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遅刻して申し訳ありません。
本当にリアルが忙しすぎて。
今回も短いです。
「お父さん!?」
「ティグさん!?」
無事で良かったよぉぉぉッ!と叫びながら此方へ走るエルフの美青年に、すっとんきょうな声を上げるテュケーとチャイチェ。どうやらチャイチェの父のようだ。
そのまま唖然として固まっているチャイチェをガバッと抱き寄せ、良かった、良かったと涙声で繰り返すチャイチェの父──ティグ。
「お父さん、わかった。ごめんなさい! 謝るから離して! 苦しいよ!?」
かなり強く抱き締められているのか、愛娘の悲痛な声が漏れ聞こえてくるが、父は子の心親知らずとばかりに力を緩める様子はない。余程心配していたのだろう。すぐ側にいるマリスのことすら気付いていない。
(遅くになっても帰らない娘を心配する父。それはいいが、普通この状況で見知らぬ男が近くにいたら多少なりとも警戒する筈だが)
やはり危機感の薄さはエルフ種全体の特徴なのか、それって生物としてはどうなんだ!?と一人戦慄を禁じ得ないでいると、もう一人の少女の様子がおかしいことに気が付く。
「はぁ、はぁ」
何故か荒い吐息を漏らしながら、父娘の感動の再会をギラついた目で見ているテュケー。そして一言。
「尊い」
「え?」
どこか耳慣れたワードが聞こえた気がして、つい声が出てしまった。
「何か?」
すかさずくるっと此方へ振り向くテュケー。何か言い知れぬ迫力らしきものを纏っている。
「いや、なんでもない」
「そうですか」
気圧されて一歩、自然と後退したマリスへ淡々とそう口にすると、テュケーは改めて父娘へ向き直り熱視線を送り出した。
(なんだったんだ、今のは。…………いや、これについては深く考えない方がいい気がする)
残されたマリスは、いつの間にかかいていた首筋の冷や汗を拭いとり、そう結論付けた。
「テュケーもマリスさんも見てないで助けてよぉぉぉっ!」
チャイチェが厚い包容から解放されたのは、それから優に十分は過ぎた頃だった。
「いやー、すまないすまない。娘のことで頭が一杯になってしまっていてね。改めてまして、私はティグ。そこのチャイチェの父にあたる」
片手で頭をかいて謝る姿はチャイチェを彷彿させる、この親にしてこの子ありと言うべき快活なものだった。
「マリスだ。よろしく」
男性相手だと構えなくてすむのか、幾分気楽に挨拶するマリス。
「マリス君か。君には本当に感謝しているよ」
先程とは違い穏やかな表情で話すティグ。
「まだ何も話ていないが?」
唐突な感謝の言葉。戸惑うマリス。もしやこれもエルフ種の迂闊さからくる発言なのか。
「エルフは近くにいる近親者に自分の感情を伝えることが出来るんだよ。勿論、全てじゃないし本人が望まなければ伝わらないけれど、強い感情は無意識に伝わってくる」
まるで教師のような語り口ですらすらと説明していくティグ。チャイチェが父は語り部のような仕事をしていると言っていたのを思い出した。
「詳しい状況はまた、後で聞くとして。君が二人を助けてくれたのは間違いない。現にこうしている今もチャイチェの君への感謝の念がひしひし伝わってくる。本当にありがとう」
説明を終えると深々と頭を下げ再度感謝を告げるティグ。
「あまり、堅苦しいのは好まない」
見た目はともかく実年齢は自分を遥かに凌ぐであろう大人に、丁寧に感謝される。不馴れな状況ゆえか、照れたように上を向いてしまう。
「そうか。では言葉ではなくせめてもの御礼の品々で感謝を示すとしよう」
そう言うと年不相応な、しかし何故か似合いのいたずらっ子のような笑みを浮かべると、ティグはパンパンと、胸の前で大きく拍手を二回。すると。
「!?」
目の前に広がるのは、自然樹を利用した小屋のような木造建築が建ち並ぶ、そのまま童話の中に出てきそうな風景。夜の闇を魔力の光で照らし、その明かりから聞こえてくる人々の喧騒の声。何時の間にやら、マリス達は中世の村らしき場所の入り口へと立っていた。
「エルフの隠れ里『ユグド』へようこそ、マリス君。歓迎するよ」
「わ、私も一杯歓迎します!」
「フフ、勿論私も歓迎しますね?」
二人して両手を一杯に広げたポーズを取る仲良し親子と、それを見て微笑むダークエルフの少女。
マリスの異世界生活はこうして始まった。
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