95、美少年ジジイの話
夏らしくなってきた今日この頃、皆様には如何お過ごしでしょうか?
えー、おかげさまでアーステアに来て間もなく1年が経とうとしてます。
こっちに来たばかりの頃はガリガリだったマリアの身体も食生活が改善され、無事に標準体重となり身長も5㎝伸びました。
このまま頑張って160㎝台を目指そうと思います。
魔国から戻って早10日。
竜人国と魔国へ送る商品の手配をしつつ、王宮に呼ばれたので旅の様子を王様や側近さん達の前で報告と何かと忙しい日々を過ごしてます。
あ、ちゃんと宰相さまには超リアルな蛇の縫いぐるみを贈っておきましたよ。
メッチャ震えながら受け取ってましたけど。
しばらくは枕元に置いて可愛がってあげて下さいと言ったら涙目で頷いてました。
あれからメルさんは魔国と竜人国の合同調査チームと一緒にアサド洞窟を探査しに行きました。
何か判ったらすぐに【言伝の双晶】で知らせてくれるそうです。
頑張って下さい。
「トア、イブさんと屋台街に行ってくるね」
「いってらっしゃい、けどこの前みたいにお腹を壊すほど食べないでね」
「分かってるー」
嬉々として手を振りながら出掛けてゆくのは魔国の王子さまです。
サミーの人化の術は完璧なので、しれっと姿を変えてサクルラ国での生活をエンジョイしてます。
ちなみに魔族の人化は闇魔法の一つで、相手の視覚を惑わせて人族に認識させているだけなので本質は変わりません。
それに対してドラゴンの人化はスキルで、身体そのものを他種族と同じに変えるのだそうです。
さすがです。
しかし何故にサミーが此処に居るかと言うと。
魔国を出る時、広く世界を見せてあげて下さいと王妃様から押し付け…預けられました。
その横で魔王さまが羨ましさ爆発な目でこっちを見てましたが、華麗にスルーさせてもらいました。
どうやら私に同行したいと駄々を捏ねたら、それならサミーを行かせた方が今後の為と王妃さまと宰相にやり込められたようです。
で、神官を辞めたイブさんと一緒に付いて来て今は2人して商会の社員寮に住んでます。
デラントの町は海も近いし、温泉もあるし、私が留守の間にトスカの屋台連合の人達が大挙して移住してくれたので王都並みに充実した屋台街があるしで、毎日が楽しくてならないようです。
余談ながら靴屋のホルンさん一家、簪作りに命を燃やすソフィアさん、染物師のロアさん一家を始めとしたほとんどの職人さんもデラントに移住済み。
食べ物が美味しいし、何より温泉が素晴らしいと皆さん喜んでいるとか。
「…何かやらかすと覚悟はしていたが、これ程とは思わなかったぞ」
「恨みがましい目でこっちを見ないで下さい、マロウさん。私だってどちらの時も反対したんですよ。…無駄でしたけど」
言い終わるなり2人して同時に深いため息を吐きます。
「光龍に魔国の王子だぞ。それを聞かされた時の俺の気持ちになれ」
「王太子さまも同じようなことを言ってましたね」
王宮で会った時に一応は報告した方が良いかと思って伝えたら、その場で白目を剥かれました。
あまりの事に一瞬、気が遠くなったそうです。
すみませんね、渡した胃薬を活用して政務を頑張って下さい。
「トア、おじじ様が会うそうだ」
そこへウェルが吉報を持って帰ってきました。
帰ってからずっと面会を望んでいたんですが、仕事が忙しいとのらりくらり躱され続けてましたが…漸く覚悟を決めたようです。
「お久しぶりです。はい、お土産の魔国特産チーズケーキと竜人国で有名なレッドチップス(ハバネロに似た実が練り込まれた激辛味)です。それと竜人国のガリウスさまが、また会いたいものだと言ってましたよ」
「おお、すまんの。…そうか、懐かしいわい」
ぽそりと呟かれた言葉を受けて笑顔で聞き返します。
「で、お話を聞かせてもらえます?シェールさん」
「…その名は120年前に捨てたんじゃが」
「やはり神国の追っ手から逃れるためにですか?」
「まあ、そんなところじゃな」
小さく頷くと、美少年ジジイが静かに語り出します。
その話を要約すると。
120年前、エルフの中でも随一と謳われた魔導師であった美少年ジジイはアリエス神国から魔王討伐のメンバーにならないかと誘われました。
当時の美少年ジジイは自分の魔法に磨きを掛けることに夢中で(本人談)魔族が何をしようが興味は無かったのですが、好きに魔法が使えるという話に喰い付きました。
訓練よりも実戦の方が練度が上がるのは判り切っていますからね。
で、腐れ勇者を中心にチームを組んだのですが、神国聖騎士のガラハッドは最初から露骨に獣人であるイネスさんとエルフの美少年ジジイを見下していたそうです。
何故なら神国がバリバリの人族最優秀説推進国家だからです。
今更ですがアーステアには複数の神様が祭られています。
