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88、トライアル開始


屋台営業5日目。

おかげさまでスムージー屋は大盛況で順調に利益が上がっています。

この分ならすぐに侯爵様に出資金をお返し出来そうです。


「どうぞ、美味しいよ」

 嬉々として接客をしているのは変装してますがこの国の王子さまです。

3日目から魔王さまから許しをもらったと手伝いに来てくれました。

空き時間には年の近い街の子達と遊んだりと、アンナレーナさまと同様に初めて城下町体験をエンジョイしてます。

楽しそうで何よりです。


その対価というか、サミーが町での事と一緒に私が珍しい化粧品を持っていることや、あれからイブさんが愛用しているネイルのことを王妃さまの前でポロリと口にした為。

翌日には王城へお茶会という名目で呼び出されて、根掘り葉掘り聞かれました。

美容に関する女性の熱意はどの国でも同じですねー。

取り敢えず手持ちの化粧品サンプルをすべて放出して試してもらいましたら、王妃さまを筆頭にお茶会出席者の貴族の夫人や御令嬢達から高評価をいただきました。

特に美容液たっぷりのフェイスマスクは注目度が高かったですね。

皆さん奪い合うようにして確保してました。


もちろん、その時にベナアレスさんとアンナレーナさまの結婚を応援していただけるようお願いしておきました。

『まるで物語のようですわね』『素敵ですわ』『頑張るようお伝えください』とこちらも好感触でした。

おかげで大分外堀が埋まってきましたよ。

もうひと頑張りです。



「お忙しいところ大変申し訳ありませんが、少々お時間をいただけますでしょうか」

 そんな中、お昼時の賑わいが終わった辺りで地面にめり込みそうなくらいの低姿勢で声を掛けてきたのは何と屋台連盟長と魔都の商業ギルドマスターでした。


「出来たらこれからもスムージーを売り続けてほしいんじゃが」

 スムージー屋はアンナレーナさまの料理の野外授業ということになっているので、利益が出資金の額に達したら終了と連盟には明言してあります。

ですがあまりの反響に連盟長が代表して陳情に来たようです。


「王妃さまからマリキス商会の化粧品はいつ手に入るのかと脅さ…いえ、問われましたので」

 ギルマスの方は王妃さま絡みですか、ご苦労様です。


「まずスムージーと菓子パンですが、私達が辞めた後も他の人が続けられるようレシピを公開します。他にも総菜パンと…そうですね、せっかく良質なチーズの産地ですから『チーズフォンデュ』も紹介しましょうか」

 そう言いましたら、すぐさまギルマスが食い付いてきましたよ。

「そのチーズフォンデュとはいったい何ですかな?」

「はい、それはですね」


作り方は簡単。

チーズ(多種類を用意すると美味しさアップ)ミルク、白ワイン、片栗粉。

これに小さじ1の白味噌を加えるとさらにコクが出ます。

これらを鍋に入れて弱火で煮るだけ。

とろみが出たらパンや温野菜などを串に刺してチーズを付けていただきます。


「寒い冬にはお勧めのチーズ料理ですよ」

「それは良いことを聞きました。チーズを扱う料理店の目玉メニューになりますな」

「総菜パンとやらも菓子パン同様に屋台で出せばよく売れるじゃろ」

 早速、皮算用を始めた2人にあることを持ち掛けます。

「これらの特許料は魔国ではいただかないことにします」

「…で、その交換条件は何ですかな?」

 おおう、さすがはギルマス。話が早い。


「ええ、そこで御相談なのですが…」

 条件とはもちろん、アンナレーナさまとベナアレスさんとの結婚を応援してもらうことです。


噂作戦のおかげで2人の結婚について賛成の気運が高まっています。

それは庶民だけでなく、スムージーと菓子パンの評判を聞きつけてこっそり買いに来た貴族さん達の間でもです。

苦難に立ち向かう恋人たちといったお話が気質の良い魔族の人達の琴線に触れたようです。

笑顔で応対している店主がアンナレーナさま当人だというのは既に暗黙の了解となってますし。

その素直で健気な人柄を知れば、誰もが応援したくなりますからね。


「それだけで良いのかの?」

 怪訝な顔をする連盟長に、はいと頷きます。

「近いうちに殿下との婚儀無効を掛けてトライアルを申し込みます。その時に応援していただければ、それは大きな力となりますから」

「ふむ、それで良いのなら屋台連盟を挙げて応援しようかの」

「では我々商業ギルドもそれに倣いましょう」

「よろしくお願いします」

 軽く頭を下げてから、魔国に来た本来の目的も達成させておきました。

ギルマスとの協議の結果、来月から魔都にスイーツ関係と化粧品を中心にマリキス商会の商品が入ることが決定しました。

未知のスイーツが大いに楽しみだそうです。

良かったです。



そうこうして無事に純利益が出資金額に達したところで、婚儀無効のトライアルを申し込みました。

無効の条件は…6人いる魔将軍から選抜された3人全員に勝つこと。

魔将軍の戦闘力は魔王さまに次ぐ化け物クラスの人達ばかりです。

まともに戦ってもまず勝てませんし、最悪この世とおさらばです。


「ど、どうするのっ?」

 条件を知ったサミーが顔色を変えて侯爵家にすっ飛んできました。

「大丈夫ですよ。いろいろと手は打ちましたから」

「え?」

 私の言葉に不思議そうな顔をするサミーに、今回のトライアルについて説明します。


「まず挑戦者ですが、私が行います」

「はあぁっ!?」

 驚きに目を見開くサミー。

まあ無理もありません。

ランキング最下位の人族、それも成人したばかりの小娘です。

しかも使える魔法は初級の生活魔法だけ、【格闘】のスキルを持ってますが魔族相手では稚戯に等しいですからね。


「トアだったらすぐに死んじゃうよっ」

「ええ、ですから戦い方は此方で選ばせてもらいました。それに魔将軍さん達の情報は屋台街で収集済みですから。孫子という人も言ってます『彼を知り己を知れば百戦(あや)うからず』と。敵についても味方についても情勢をしっかり把握していれば、幾度戦っても敗れることはないということです」

