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89、戦うばかりが能じゃないですよ。


「お前がトワリアかっ」

 逆立った真紅の髪とギラついた金の瞳の青年…というか見た目も雰囲気もまごう事なきヤンキーが此方を睥睨(へいげい)してきます。


「はい、よろしくお願いします」

 軽く頭を下げながらそう言葉を交わしたはずなんですが…。

周囲は耳を覆うばかりの大歓声で他はまったく聞こえません。

しかもその声は全部、私に対しての声援です。


元々戦いが大好きな戦闘民族ですから、10年に1度の武闘大会ではこんな風に大騒ぎになるそうですが。

反対にトライアルは厳粛な空気の中で行われ、観衆も裁判の傍聴人のように静かに見守るのが普通だとか。

それが一転して完全にお祭り騒ぎですからね。


何しろ私は『力の無い人族なのに引き裂かれそうな恋人たちを助ける為に立ち上がった正義のヒーロー』なのだそうです。

おかげで相手のフォルフス君は完全に悪役扱い。

『卑怯者!』『魔族が人族に手を挙げていいと思ってんのかっ』等の罵声まで飛ぶ始末です。


「チッ、やりにくいったら無いぜっ」

 派手な舌打ちと共にそんなことを言っているフォルフス君。

すみませんね、でもこうして相手をアウェイな状況に置くのも戦略のうちなんですよ。


「うるせいぞっ、静かにしやがれっ!」

 背にした大剣を振り回して威嚇すると漸くにして観衆が黙ります。

「で、何で戦うつもりだ?」

 小馬鹿にした顔で此方を見るので、審判役が近付いてくるのを待って口を開きます。


「勝負の方法は簡単です。今から私の歌を聞いてあなたが泣いたら私の勝ち、泣かなかったらあなたの勝ちです」

「はあっ?」

 心底から呆れ返った声を上げてから、次には怒りに満ちた眼差しを向けて来ました。

「馬鹿にしてんのかっ。そんなもんでこの俺が泣く訳ねぇだろうがっ!」

「さあ、それはどうでしょう」

 挑発するように軽く肩を竦めてみせると、このっと手を挙げ掛けますが…すんでのところで堪えます。

「殴らないんですか?」

「するかよっ、怪我でもされちゃ寝覚めが悪いだろっ」

 此方を気遣う辺り、見掛けと違って根は優しい子のようです。

話に聞いた通りですね。


「ではその方法で良いのだな?」

 確認してきた審判さんに、はいと頷きます。

それから後方に控えていたイブさんへ顔を向けます。

「お願いします」

「任せて、いっぱい練習したんだから」

 笑顔の後で可愛らしくウィンクをすると、手にしていたギターに似たリュートという楽器を構えます。

ヤサカさんと一緒にいた時は頼まれてよく日本の曲を演奏していたそうで、私が教えた曲もすぐに習得してくれました。


ちなみに今回は魔力は乗せずに純粋に歌の力だけで勝負です。

それでも大丈夫なくらいの力を秘めた曲を用意しましたから。



「あなたとあなたのお祖母さんの為に歌いますね」

「何?」

 怪訝な顔をするフォルフス君の前で大きく息を吸うと、イブさんの伴奏に合わせて歌い始めます。

曲はトイレにいる女神さまの歌。


自分を育ててくれた祖母。

子供の頃はよくお手伝いをして、2人楽しく暮らしていた。

けれど成長するに従って些細なすれ違いから話すこともなくなり、祖母を置いて1人、都会で暮らし始めた。

数年後、そんな彼女の下に祖母が病気になったと報せが入り、慌てて駆け付けたものの大した話も出来ないまま祖母は亡くなってしまった。

恩返しも出来なかった自分の不甲斐なさを悔やみながらも、育ててくれた祖母への感謝の歌を心を込めて歌い上げます。


おばあちゃんが病気になった辺りで会場中から(すす)り泣きが聞こえ出し、亡くなって彼女が後悔の言葉を(つづ)り始めたら、もう凄いことになりました。

本当に魔族の人達は感受性が豊かなんですね。

歌の中の物語でも我が事のように共感し大泣きしてくれました。


で、対戦相手のフォルフス君はと言うと…。

過呼吸起こしそうなくらい号泣してますが、大丈夫ですか?

「てめッ、卑怯だぞっ」

 漸くに落ち着いたところで鼻水を啜りながら此方を睨んできます。


「それは済みませんね。でも歌の主人公と違ってあなたのお祖母さんはまだ生きているんです。泣くくらいなら会いに行ってあげたらどうです?」

 フォルフス君の半生は歌の中の物語にとてもよく似ています。

勇者病で早くに両親を亡くし、祖母に育ててもらいながらも家業を継がず魔王軍の兵士に志願して祖母と対立。

ケンカ別れをしたまま、夢であった魔将軍となってもまだ素直になれずに祖母と会おうとしない。


「うるせっ、今更どの面下げて会いに行けるんだっ」

「頑固なところはお祖母さん譲りですか。よく似てますね」

「あ?ババアに会ったのか」

「ええ、好き嫌いが多いからちゃんと食べてるか。強がってはいるけれど本当は気の小さい優しい子だから魔王軍で上手くやれてるのかと、あなたのことをとても案じてましたよ」

