93、カナメ・ヨネハラの話
「聞きたいことがあると?」
「はい、実は…」
魔王さまに面会を申し込みましたら、その日の内に叶いました。
クレープというお菓子があるんですがと言葉を添えたら、即行で面会出来ました。
うん、美味しいは正義。
ですが王城に着いてビックリですよ。
なんとサミーの2人のお兄さん一家までいて魔国のロイヤルファミリー総出で出迎えてくれました。
長兄のラファードさんは魔王さまそっくり。
青髪が美しい綺麗な奥さんと2人の男の子を連れてました。
次兄のハルバレイスさんは、サミーと一緒で王妃様によく似た美形さん。
横には金の瞳と白い羊角がカッコいい奥様と可愛い女の子がいました。
私が作るお菓子の美味しさを伝え聞いて、わざわざ領地からやって来てくれたそうです。
「今日はクレープというお菓子を持ってきてくれたそうね」
「みんな楽しみにしてるんだ」
紹介が終わると待ちきれない様子で王妃様とサミーが口を開きます。
「はい、お任せ下さい。美味しいものを作りますね」
笑顔で請け負うと、やったーと3人の子供たちが両手を上げて飛び跳ねます。
「では此処から食べたい物を選んで下さい」
言いながらメニュー表を手渡し、その間にアイテムボックスから事前に焼いておいたクレープ生地とカットフルーツ、生クリーム、カスタード、ベリーソース、チョコソース、アイスなどをウェルに手伝ってもらい並べます。
せっかくなのでハムやスモークサーモン、クリームチーズ、ゆで卵、カット野菜、照り焼きチキン、マヨネーズソースを用意して総菜系のクレープも作れるようにしておきましょうか。
「それでは魔王さまからどうぞ」
「う、うむ。そうだな、…ポップルシナモンカスタード、2種のベリーアイストッピングのふんわり生クリーム増し増しで」
どこのJKですかと突っ込みたくなるチョイスをする魔王さま。
それを機に次々と注文が入ります。
「わたくしは『バナゴのチョコスペシャル』をお願いしますわ。生クリームは3倍で」
さすがは王妃様、その組み合わせは鉄板ですね。
「僕は『ピーチメルバ』ミルクアイス追加で」
ジューシーな桃のテイストがまったりとしたベリーアイスと溶け合う魅力の一枚を選ぶとはやりますね、サミー。
「私は『ベリーチーズケーキクリーム』がいいわ」
はい、此方はベリーの存在感がチーズケーキを引き立て、極上スイーツの味わいを演出する一枚ですよ。
「俺は『バナゴチョコチーズケーキクリームのスペシャル』で頼む」
こっちはバナゴチョコのコンビにチーズケーキを添えた食べ応えのある一枚ですね。
「だったら僕は『照り焼きチキンマヨ』にしようかな」
此方はスライスした照り焼きチキンと千切りの温野菜を並べてマヨネーズと一緒に巻いた総菜系の逸品です。
皆さん、一口食べては隣の人と交換したりとキャッキャッと楽しそうにクレープを食べてます。
喜んでもらえて良かったです。
ですがこの人数だと生地が足りなくなると思うので、大型のフライパンを出して焼いてゆきます。
ちなみにクレープ生地の作り方は
小麦粉1カップ、砂糖大匙3、卵3個、ミルク1カップ(2度に分けて混ぜます)
これらをよく混ぜ、薄く伸ばして(お玉1杯分が1枚です)焼いたら出来上がり。
超簡単ですのでおやつにお勧めです。
「勇者について…か」
何度かお代わりをして満足した皆さんが退出したところで、魔王さまに勇者のことを聞きます。
ちなみにウェルはドアの外で待機です。
今も魔国では勇者のことはタブー扱いなので、他者が寄り付かないよう見張ってくれてます。
「うーむ、そのようなことになっておったのか」
2ヵ月前に死の森に映像だけですが姿を現わした腐れ勇者の話をすると魔王さまが困惑の唸り声をあげます。
「120年前、いったい何があったのですか?」
「事実だけを有り態に言うのなら、勇者は一介の挑戦者の1人に過ぎん。か弱い人族でありながら武闘大会に参加すると言うので、少しばかり話題にはなったが…」
「確か1回戦負けでしたか」
「あれは相手が悪かった。何しろ初戦でテルガエフと当たったからな」
【剛腕の闘士】の将軍とですか。
それはクジ運の悪いことで。
タッグ戦の決勝で負けはしましたが、その戦闘力は桁外れでしたからいくら勇者と言っても負けるのも無理はありません。
ちなみに魔王さまとサミーのチームは、タッグ戦なのに魔王さましか戦っていないという理由で反則負け、初戦敗退となりました。
「でも納得が行かないとリターンマッチを望んだんですよね」
「ああ、余程自らの力に自信を持っていたようだ。『勇者の俺がこんなところで負けるはずはないんだ』とうるさく吠えておったな」
「それで根負けして相手をしてあげたんですね」
「赤子の夜泣きのようなものだから相手をして御あげなさいと王妃が言うのでな」
幼い子供どころか完全に赤ちゃん扱いでしたか。
「それで魔王さまに負けて、泣いて逃げ出した訳ですね」
「さすがにそれは言いすぎであろう。完膚なきまでに負かしたら、泣いてはおったがちゃんと自らの負けを納得して帰っていったぞ。しかしそれからしばらくして勇者病が蔓延し出したのでな」
その対応に追われて勇者どころでは無くなった訳ですね。
「でしたらその後で何があったか判りませんね」
ふうとため息をつくと、いやっと魔王さまが意外なことを言い出しました。
「それが真相かどうか確かめる術はないが…凡そのことなら判る」
「はい?」
思わず聞き返す私の前で、魔王さまが後の書棚を漁り出します。
「確かこの辺りに…いや、こっちだったか?」
しばらくゴソゴソやってましたが、漸くにして古びた封書を手に戻ってきました。
「これは?」
「勇者の仲間の獅子獣人からの詫び状だ」
格闘家のイネスさんですか。しかも詫び状とは?
