの家や実家の家事を手伝おうとして火事になったことが頻繁にあるらしく、里をあげて禁止令が出されているそうだ。テュケーを簡易拠点に招き例のティグ悶絶の録画映像を見せた際、別の意味で悶絶した彼女との雑談の中で直接聞いた話だ。
木造住宅主体の里でそれでは普通なら村八分案件だろう。
「よぉマリス。毎度毎度頼んじまって悪いなぁ! お礼に今度、風見鳥亭で一杯奢ってやるよ!」
弁当を広げ今日も旨いなぁ、と舌鼓を打つマリス。そこへ一人のエルフが大声で話し掛けてくる。ここ数日で見慣れた現場作業員の一人だ。
がっはっはっはと大口を開けて笑い、マリスの背を親しげにバンバン叩く大柄のエルフ。里の大工頭を務めるドワイだ。毛むくじゃらの髭とこんがり日焼けした小麦色の肌はまるでドワーフを思わせるが、正真正銘エルフでありしかもダークエルフでは無いというのだから驚きである。
「このくらいなら……はむ……大したことでは……はむ……ない」
食べらながら答えるマリス。若干、気疲れした雰囲気を声に滲ませるマリスではあったが実際、作業量自体は初日に比べれば大したことではない。初日の補修作業終了後、ティグを簡易拠点まで呼び出し、二日目以降は仕事量を制限して貰っている。
「そうか! そりゃあ頼もしいな!」
言うとまたがっはっはっはっは、バンバンバン。本当に種族を間違えて生まれてきたのではと疑いたくなるほどの豪快さである。一頻り笑い終えると、マリスの横で本人曰く愛妻弁当だというハムとチーズしか挟んでいないサンドイッチを旨そうに食べ出す。
「今日もマリスはティグんとこの娘の愛情たっぷり弁当か! お熱いねぇ!」
「………そういう意図を含んではいないと思うぞ」
「………冷めてんなぁ。マリスは」
毎日のように弁当のことをからかってくるドワイだが、マリスの反応は毎回素っ気ないものだ。勿論、マリスとてリアルではきちんと成人した男性なのだから、チャイチェの自分への感情には気付いている。よくありがちな鈍感男を気取るつもりはない。
しかしその好意には窮地を救ってくれたヒーローに対する子供っぽい憧れのようなものが多分に含まれているため、成長するにつれて何れ自然と落ち着くだろうと考えていた。
「お前は好きなタイプの女の子とか居ないのか?」
外見に見合わぬ枯れた意見を言うマリスに呆れたドワイが色恋沙汰に関する質問をするが、マリスのあまりに淡白な反応に飽きてしまい、結果奥さんとの馴れ初めやら惚れ気やらを話し出す。それがここ数日、両者の間で繰り返されてきた定番の流れである。
「お話も宜しいですが、そろそろ作業を再開して頂けますか?」
ドワイは本人によれば口下手な方らしいが惚れ気話だけはいつまでも話し続けることが出来、しかも自分では中々ブレーキがかけられない。普通ならば奥さんのことを余程愛していることが分かる美談ではあるが、職場に支障をきたしているとなれば悪弊と呼ぶしかない。
というわけで昼休憩を過ぎても談笑(笑っているのは一人だけ)するドワイとマリスは、何時まで経っても集合場所に戻ってこない二人を呼びに来たラズリに冷ややかな目線と声を浴びせられてしまった。眼鏡を掛けた秘書然とした格好とエルフ種特有の美形も相俟って、かなりの迫力がある。
「分かった」
「おっ、もうそんな時間かラズリの嬢ちゃん」
「嬢ちゃんは辞めて下さいよドワイさん、もう私も良い歳なんですから!」
直前の冷たい態度は何処へやら嬢ちゃん呼ばわりに声を上げて不服を申し立てるラズリ。マリスには警戒しながらもしっかりとした対応を保っていたが、里の先達にかかれば確かに嬢ちゃんである。
「俺から見ればまだまだ嬢ちゃんだよ」
ラズリの抗議を適当にあしらい立ち上がって、んーと声を漏らしながら背を伸ばすドワイ。
「よし、マリス! 午後もちゃっちゃと片しちまうぞ!」
此方を見て一人、気合いを入れるようにそう言うとドワイは勢い良く集合場所へ駆けていってしまった。
「あ、ちょっと待って下さいよ!」
ラズリもそれを追い駆けて走り去っていった。急なダッシュに着いていけずマリスがそのすぐ後を追えないでいると、遠くの方から、おーい、早くしろーと大声で急かしてくるエルフ(疑)の声。
(いや、あんたが喋り倒してたんだけど)
ドワイと話していると毎回こんな感じになる。頭では悪意が無いことは分かっているため、釈然としないものを抱えつつもマリスは声に促されるまま走り出した。
「それじゃあ、また何かあったらよろしくな!」
午後の仕事も順調に進み、朝から始まった本日の業務──山道の整備は夕方頃には終了した。現代であれば重機が使いづらそうな場面も多くみられたのでそれなりに時間と手間の掛かる作業なのだろうが、そこは流石にファンタジー世界。力仕事だけマリスが代行すれば、精密な作業が要求される細かな箇所は復元状態さえ正しくイメージ出来ていれば、魔法で簡単にちょちょいと修復可能なのだ。
