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86、おいでませ、屋台街(魔国編)


『あるじー』

『姐さーん』

『無事で良かったでー』

 ウェルのお腹が落ち着いたところで、早速外で待っていてくれたみんなに会いに行きました。


「心配させてごめんね。でもこうして元気だから」

 左肩にスリスリと顔を寄せてきたキョロちゃん。

右肩に乗って小さな手で頭を撫でてくれるサンダー君。

胸元に飛び付いた体勢のまま、黒いつぶらな瞳を向けてくるマーチ君。


誰もが泣きそうになっている様に、改めて本当に心配をかけたのだなと申し訳なくなります。


『姐さんが謝ることはねぇ。悪いのはあの青トカゲの野郎でぃ』

『ほんまや、こうして会えたからええけど。せやなかったら八つ裂きや』

『だからー蹴っておいたー』

 キョロちゃんが何だか物騒なことを言い出しましたよ。



「そういえば、あの後どうなったんですか?」

「もう大変だったわよ。ウェルちゃんはエギ君の首を落としかけるし、止めに入ったバリス君の後ろでさりげなくガルム君がエギ君を殴って昏倒させるしで」

「その後、気を失った奴をキョロ達が袋叩きにしておったな」

「腐っても竜人だし簡単に死にはしないから、しばらく遣りたいように蹴ったり、殴ったり、噛みついたりさせておいたのよね」

「おかげで大分、私の溜飲も下がったしな」


 エルフ族であるウェルが手を出すと後でいろいろと面倒なことになるので止めたバリスさんですが、キョロちゃん達使い魔がやる分には無問題と放置しておいてくれたようです。

「…簡単にその様が思い浮かべられますねー」

 苦笑する私の前でイブさんがさらに詳しく教えてくれた話によると。


青リーダーはそのままガルムさんによって囚人塔に入れられましたが、何と彼は現財務大臣の御子息だそうで。

最初は『下等な人族を消し飛ばしたくらいでこんな所に入れるとは無礼であろう、父上に言って罰してもらうぞっ』と威勢が良かったようですが。

飛ばした相手が悪かったですねー。


元々【脱水】の申請者ということで竜人国内でも評判が良かった上に、屋台街でいろいろと料理を教えて回ったおかげで『食の伝道師』と持て囃されていた人物を、理不尽極まりない理由で魔の森に飛ばした訳ですから。


事件が知れ渡ると(大通りのど真ん中でしたので目撃者が多数いましたから)怒った民衆が議事会館に押し寄せて物凄い騒ぎになったそうです。

で、慌てて首相が

『飛ばされたトワリア殿は政府が責任を持って探し出す。そして犯人のエギは神官長が認めた魔国への使者に危害を加えたこと。これは国家に対する反逆に値する。よって死罪とする』と直々に声明を出して漸く沈静化したとか。


私が死んでいたら間違いなく死罪だったそうですが、こうして未遂に終わったので『たぶん竜人の証である角を切り落とされて犯罪者として奴隷落ちだわね』とはイブさんの弁です。


