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84、恋人たちのウェディングベル2

 

「お嬢様、ベナアレス先生がいらっしゃいました」

 そうこうしているうちにベナアレスさんが到着したようです。

さて、これからが本番です。


「アンナっ」

 慌てた様子で部屋に入ってきたのは抹茶色の髪に黒い瞳のイケメンさん。

「また発作が起きたと聞いて」

 チェストに隠れ、戸の隙間から見ている私とサミーの前で御令嬢を抱き寄せます。

その様は一枚の絵のようです。

お似合いの2人ですね。


「ごめんなさい、発作は嘘ですの」

「は?…いや、それなら良かった」

 驚きはしたようですが、嘘を咎めることなく御令嬢の無事を喜ぶあたり良いお医者さまですね。

人柄も良好のようで何よりです。


「だったら何故?しかもこれから婚儀があるというのに…」

 少しばかり辛そうに言葉を綴るベナアレスさん。

おお、こっちも御令嬢のことを憎からず思っているようです。

しかし身分と立場が邪魔をして…ってところでしょうか。

この世界に恋愛小説家がいたら泣いて喜びそうな設定です。


「はい、その婚儀の前にどうしてもお聞きしたいことがありましたの」

「…私に?」

 怪訝そうなベナアレスさんに小さく頷くと、御令嬢は不安げな顔でチェストの方へと視線を向けます。

そんな御令嬢を応援すべく、私とサミーが戸の隙間から行けっと無言で拳を突き出します。

その様に覚悟を決め、御令嬢は大きく息を吸うと一世一代の告白を口にしました。


「わたくし…ずっとベナアレスさまをお慕いしておりました。これからも、この先も愛する方は貴方だけです」

「あ、アンナ」

 御令嬢の告白に盛大に驚いた後、彼は小さく息を吐いて常識的な答えを返します。


「婚儀の前で気が高ぶってそんなことを口になされたのでしょう。今の言葉は忘れますので…」

「ベナアレスさまがお忘れになっても、わたくしは一生この言葉を胸に抱いて生きてゆきます。自らの心に嘘を吐きたくはありませんもの。後悔したくはないのです」

 女に此処まで言わせておいて逃げるのなら、それまでの男です。

さて、ベナアレスさんの返事は如何に?


「…本当なら此処で貴女に婚儀の祝いを言うべきなのでしょうが。その言葉は口に出来ません。私も後悔はしたくないですから。私、ベナアレス・ヒューリーはアンナレーナさまを愛しております」