 そう言ってポンと胸を叩いてみせる私の横でウェルが笑いながら肯定の頷きをしてくれます。


「トアがこう言う時は何か考えがあってのことだ。大船に乗ったつもりで任せておくといい」

「そうねー。トアちゃんなら簡単に勝ちそうだもの」

『あるじなら だいじょうぶー』

『口で姐さんに勝てる奴なんざ、この世にはいねえですぜ』

『せやなー、逆に可哀想なのは相手の方とちゃうか?』

 何やら後半は聞き捨てなら無い事を言われましたが、此処は不問としておきましょう。


「私達の為に済まない」

「本当にごめんなさい」

 サミーと私の遣り取りを、それまで黙って見守っていたベナアレスさんとアンナレーナさまが深々と頭を下げてきました。

そんな2人に笑って首を振ります。


「これは私が好きでやっていることですからお気遣いなく」

「しかしっ」

「ある人が言っていました『自分中心に考えるより、人のことを考える方が生きやすい。暗い道で人の前を照らすと自分の前も明るくなるのと同じで、人のことを考えてたら自然と自分のことも解決したりするから』と。私もその通りだと思います」


「…それが貴女の生き方なのか」

「素晴らしいですわ」

 尊敬のこもった眼差しを向けられましたが、そんな大したもんじゃありませんよ。

さっきの言葉も受け売りですしね。

せっかくの二度目の人生ですから、後悔のないよう私のやりたいことをやっているだけです。

ではトライアルを頑張りましょうか。




「こ、これは…」

「厳粛なるトライアルを何と心得るかっ」

「仕方あるまい。やり方は挑戦者に任せると約束したのだから」

 怒る魔将軍2人を宥めつつ、魔王は眼下の賑わいを当惑した目で見つめる。

何しろトライアルが行われる闘技場の周囲は溢れんばかりの人と屋台で囲まれているのだ。

トライアルが一般公開されるのは珍しいことではないが、このようなお祭り騒ぎとなるのは初めての事例だ。


「どうやら商業ギルドと屋台連盟を動かしたようですな」

 そう声を掛けてきたのは魔王の右腕とされる智将・ベリンガムだ。

「そんなことをして何の利があるというのだ?」

「さて、彼女については全く判りませんな」

「ベリンガムでもトワリア殿が何を考えているか見通せんか」

「はい、まったくもって底の知れぬ方です」

 そうかとため息をつくと魔王は先日の彼女の姿を思い返す。


つらつらと並べられるもっともな言葉に頷いていたら、気付けば彼女の要求をすべて飲んでしまっている自分がいた。

その手腕は見事と言うしかない。


「しかも此方の腹の内を完全に見切っていたな」

「はい、付けておいた影の存在に気付いていたようで、これだけ大っぴらに婚儀無効を画策しているのに何の制止も妨害もないことで魔王さまが既にアンナレーナ嬢と殿下との婚儀を諦めていると判断したようですな。しかし王命であるが故に簡単に反故には出来ないと。それらをすべて分かった上での今回のトライアルですからな」

 ベリンガムの言に魔王も苦笑いと共に頷く。


「確かに今回の婚儀は私の勇み足であった。シシリアを助けたいと思う気持ちが却って彼女を悲しませることになるとは思ってもみなかった」

「そういえばフリオレア侯爵夫人からお手紙が届いたとか」

「私の気持ちは有難いが、どうか娘の幸せの邪魔はしてくれるなと歎願された。あれには正直参った」

「母御としては当然のお気持ちですが…。魔王さまには辛い話ですな」

「構わん、此度のことは周囲をよく見ずに先走った私の落ち度だ。潔く非を認めるまでだ」

「ご立派ですな」

 素直に自分の非を認める姿を称賛する部下に、魔王は照れたように視線を窓へと移す。


「しかしどうするつもりなのか…。相手は魔将軍の精鋭3人だぞ」

「トワリア殿からの御指名ですからな『王命を(ひるがえ)すのですから生半可な相手に勝っても仕方がありません。誰もが納得する相手に勝ってでないと逆に魔王さまが(あなど)られます』でしたか。…確かにその通りですが」

「何を仕掛けてくるつもりか…」

「ですが今までの行動からして魔国に利をもたらすものであることに間違いはなさそうです」

「ああ『創造神の加護』を持つ者であるからな。彼女の行動は神の御意志でもあるのだろう」

 自らの鑑定結果を口にする魔王にベリンガムも大きく頷く。

「そうですな、此処は黙って見守るのみです」


トライアル開始時刻が迫ってきたとの知らせに2人は腰を上げて歩き出した。

彼らの懸念通り、これから始まる戦いがトライアル史上でも最も華やかで同時にとんでもないことになるとはまだ知らぬまま。



「これよりサミュアレイス殿下とアンナレーナ・フリオレア侯爵令嬢との婚儀無効をかけての試合を始めるっ。選手は前に進み出よっ」

 審判さんの声に私と魔将軍の1人が直径30mほどの円状の石畳の上へと立ちます。


相手は魔将軍の中でも一番の若手のフォルフス君です。

さて口先の魔術師の本領発揮と参りましょうか。






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