イブさんにフラれて自棄になっていたとは言え、とんでもない事を仕出かしたものです。

で、当の青リーダーは私が生きていることはまだ教えられていないので、最初の威勢は何処へやら死刑になる事に怯えて泣き暮らす毎日を送っているとか。


ウェルが預かってきた神官長さまからの手紙にも似たようなことが書かれてましたし、丁重なお詫びもいただきました。

で、竜人国は今後マリキス商会に対して出来うる限りの便宜を図ると約束してもらいました。

災い転じて福と成すですね。



「それでこの坊やは誰なのかしら?」

 青リーダーの話が終わったところで、イブさんが天然砲を炸裂させながらサミーを見つめます。

「魔国の第3王子さまでサミュアレイス殿下ですよ」

「なんと、それは失礼した」

 慌てて居住まいを正すウェルの隣で、イブさんは誰であろうと通常運行です。


「あら、そうなの。トアちゃんたらまた楽しそうなことに首を突っ込んでるのね」

 天然ですが頭の回転は高速ですからね。

サミーが王子というだけで何かしらの問題に私が関わっていると察したようです。

「まあ私の方もあれからいろいろとあったから」

 そこでサミーとの出会いからアンナレーナさまとの結婚問題について話します。


「まるで歌劇みたいねぇ。障害のある恋路を応援して成就させるなんて」

 ドラゴンでもやはり女性ですね。

恋バナにイブさんが思い切り食い付いてきました。

「それでこれからどうする気なのだ?」

「いくつか案はあるんだけどね。力を貸してくれる?」

「もちろんだ」

 意気込むウェルに、よろしくねと笑みを返すとサミーも含めて今後の事を相談します。



話し合いの結果、『戦争は数だよ、兄貴』ということで味方を増やすことにしました。

竜人国でのことが示すように、多くの人が味方について賛同の声を上げてもらえれば魔王さまとて無視はできません。

それに魔国には『トライアル』という、決定に反対の声を上げた者が一定条件をクリアするとそれを無効に出来る制度があるそうです。

まずは多くの人にベナアレスさんとアンナレーナさまの結婚に賛成してもらい、トライアル制度が使えるように持ってゆこうと思います。



で、最初にやるのは…。

「わたくし、屋台を開くのは初めてですわ」

料理修業の一環という名目で、嬉しそうなアンナレーナさまを店主にして市場で屋台を開くことにしました。

たくさんの人に食べてもらい意見を募った方が、より美味しい物が作れると渋る王城関係者を説得しました。


そこでまずは市場調査ということで屋台を出す城下へと繰り出します。

あ、今回の市場調査には変装したサミーもこっそり付いてきてます。

『僕も行きたい』と魔王さまに強請ったら『トワリア殿と一緒なら良いだろう』とあっさりお許しが出たとか。

いいんですかね?、そんなに信用してもらって。

不測の事態とは言え、思いっきり密入国者なんですけど。

そこの辺りも聞いてみましたら『美味しい物を作れる者に悪人無し』で終わってしまいました。

スイーツの力、ハンパねーと思う今日この頃です。


ま、それは冗談として。

最初に自己紹介しをした時に魔王さまにガッツリ【鑑定】を掛けられましたから。

鎖国していたからこそ、情報部は活発に動いていたでしょうし。

事前に入国許可を申請していた私の身上調査は完璧にされていたと思います。

それで怪しい所は無いと判定された故、魔国での自由行動が可能なんでしょう。

もちろん、それでも陰ながらちゃんと監視は付いています。

今回はサミーの護衛ということで、いつもより人数が多いですけど。

見られて困ることは何もないので放置プレイ続行中です。



「まあ、これは何ですの?」

「串焼き肉の屋台みたいですね。食べてみます?」

「立ったままで良いのですか?」

「普通はそうみたいです」

 指し示す先では既にウェルとイブさんが食べ始めてます。

では私達もいただきましょう。いざ実食。


「美味しいです」

「本当だね」

 ニコニコと笑いながらサミーもアンナレーナさまも生まれて初めての串焼きのチーズ乗せにご満悦のようです。


焼いた肉や魚にラクレットのように溶かしたチーズを掛けるのが魔国流。

魔国は魔牛のミルクを使った上質なチーズが特産品です。

もちろんバターやヨーグルトなど他の乳製品もどれもコクがあって凄く美味しいです。

屋台街ではそれらをパンに挟んだものや溶いた小麦粉を薄く焼いてチーズを乗せたピザに似たもの、ミルクで煮込んだ野菜のスープなど速くて安いファストフード的なものが多いですね。


