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短かくとも続けるのを大事にしております。
空き家の一階、玄関からすぐのリビング。魔力灯をつけていない薄暗い室内で、マリスとティグは正面に向き合って座っていた。
「夜分にすまないね。マリス君」
「別に構わない」
窓から差し込む月明かりで互いの姿は見えているが、その表情まで細かくは視認出来ない。視覚強化をしようかとも思ったが里への強制転移といい、どこか掴み所のないティグの目の前で機巧術を行使するのは躊躇われた。
「里はどうかな? 気に入って貰えると嬉しいんだがね」
「まだ着いたばかりでよく分からない」
「そうか」
穏やかな声から察するに、微笑を浮かべているのだろうか。その雰囲気に甘えて先程の疑問をぶつけてみる。
「いつもああなのか?」
言い方が難しく、ぼやかして質問するマリス。ティグにも伝わったようで、ふふ、と微かに笑い声が聞こえた。
「そうだよ。この里はエルフ種の中じゃ一等陽気な連中ばかりが集まってるからね」
エルフは孤高でプライドが高く、あまり騒がしい者を好まない。ゲームではエルフというのはそういう性格を持っていた。交渉スキルのレベル上げに必要な攻略情報として、マリスはそれをはっきりと覚えていた。
(やっぱりこの里のエルフが異常なのか。となるとゲームと同じ性格を持つエルフもいるのかも知れない。むしろそちらの方が主流なのかも)
「気に入らなかったかい?」
「いやそうじゃない。昔聞いたエルフの様子とあまりに違うから気になっただけだ」
少し寂しさを感じさせるような声音でそう続けるティグへ、見えてはいないかもしれないが首を横に振る。
「そうか。それは良かったよ」
それじゃあ、と立ち上がるティグ。
(帰るのか?)
自分を見定めに来たんだろうか。今一ティグの目的を図りかねているマリスへティグはこう続けた。
「本題と行こうか」
「……本題?」
ティグの雰囲気の変化を感じ、自身も静かに立ち上がるマリス。
「君、機人種だろ?」
機人種──文字通り機械を自身の身体の一部として扱う種族。元々は、古代に存在したとされる、高度な魔法と科学を有していた超先史文明が作り上げた人造種族で、戦闘用のホムンクルスに近い存在だったらしい。二つしかいないナノ因子を産み出せる種族の片割れで、固有スキル系統である機巧術を操る。変わりに魔法を用いる一切のスキルを習得出来ないデメリットを持つ。
それをゲーム開始当初、自身の種族に選んだのは正直気紛れでしかなかった。切っ掛けはゲームに誘ってくれた友人。
「折角広いマップなんだし、あえてスタート地点をずらしてお互いに強くなってからの合流を目指さない? 先により相手のスタート地点の近くまで辿り着けた方の勝ちってことで」
自分で誘っておいて随分と気儘な言い草だ、と当時は思ったが今考えれば、他人と普通に話せないマリスのリハビリも兼ねていたのかもしれない。
ただ結果としてマリスは一番不人気で過疎化気味だった機人種を選んでしまい、序盤からソロプレイヤーまっしぐらだったわけだが。
「何故だ?」
焦りから声が上擦らないように意識して話す。収拾した情報から一先ず隠すと決めた秘密のいきなりの漏洩に動揺するマリス。
「里に着いてすぐ、君が酒場に連行されてる時にチャイチェとテュケーから色々聞いてね」
ティグはゆっくりとそんなマリスの直ぐ横まで歩いてくる。
「二人は君の魔法を目の前で発動されても魔力因子の動きが感じ取れなかったほどの卓越した腕前だって絶賛していたよ。でもそれはあり得ないことだ。見たところ普通の人間種、しかもかなり若い君に目の前にいるエルフ二人の感知を掻い潜って魔法を発動させることなんて出来るわけない」
「…………」
マリスの真横に立ち、値踏みするかのように冷たい視線を向けるティグ。
「証拠に君は僕の強制転移に発動まで気付かなかった。あの程度の魔法発動を見切れない君が、そこまでの魔法の名手とは僕には思えないんだよね」
柔らかな口調の隅々にはありありと警戒の色が透けて見える。明朗開会な話し振りに口を挟むことすら出来ない。
(…………マズイ流れだな、これは)
恐らくティグは、ずっと自分を疑っていたのだろう。チャイチェとテュケーにはそのつもりはなかったかもしれないが、この状況は一種の誘導作戦に近いものになってしまっている。得体の知れない本当に凄腕の魔法使いの本拠地、しかも結界内で逃げ場もないこの場所ににのこのこ足を踏み入れさせ、酒と食事で油断させて村外れまで連れ出し本格的な尋問を開始する。
「君の目的は何なんだ?」
マリスは危険な状況に追い込まれていた。
感想よろしくお願いします。
ブックマークがいつのまにやら二桁に到達していました。想像よりも多くの方に読んでいただき、本当にとても嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします。