94、魔王様にスカウトされました
「いや、頭を上げてくれ」
頬を赤くして鼻の横をポリポリと掻く魔王さま。
こんな時ですが…照れ顔がメッチャ可愛い。
ですがこれで勇者が腐った訳が判りました。
好き勝手に利用された挙句に裏切られて殺されかけたのなら、神国やそれに加担した国に復讐したいと思うのは当然ですから。
それと最近まで腐れ勇者が活動していなかった訳も判ってきました。
サヨラ草は師匠が作った猛毒の煙玉の主成分となるものです。
神経毒なので解毒しても長く後遺症に苦しめられます。
何より【時止めの呪】は、自らの魔力を糧にその身体時間を止めると言われてますが、完全停止ではなく時間経過が遅くなるものです。
当然、限りなく不老ではありますが不死ではありません。
斬り付けられたり毒を盛られたりしたらダメージを負いますし、その治癒の速度も呪の所為で遅くなります。
つまりサヨラ草の毒の影響が無くなるまで百年以上の時間が必要だった。
たぶん、その間はほぼ寝たきりだったんじゃないでしょうか。
それが近年になって漸く動けるようになり、復讐を開始したといったところですかね。
「それでこれからどうするのだ?」
「騙されて殺されかけた…確かに同情はしますが、だからと言って120年前の当事者とは無関係の者達を巻き込んで良い事にはなりません。既に多くの被害が出ています。これ以上の犠牲を出さない為にも勇者の復讐を止めます」
「ふむ、やはりそうか。ならば私も力を貸そう」
「はい?」
「勇者は悪ではない、他者の欲を満たす為に利用された憐れな子供だ。救えるものなら救ってやりたい」
弱き者は守る者。
それが根底にある魔族の王ならではの言葉ですね。
「ですがそれこそどうする気です?」
その問いに何故か魔王さまは胸を張って答えます。
「そなたの旅についてゆこうと思う」
「はいぃ?」
何を言い出しますかね、この魔王さまは。
一国の王が国を留守にしてフラフラ出歩いて良いわけないでしょう。
「王妃さまと宰相さまの了解を得ているのですか?」
私の問いに魔王さまの眼が思いっきり泳ぎます。
「それは…まだだが。でもちゃんと説得するし、政務も溜めないから」
何だかワンコや猫の仔を拾ってきた小学生みたいになってきましたよ。
「旅の同行は御両人の許しをもらってからにして下さい」
「…むう」
そんな拗ねた顔してもダメなものはダメです。
「ですが力を貸していただけるのなら一つお願いがあります」
「何かね?」
「竜人国との国境沿いにあるアサド洞窟。そこの調査に人を御貸し願いたいのです。出来ましたら竜人国と合同で」
「何故だ?」
竜人国との合同調査依頼に真剣な眼差しを向ける魔王さまに、勇者召喚用の魔法陣と転移魔法陣のことを伝えます。
え?秘密にしなくていいのかって。
いいんですよ、下手に隠し立てするから痛くもない腹を探られるんです。
こういったことはさっさと公開してしまうに限ります。
これはメルさんとも話し合った結果です。
転移陣は地球で言うなら飛行機による空輸をより便利にしたようなものです。
もちろん、今までの馬車輸送や船による海路輸送も併用するので互いがシェアを食い合うことはありません。
魔法陣で運べる量はそれほど多くはないですし、稼働にかなりの魔力が要りますからね。
でも遠方の物や急用な物が短時間で運べるメリットは大きいです。
そうした転移陣による物資輸送の旨味を知れば、魔法陣が置かれてる国は我先に利権を求めて喰い付いてくるでしょう。
だったら先に強国である魔国と竜人国にイニシアチブを取ってもらっておけば、稼働した時の取り決めがスムーズに進みますから。
「相分かった。すぐさま竜人国に使者を出そう」
私の説明に、任せておけとばかりに魔王さまが快諾してくれました。
「だが問題は気位の高い竜人族が素直に此方の意図に乗ってくれるかだが」
「ああ、それは大丈夫です」
私の言葉に不思議そうな顔をする魔王さまに、その理由を教えます。
「竜人族の人達…特に女性はチョコレートに目が無いんです。その原料となるカオオ豆は今のところサース大陸の周辺にある諸島連合でしか採れません。なので手に入れることが困難です。でも転移陣が使えれば…」
「ああ、皆まで言わなくとも良い。そこを突けば確実に話に乗ってくるであろう。どの種族も女を敵に回したくはないからな」
「はい、よろしくお願いします」
頭を下げる私に、良かったらと魔王さまが言葉を継ぎます。
「事が片付いた暁には、文官として仕えぬか?」
「は?…あの、私は人族ですが」
「構わん。トライアルで見事3人の魔将軍を倒したその頭脳は素晴らしい。魔族でなくとも反対する者はおらんだろう。何よりそなたが作る菓子を毎日食べられるのなら、これほど嬉しいことは無い」
最後に本音が漏れ出ましたね。
「大変光栄なお申し出ですが」
「やはりダメか」
どうやら断られると分かってのスカウトだったようです。
「はい、勇者のことにも関わりがありますが、私には師匠の無念を晴らすという目的がありますから」
「無念を晴らす?」
訝し気な魔王さまに師匠・ハルキスの話をします。
人の役に立つ薬師になりたいとの希望を打ち砕かれ、人を助ける薬師ではなく人を殺すための毒師として召集され戦死したハルキス。
ハルキスだけでなく、数多くの夢や希望、幸せを奪った戦争。
だからその戦争を起こす元凶を無くす為に戦うことにしたと。
「その元凶とはいったい何なのだ?」
「戦いが起こる理由のほとんどは経済の貧困によるものです。貧しさから抜け出したくて、多くを持つ者から奪おうとする。それが一番手っ取り早い解決方法ですから、能無しの執政者ほどよく使う手ですね」
「しかしどうやって戦争を無くすのだ?」
「原因である貧困を解消します。経済を活性化させ、誰もが働いたら働いただけその恩恵が受けられるようにします」
「なるほどな。物の売り買いが増せば、それだけ動く金が多くなる。そうなれば必然的にその恩恵は万人に行き渡るようになるか」
ええ、ざっくり言うと所得倍増計画ですね。
それは1960年に日本で策定された長期経済計画のことで、戦争の傷跡からやっと抜け出せた国民の生活水準をさらに良くすることを目指し、経済成長目標を設定して内政と外交を結びつけることで完全雇用の達成と福祉国家の実現、国民各層間の所得格差の是正を図ったのです。
さらに減税、社会保障、公共投資を三本柱として経済成長を推進しました。
この先人の知恵をお借りして、アーステアでも出来たら良いなと思う訳です。
「はい、その為に立ち上げた商会です。私の武器は美味しいものと女性を綺麗にすることですから。お腹いっぱい食べられて、横で綺麗になった女の人が微笑んでくれる生活が送れるなら誰も争おうなんて思わないでしょう」
「…確かにな」
クスリと笑うと魔王さまは、じっと私の顔を見つめます。
「だがそれは果てしなく困難で長い時間を必要とすることだぞ」
「承知しています。私が出来ることなど高が知れてますから。でも私には志を同じくする商会の仲間がいます。私の代で出来なくても次代がそれを継いで続けてくれたら、遠くない未来に目的は達成出来るはずです」
「ふむ、出来ると言い切るか」
何やら感慨深げに頷く魔王さま。
戦後、焼け野原となった東京を世界有数の都市へと復興させた前例がありますからね。
無謀な夢物語ではないですよ。
「分かった、魔国はそなたの望みに全面的に協力しよう。助けが必要な時はいつでも頼るがいい」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
魔国の後ろ盾Getだぜっ。
これで神国に対してかなりハッタリが効くようになるでしょう。
目指せ、召喚陣の完全破壊ですよ。