甘味はやはりパンケーキにシロップを掛けたものが主流です。

他には各種果実を甘く煮たコンポートや砂糖をまぶした揚げパンみたいなのがよく食べられているようです。


何処の国でもそうですが、市井の生活を知るには常設のお店より屋台を巡った方が好みや物価、情勢などより多くのことが知れます。

しかもこういった場所での噂話は結構な頻度で真実が混ざっていてかなり有用なのです。


ちなみに魔国でのお金の単位はミル。

仕様はウエース大陸とほとんど変わりません。

物価は魔国の方が大分安いかな。


ノース大陸は他の大陸に比べて魔素濃度が高く、私が住む死の森に近い環境です。

なので大した世話をしなくても野菜は勝手にポコポコ生えてくるし、魔獣を狩れば簡単に肉を手に入れることが出来ますので、ほぼ自給自足で暮らせますからね。



「…あれは」

 盛況な串焼き屋台の向かいで一人の女の子が深いため息を吐いています。

どうやら焼きトウモロコシを売っているようですが、まったくと言って良いくらいにお客さんがいません。

試しに1本買ってみましたが…実が古くて硬く甘みもありません。

味付けも塩だけなので余計に素材の悪さが際立ってしまってます。

確かにこれでは売れませんね。


「トウモロコシ…いえ、此方ではロコシでしたっけ。仕入れ先を変えた方が良いのでは?」

 お節介とは思いましたが、そう声を掛けると。

「分かっちゃいるんだけどさぁ。良い奴は高いから」

 つまり質を上げると原価割れしてしまうという訳ですね。


「爺ちゃんから受け継いだ店だからなんとかしたいんだけど。このままじゃあいずれ店を閉めることになりそうだよ」

 お爺さんの時は知り合いの商店が良いロコシを格安で卸してくれていたそうですが、その店主が商売を辞めてしまい伝手が無くなってしまったのだとか。

売値を考えると仕入れ額を上げる訳にもゆかず困っているようです。


「でしたらこのロコシを美味しくしましょう」

「そんなことが出来るの?」

 驚いて聞き返す女の子に、はいと大きく頷いて見せます。


用意する物。

ロコシ、油、塩、蓋つきの平鍋 以上。


まずはロコシを一粒ずつに分けて【乾燥】で水分を飛ばします。

それを熱した鍋の中に油と一緒に入れて蓋をします。

しばらくするとポンポンと弾けてきます。

音がしなくなったら蓋を開け、塩を振りかければポップコーンの出来上がりです。


ちなみに地球産のスイートコーンでは乾燥させても破裂しないのでポップコーンを作ることは出来ません。

作る時は専用の品種のコーンを使用して下さい。


塩の代わりにミルクと砂糖、蜂蜜、バターを入れて煮詰めたソースを絡めてキャラメルポップコーンにしても美味しいですけど、それだと原価が高くなってしまうので、此処は魔国で流通しているメイプルシロップもどきを使います。


「わ、美味しい」

「それに甘い方は香りも良いですわ」

「交互に食べたら止まらなくなる美味しさね」

「うむ、トアが作るものにハズレはないのだ」

 試食してもらいましたらサミー達からも好評を得ました。

もちろん何事かと屋台の周囲に集まってきた人達からも。


「ありがとうっ、これで店を畳まずに済むよ」

 作り方と【乾燥】を教えたら大喜びで手を握ってくれた女の子に、頑張ってねとエールを送って別れました。



それからは竜人国の時とほぼ同じ流れですね。

売れ残ったパンを抱えて困っていたパン屋さんには、ミルクと砂糖、卵を混ぜた卵液に漬けてバターで焼いたフレンチトーストを教えました。

液にちょっとだけラム酒もどきを入れると香り高くなって良いですよ。

砂糖を控えて中にチーズやハムを挟んでから焼くと惣菜にもなりますし。

此方も大いに喜んでもらえました。


サツマイモっぽいものを焼いていた屋台には、オレンジジュース煮を推奨しておきました。

皮付きのまま洗って乱切りにしてオレンジジュースをひたひたに注ぎ、落し蓋をして弱火で煮るだけ。

串などで刺してみてスーッと刺されば出来上がり。

甘酸っぱくて爽やかな新しい味です。


そんな風にアレンジのヒントを与えたり、地球産の料理を教えてあげたりしながら屋台街を一周した頃には、私達はすっかり有名人になってました。


それでなくとも珍しい人族とエルフ族、それに竜人族がそろい踏みなのでメッチャ目立ってましたからね。

でもこれで根回しは完璧です。

商売を始めるのなら市場調査と出店する周囲への根回しは必須ですから。

問題なく此処で屋台を開くことが出来そうです。 





総合評価が 1,100ptを超えました。

本当にありがとうございます。

これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。┗|l`・ω・´l|┛

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