主神である創造神・テム…この神様は全種族から最高神として崇められてます。
戦いの神・アグス…魔国を中心とした戦い大スキーな種族の守り神です。
自然神・エリーラ…エルフが信奉する風の女神さまで世界樹の化身だそうです。
火の神・グリン…鍛冶師にとって最も大切な神様でドワーフが信奉してます。
土の神・デネイ…鉱石を生み出す女神で特にドワーフから…以下略。
水の神・レネルラ…砂漠地帯が多い獣人国で有難がられてる女神様です。
ドラゴン…はい、竜人族が崇めてる生きた神様ですね。
で、人族…特にアリエス神国は創造神のみを信奉していて、その他の神を崇める者達は主神を蔑ろにする不届き者なのだとか。
それが証拠に神を讃える歌巫女の力は人族にしか発現しない。
よって最も神に愛されているのは人族である…と、まるで鬼の首でも取ったように得意げに喧伝してます。
なので神国にとってイネスさん美少年ジジイは使い勝手のよい道具…ぐらいの認識だったようです。
「まあ、その中でもルーナスはまともな方じゃったな。ワシらにも分け隔てなく接してくれたしの」
チームの良心ってところですかね。
「カナメの奴も秘かにルーナスに惚れとるようじゃった。ま、そのくせ告白はおろか、その姿を見ているだけで満足とか言っておったが」
乙女かっ。
ひょんなことから『腐れ勇者=ヘタレ』説が浮上しました。
「ところでサユラ草の毒の後遺症は大丈夫ですか?」
イネスさんの手紙の話をしてから聞いてみます。
「ほほぅ、書かれたことだけで毒を特定したか。さすがは国内で5人しかいない上級薬師だの」
「はい?」
いつの間に私はそんな御大層なものになったんでしょうか?
「王都での毒茶事件解決の功績により、先月承認させ…いや、されたんじゃよ」
今、させたって言いかけましたよねっ。
まったく、陰でどんだけの力をもってるんでしょうかね。
この腹黒ジジイは。
「あの時は珍しくガラハッドが手ずから茶を渡してきたのでおかしいと感じてな。ワシは一口しか飲まんかったから大したことはない。じゃがイネスとカナメは全部飲んだでな。どちらも命を拾えたのは奇跡じゃ」
「よくそんな強力な毒消しを持ってましたね」
「故郷を出る時に娘のルルゥからお守りとして渡されておったんじゃよ」
「…ギルマス、母親だったんですね」
思わぬことを聞いて、そんな感想が漏れ出ます。
「当たり前じゃ、でなければウェルやメルが生まれないじゃろうが」
「ですよねー」
聞いたら女だった時に娘さんを産んでいて、それがウェル達のお祖母さんなのだそうです。
「でも【時止めの呪】に掛かっていても男に変化出来るんですね」
「まあの、本来なら1日で終わるものが3年かかったがな」
1日が3年換算ですか。
そうなると腐れ勇者が復活するのに百年以上の時間が必要だったのも分かります。
毒を盛られた後、イネスさんは何とか命を繋ぎはしましたが歩くのがやっとの状態で、美少年ジジイは呪の所為で初級魔法が使えるだけ。
Eクラスの魔獣にすら出会えば命の危険があったとか。
なので竜人国に辿り着くまで、街道の魔獣との戦いで何度か死にかけたそうです。
ガリウスさまが見たのは、そんなボロボロの2人だったんですね。
ちなみに魔国であったことや毒を盛られたことをガリウスさまに言わなかったのは、神国とのトラブルを竜人国に持ち込みたくなかったからだそうです。
世界を揺るがす大スキャンダルですからね。
確かな証拠が無い限り、うっかり口に出せば抹殺されるのがオチですから。
「恥ずかしい話じゃが、あの頃のワシは魔法の事しか頭に無かった。少し考えれば神国の言い分がおかしいことに気付いたはずじゃのに。ワシらの所為で魔国に多大な迷惑を掛けてしもうた。その償いがしたくて薬師ギルドのギルマスになり、秘かに魔国へ薬を送ったり、ハルキスの万能薬研究に金を出したりしたが…微々たる償いじゃ」
おや、意外なところで師匠の名が出ました。
引き籠もりな師匠がどうやって研究用の薬剤を手に入れてたのか不思議でしたが、美少年ジジイがスポンサーになっていたんですね。
「でも魔族の人達は勇者一行を恨んだりしてませんでしたよ。病については天災のようなものと認識していましたし。何より『弱き者は守る者』という考えが根底にある気質の良い人達ですから」
「…そうか、おかげで少し肩の荷が下りた気がするの」
小さくため息を吐いてから美少年ジジイが毅然と顔を上げます。
「犯した過ちを償いたい一心でここまで来た。じゃが今、それよりも大きな過ちが起ころうとしておる。それを阻止するためにトアちゃんの力を借りたい」
「…何事です?」
美少年ジジイの真面目な顔なんて初めて見ましたよ。
それだけ重大事なんでしょうけど。
「神国が再び勇者召喚をしようと考えておる」
なんですとぉぉ!