1-16
安定の遅刻。本当にすいませんm(。≧Д≦。)m
「ここですね!」
「……ここか」
声に促され、目の前に立つ廃墟と言っても差し支えない程ボロボロの木造住宅を見上げる。
里に来て三日目の午前中、昨日と同じくチャイチェの元気一杯不安少々の道案内で、マリスは里の中心部に赴いていた。勿論三点セットは着込んでいる。
「この建物は私のお祖父様の代から使われてきたそうですが、流石に魔法による劣化防止も限界に来ていまして、二年ほど前から使われておりません」
丁寧な口調で説明してくれているのは、中心部に着いた際に合流した今回の仕事の依頼主──ラズリだ。銀縁の眼鏡をかけ長身ではあるが、チャイチェと同じくスレンダーな体型のエルフ種の女性。里長の秘書をやっているらしい。先程、里長からは今回は面倒をかけるが、どうかよろしくお願いします、と仰せつかっていますと言っていた。
(よろしくも何も、俺自身はまだ里長とやらには会えていないんだけどな)
何とも憮然とした気持ちになるマリス。今回の仕事に余り乗り気ではなかった。
ナノ因子しか消費しない単なる肉体強化などとは違い、建物の補修には他に多量のナノマシンの消費を必要とする。ナノ因子はスキルで自然に回復出来る。しかしナノマシンはあまり使いすぎれば何れ尽きてしまう。その消費量が白竹と簡易拠点の生産能力を一度でも上回ってしまえばあとは目減りするばかりだ。補充分の再生産には相応の時間を要することになる。
(小さな大工にも限りがあるんだがな)
自身の生命線であるナノマシンに関連する仕事。正直、地主であるティグを経由していなければ、そしてあのような事情を話さなければ、そう易々と引き受けはしなかっただろう。
マリスは昨日持ち掛けられた、この里の発足に関わるティグの話を思い出す。
「国家からの脱獄者の成れの果て? この村が?」
「そうだよ。嘗て大罪を犯したとあるエルフと、その親族が本国の刑務所に収監された。そこを一族総出で脱出し、この地へたどり着いたことによってこの里は成立したと言われている。僕の曾お祖父様の代の話だ」
ティグの突然の告白に頭がついていかないマリス。しかしその脳裏には昼間見た牧歌的な光景が蘇ってきた。
「……もしかして、里のエルフ達が魔法をあまり使わないのは」
「ああ、その時代からの言い伝えでね。里の大結界をもってしても長期的な魔力行使の隠蔽は難しい。本国の捜索の目を逃れるために、考え抜かれた因習だよ」
「そうか、なるほどな」
ティグの話の衝撃は消えてはいないが、自身の抱いた疑問が解消され少し納得するマリス。
(あの結界は人間だけでなく、同種のエルフから身を守る為に張られたものだったのか)
「…………ということは、今もエルフの国が存在しているのか?」
「いや、それが私の父の代で流行り病が里を襲い大勢が急死したために幾つかの知識が失伝されてしてしまってね。今となっては、場所も分からないのさ」
肩を竦め、やれやれと頼り無さげに両手を上げ首を降るティグ。そしておどけた様子を消すと、改めて真剣な眼差しで此方を見つめてくる。
「本国がどうなったのか、そもそも何処にあるのかすら僕達は知らない。しかし今でもそれを信じ、恐れているエルフ達は大勢いる。大規模な魔法の行使そのものが嫌われているのが現状なんだ。」
そこで一旦言葉を切り、更に語気を強め頭を下げるマリス。
「だからこそ君に頼みたい!」
昨晩の一件を見る限り、ティグは決して愚かなエルフではない。その彼が里に来たばかりの自分に、恐らく里の中でもトップクラスに重大な秘密を晒してまで仕事を頼み込んできている。
土地を貸してもらっているという立場もあって、元よりマリスに選択肢はなかった。
「────世界樹の枝を────ですのでこの建物は歴史的な────。つまり幾ら古いからと簡単に解体できるものでは…………あの、聞いてらっしゃいますか?」
昨日のことを思い出して、どこか上の空のマリスにラズリが気が付いた。
「ああ、悪い。大丈夫だ。ちゃんと聞いている」
(黒松の自動録音ではあるが)
ならいいのですが、と引き下がるラズに心中でそう付けたし、もう一度目の前の建物に向き直る。
(世界樹の枝製か。それが原因なんだろうな)
急死したというティグの父世代の建物、そのティグの必死な様子。そして世界樹というものは森を信奉するエルフにとってどれ程の信仰の対象なのか。
頭の中に散らばったピースは揃いきらず、はっきりとしたことは見えてこない。しかし、朧気ながらこの建物を補修することは自分が思うよりとても大きな意味を持っているのだろうということだけは理解出来た。
(…………やるか)
感想よろしくお願いします。