「俺は幾つのガキだっ。余計なこと言いやがって」

 憤然とするフォルフス君にお祖母さんの近況を伝えます。


「お年の所為か大分身体が弱くなっていましたね。医療所で診てもらった方が良いと勧めたのですが、もういつ死んでも良いので構わないと行こうとはしてくれませんでした」

「はあ?何言ってんだっ、あのババアはっ」

「育てたあなたはもう立派に一人前になった。だから自分はもう不要者。それにこんな年寄りが居てはあなたに迷惑が掛かる。1日も早く亡くなった御主人の下に逝くことを神様にお願いしてるのだそうです」


「…ふざけんなっ。何が不要者だっ!バカ言ってんじゃねえっ!」

「そんな風に思わせたのは誰ですかっ!」

 私の叱責にフォルフス君の肩がビクンと派手に跳ね上がります。

同時にウェルが急いでイブさんを避難させているのが見えました。


「まずは其処に正座っ」

「は、はいっ」

 ドンと足を踏み鳴らしましたら、青い顔でフォルフス君がジャンピング土下座をするように勢い良く私の前で正座します。

その横では審判さんが冷や汗を流しながらじりじりと後退してゆきます。

失礼な、怒ってはいますがまだMAXまでには至ってませんよ。


チワワのようにフルフル震えているフォルフス君を見据えながら、私を怒らせた言葉を口にします。

「魔将軍の就任式であなたはこう言ったそうですね『俺には身内と呼べる者はいねえ。だから今日からは魔王軍すべてが俺の身内だ』それを聞いたお祖母さんがどんな気持ちだったか」

「ゲッ、ババアの奴。来てたのかよ」

 今更ながらに慌てるところをみると、その可能性をまったく想定してなかったようです。


「当たり前でしょう。たった一人の大切な孫の晴れ舞台です。来ない方がおかしいでしょうが。どうせその方がカッコいいとよく考えもせずにノリでそんなことを言ったんでしょうけど」

 私の言葉にフォルフス君の眼が泳ぎます。

どうやら図星のようです。


「け、けど俺が魔王軍に入隊してから会いに来るどころか手紙一つ寄こさなかったんだぜ。来るなんて思わないだろうがっ」

「それは会ったり手紙を出したりしたら、あなたに里心が付いて逃げ出してくると思ったからですよ。あなただってそうして帰るところなんて無いと思ったからこそ辛い団生活に耐えられたんじゃないんですか?」

 そう言われて心当たりがあったのか黙り込むフォルフス君。


「あなたのことをこの世界で誰よりも愛しているのはお祖母さんですよ。だからもうあなたに必要とされなくなった今、静かに消えてゆくことを望んだんです。あなたの負担にならないように」

「…バアちゃん」

 いつしかフォルフス君の眼から再び涙が流れ出します。

その脳裏にはお祖母さんと過ごした日々が溢れているのでしょう。


「そんな想いをさせて申し訳ないと思うなら、すぐにお祖母さんの下に行って謝ってきなさい」

「で、でもよ」

 迷うそぶりをするフォルフス君の背を押すように言葉を継ぎます。

「歌の主人公のようになってもいいんですか?謝りたくても、恩返しをしたくとも、いなくなってしまったらそれは永遠に出来なくなるんですよ」

「わ、分かった。行ってくるっ」

 勢い良く立ち上がると、そのままフォルフス君は矢のように闘技場を飛び出してゆきました。

ちゃんとお祖母さんと仲直りして下さいね。



「えーと、これは私の勝ちで良いんですよね?」

 フォルフス君との遣り取りを感動した様子で見守ってくれていた審判さんに確認を取ると、はっと我に返ってすぐに高々と右手を上げます。


「勝者、トワリアっ!」

 途端に沸き起こる大歓声。

魔族の聴覚は人族より高性能なので、闘技場での会話は全部聞こえていたようです。

おかげで良いものを見たとばかりに観衆の全員が両手を振り上げて声援を送ってくれてます。


さて、次は6将軍でも中堅クラスのバードスさんですね。

しばし休憩を挟んでから第2回戦開始です。




「見事にやられたな」

「そうですな。まさか歌で魔将軍の1人を落とすとは」

 闘技場の貴賓席で魔王とベリンガムが呆れを含んだ声で言葉を交わす。


「しかもフォルフスは負けたとは思ってはおるまい。むしろ感謝するだろう」

「はい、今は目の前のことで頭がいっぱいでしょうが落ち着けば感謝しかありますまい。もしかしたら祖母と歌のような悲しい別れをするかもしれなかったところを救ってもらったのですから」

 熱狂する観衆に手を振り返しながら退場する姿を、感心仕切ったようすで2人して目で追ってゆく。


「しかしフォルフスを叱っていた時の威圧は凄まじかったな」

「そうですな。王妃さまも怒ると怖いですが…それ以上の者がいるとは思いませんでした。これは女性を怒らせてはならぬという神の思し召しなのかもしれません」

「た、確かに…」

 先程感じた威圧を思い出し、魔王の肩がふるりと震えた。

そして今回の事で初恋の相手であるシシリアへの想いは既に思慕の情でしかないと伝えてはあるが、改めて王妃にはきちんと言っておこうと心に決めるのだった。




「次はバードスか」

「ええ、称号無しと揶揄されてはおりますが実力は確かです。しかし今回も単純に戦闘で決着がつくとは思えませんな」

「どんな戦いとなるか楽しみではあるな」

「まったくです」

 小さく笑い合うと魔王とベリンガムはお気に入りのアンパンとメロンパンに手を伸ばした。

そういえばこれも彼女がもたらした物だったと思い出し、笑みを浮かべながらその優しい甘さに舌鼓を打つのだった。







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