「読んでみるがいい」
「では失礼して」
差し出された封書の中身を取り出して読み始めます。
それはイネスさんの後悔が詰まった手紙でした。
アリエス神国の神官に言われるまま深く考えもしないで魔国に行き、武闘大会でボロ負けして漸く自分がいかに思い上がっていたかを知らされた。
それでやっと戦いのことしか考えていなかった頭が冷え、神国で聞いた話の矛盾に気付き、後にこれが侵略戦争への口火であったことを知ったと。
書面には多大な迷惑をかけてしまった魔国へ、心からの謝罪の言葉が綴られていました。
そして勇者病についても…。
あれは偶然ではなく、神国が謀ったバイオテロだったと。
最初に勇者の世話役だった神下官の3人がインフルエンザに感染。
その原因が、どうやら勇者が着ていた学生服に触れた所為だと判明。
これは見たことも無い異世界の疫病だと判断し、すぐに制服を勇者のアイテムボックスに収めさせ、感染した3人は地下牢で手当てをすることなく経過を観察し、やがて死に至ったのでこれは使えると判断した。
(地下牢は常に浄化の魔法をかけて殺菌し、感染拡大を防いだようです)
で、当の勇者には何も知らせず。
魔国に行ったら時折、制服を着させて周囲を歩き回らせた。
武闘大会場でも制服を着用させ、感染拡大を図ったと。
勇者が魔王を倒せば御の字。
それが出来なくても疫病によって魔国内を混乱に陥れれば、その機に攻め入るつもりだったようです。
ですがヒューリーさんを始めとした医師団の活躍で、被害は大きかったですが何より魔王さまが身体能力の高さから意外に早くに完治して、先頭に立って混乱を静めてしまった。
おかげで出陣のタイミングを失い、どうするか協議しているうちに先行きの不透明さに計画から離脱する国が出始め。
そのまま魔国討伐連合は解散となってしまったようです。
まあ、誰だって確約の無い計画に国運を賭けたくはないですからね。
どうしてイネスさんがそんなに詳しいかというと。
神国で聞いた話と現実があまりに違い過ぎることに漸く気付いたメンバーがアリウス神国から派遣された聖騎士・ガラハッドに詰め寄ったからです。
ちなみにこの時、偵察に出ていたイネスさんとガラハッド以外の3人。
勇者と美少年ジジイ、女性治癒師のルーナスさんはその地域のインフルエンザ感染拡大を防ぐ為の【時止めの呪】に巻き込まれてしまい魔法がほとんど使えない状態でした。
詰め寄っていたらルーナスさん以外が突然苦しみ出します。
何故ならガラハッドによって食事に毒を盛られていたからです。
毒に苦しむ勇者、イネスさん、美少年ジジイをせせら嗤いながらガラハッドは得意げに神国の計画のすべてを話したそうです。
後腐れなく始末をするために、もはや抵抗すら出来ない瀕死の勇者に剣を向けるガラハッド。
ですがその時、彼を押し退けてルーナスさんが勇者を庇います。
次の瞬間、持っていた転移結晶を使ってその場を勇者と共に逃げ出し行方を晦ませます。
残されたイネスさんと美少年ジジイは、どうせ死ぬだろうとその場に捨て置かれガラハッドは一人、神国へと戻り。
2人は美少年ジジイが隠し持っていた毒消しで一命を取り留めて秘かに故郷に帰ります。
手紙にある様子…最初に視界が悪くなって、次に痺れ、そして最後には吐血とありますから使われたのは猛毒のサユラ草を主体とした毒でしょう。
これを完全にとは言えませんが助かるくらいの毒消しを持っていた辺り、どうやら美少年ジジイはガラハッドのことをあまり信用してはいなかったようです。
故郷に帰ってすぐに神国の行いを糾弾しようとしたイネスさんですが、神国が放った暗部に常に見張られていて、家族を守る為に魔国であったことを口に出すことが出来ませんでした。
それを気に病んでか、申し訳ないという言葉が何度も綴られた手紙でした。
日付はイネスさんが亡くなる少し前。
これは彼の懺悔が込められた遺書でもあったのです。
ですがこれが真実なら、世界を揺るがす大スキャンダルです。
繋がりが深い人族の国々はともかく、他の種族の国家は神国を容赦なく糾弾するでしょう。
しかし魔王さまは何故このことを公表しなかったのでしょうか?
私の疑問に応えるように魔王さまが徐に口を開きます。
「そこに書かれていることが本当かどうか、それは誰にも判らん。だがそれを書いた者の謝罪の心は信じたいと思う。故に魔国は沈黙を守ることにした。これにより起こる戦いを防ぐために。戦いが始まれば困るのはその国の民だからな」
「もしかして鎖国政策はその為ですか?」
「ん?ああ、それもあるが。何より問題だったのは勇者病だ。身体能力が高い魔族ですら死者が出る病だ。これが他国に広がったらそれこそ病によって亡ぶ国も出るだろうからな」
「…ありがとうございます」
魔王さまの言葉に、思わず深く頭を垂れます。
自国にこれだけ被害をもたらされても他国を思いやることが出来る。
その心の広さに尊敬の念がこみ上げます。
そういえば【清廉の英傑】の称号を得たバードスさんが言ってましたね。
自分のことを後回しに出来る…それが真に強き者だと。
まさしく魔族は、その真なる強者なのでしょう。