(本当に魔法様々だな)
ブンブン大きく手を振ってくるドワイに軽く応え、背を向けて弁当箱を返しにティグ家へ向かう道すがら、マリスは静かに里での生活ついて考えていた。
(平和というか穏やかというか、本当に長閑な所だ)
現代に比べれば原始的な生活ではあるが、生活水や灯りなど本当に不自由な所は魔法で補えている。また、生活面以外では余所者の自分に里のエルフ達は優しく接してくれていた。中にはチャイチェやテュケーのように慕ってくれる者や、ドワイのように気安く話せる仲になった者もいる。ティグとは友人に近い関係を築けたように思う。
今までのマリスの人生においてそういった関係を形成することが全く無かったとは言えない。しかしそれは中々に得難いものだったことは事実だ。この関係性を大事にしたい、と素直にそう思う。
結論として、マリスにとって里での暮らしには特に不満点が見当たらないほど満足出来るものだ。それこそ、本拠地への帰還を躊躇わせる程に。
だが、今日のラズリの冷ややかな目線。あれはドワイとマリスの二人を注意するためのものだが、その殆どがマリスに寄っていたことは気のせいではないだろう。当たり前の話だが、警戒されているのだ。如何に陽気な里と言えど、隠れ里には違いない。態度に出すか隠すかの差違はあるが、そういった態度のエルフは一定数存在する。
いきなり恩人だなんだと里に現れ、土地を与えられて住み着き、里長から重要な仕事を与えられている余所者で自称凄腕の魔法使い。おまけに自分達よりも若い癖に里の年長者にすら敬語を使わない。閉鎖社会の中で生きる者なら普通は警戒こそすれ信用するなどあり得ないことだ。逆にマリスを信用しきりのティグ達の方がどうかしていると言える。
彼等彼女等のことを考えれば、自分が里に留まることで自分と親しくしている里のエルフ達に不利益を被らせれてしまうかもしれない。里の不和の種になることは間違いない事実だ。
まだ此処に居たいと思う自分と此処を離れるべきだと判断している自分。
相反する二つを持て余し、はぁと自然、溜め息が零れてしまう。
(どうすればいいか)
実のところ、マリスは既に簡易拠点の通信設備を介して本拠地の状態も、そこへの最適かつ最速の帰還方法も知ってしまっている。しかし、帰還する決心だけは固まっていなかった。
最初は補給の面からも帰還するつもりはあった。ジェイルとてその思いから捕らえ、監禁していたのだ。しかし、この世界の人々と関わるにつれマリスの心境は段々と変化していった。ある一つの事実に気が付き、怖くなってきたのだ。そこへ帰れば恐らく自分はそれなりの立場と相応の責任を負わされることになるだろう、と。
ゲームの頃ならともかく現実でそのような重大な立場に立ちたいと思う者は少ない。マリスもまたその例に漏れず、現実世界で多くの人々を先導するなど真っ平御免だった。当初懸念していたナノマシンの補給だとて、もはや必須ではない。簡易拠点の小規模生成機でも、このまま消費の少ない業務だけをこなしていく分には十分賄える。寧ろ残量は回復しつつあるくらいだ。
しかし、このまま里に留まり続けるのもやはり気が引けた。
現状、機巧術による重労働の代行をすることで里の役に立ててはいるが、それが何時まで続くかは分からない。機巧術を必要とするような仕事がやがて無くなるかも知れないし、そもそも魔法使いではないことが露見するかもしれない。そうなれば、マリスを受け入れたティグ一家とテュケーの里内での立場はかなり悪くなることが容易く予想出来る。何時までも居る訳にはいかないことは明らかだ。
では本拠地への帰還はせずに、ただこの里を去るか。
それでどうするのだろうか。この里を出て宛もなくさ迷うことになるだけではないだろうか。これほど機人蔑視の世の中で対人コミュニケーションのスキルが未熟な自分が、上手く世渡りしていける自信などあるはずもない。何等かのトラブルに巻き込まれることは目に見えている。その中には、自分が内心忌避している戦闘行為──殺人を犯さざるを得ない状況も含まれるのだ。
帰るのは怖い、でも留まるのはダメだ、でも旅をするのはもっと怖い。
まるで幼児の我が儘のようだなと、乾いた笑いが口から漏れる。
迷いながらも、足取りは止めず。いつの間にか暗くなった空を見上げれば、都会では絶対に見ることの出来ない満天の星空とその光を受けて輝く──。
(今日も綺麗だなぁ)
マリスは昔からそれを見ることが好きだった。
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