「ベナアレスさまっ」

 御令嬢から歓喜に満ちた涙が溢れ出ます。


「よっしゃー!」

「やったー!」

 思わずサミーと2人してチェストから飛び出してハイタッチを交わします。

「さ、サミュアレイス殿下っ!?」

 突然の王子の登場にベナアレスさんの顔からザザッと血の気が引きます。

まあ、無理もありません。

王子の花嫁になる令嬢に告白したところをバッチリ見られたんですから。

不義密通で処罰されても文句は言えません。


「殿下ッ。此度のことはすべて私の責、アンナレーナさまには咎はありません。罰するならどうか私だけをっ」

 咄嗟に御令嬢を自らの後に隠し、そんなことを叫ぶベナアレスさん。

うん、よか男ですな。

サミーの姿を見た時の御令嬢のように、突発的な状況に置かれるとその人の本性が現れますからね。

アンナレーナさまを愛していると言う言葉に嘘は無いようです。


「その必要はないよ。僕はアンナレーナの恋の応援隊だから」

「は?」

 サミーの言葉にベナアレスさんが思いっきり呆けます。

「初めまして、人族の薬師でトワリアと申します」

 予想外の事態に呆然としているベナアレスさんの前で淑女の礼を取り御令嬢に向き直ります。

「思いが叶って良かったですね、アンナレーナさま」

「はい、トアさんと殿下のおかげです」

 幸せに満ちた笑みを浮かべる御令嬢に頷き返してから、これからの事を相談してゆきます。


「お二人の気持ちがはっきりしたところで、まずは今日の式を延期させましょう」

「そんなことが出来るのですか?」

「はい、お任せ下さい」

 驚いて聞き返す御令嬢の前でポンと胸を叩いて請け負います。


「その後でお二人が結婚するのに障害となる問題を順番に片付けてゆきます」

「いや、待ってくれ。そう簡単に…」

 漸く頭が再起動したベナアレスさんが言葉を挟んできました。

「サミーからこの婚儀についての大体の状況は聞いています。確かにお二人が結ばれるのは簡単なことではありませんが、出来ないことでもありません」

 断言する私に御令嬢は期待の眼差しを、ベナアレスさんはまだ疑い半分の目を向けます。


「ですが私に出来ることはあくまで手助け。頑張って道を切り開くのはベナアレスさんとアンナレーナさまです。かなり無茶なこともしますが、それでも遣り遂げる覚悟はお有りですか?」

 その問いに嬉し涙に濡れる御令嬢の瞳を見つめてからベナアレスさんは毅然と顔を上げます。

「分かった。アンナは必ず私が幸せにしてみせる」

「ベナアレスさまっ」

 感激して再び泣き出してしまった御令嬢を優しく抱き寄せるベナアレスさん。

ラブラブで何よりです。




回想終了。

さて、まずは魔王さまから婚儀延期の確約をいただきましょうか。


「そこで父上にお願いがあるのですが」

「何だ?」

 サミーの申し出に魔王さまが訝し気に此方を見ます。

「恩人であるトアは料理がとても上手いのです。彼女をアンナレーナの料理の師に迎えて教えてもらえたらと」

「ふむ…」

 値踏みするように私を見る魔王さまの前で淑女の礼を取りながら口を開きます。


「トワリアと申します。転移結晶にて魔国にまで飛ばされてまいりました人族の薬師です。私の為人(ひととなり)は自作しました菓子を味わっていただくことで知ってもらえれば幸いです」

「菓子だとっ?」

 お、早速食いつきましたね。

さっきの『焦がしバターが香るフィナンシェ』という撒き餌の効果はバツグンのようです。


竜人が辛い物が好きなのとは反対に、魔族は甘い物…特にスイーツに目が無いとサミーや御令嬢に教えてもらいました。

という訳で謁見場に持ち込んでもらった大テーブルに、アイテムボックスにあるスイーツを取り出してゆきます。


まずは季節の果物を使った彩りも鮮やかなフルーツタルト。

真っ赤なベリーと白いクリームのショートケーキ。

ほろ苦な大人の味のガトーショコラ。

シナモンが利いた焼き色が綺麗なアップルパイ。

生クリームとカスタードが2層になった皮カリカリのシュークリーム。

クリーミーな甘さ控えめパンプキンパイ。

2種類の栗とナッツのモンブラン。

クリームチーズたっぷりのベイクドチーズケーキ。

香り高いオレンジとチョコのムース。

しっと~りふわふわフルーツロールケーキ。

表面をパリパリに焼いた絶品クリームブリュレ。

新鮮卵の濃厚とろとろプリン。

ミルクとベリーとチョコとミントのアイスクリーム。


これらをケーキは2ホールずつ、シュークリーム、ブリュレ、プリンは30個、アイスは各種を大きなガラスのボールに山にして用意してもらった取り皿とフォーク、スプーンと共に並べます。

取り敢えず今回のラインナップは洋菓子にしてみました。

和菓子は次の機会の隠し玉にしておきます。



スイーツを出すたびに騒めいていた室内が、今は水を打ったような静寂に包まれています。

その誰もが目の前に並ぶ菓子たちに釘付けだからです。


「このように美しい菓子は初めて見ますわ」

 王妃さまがうっとりとした様子で言葉を綴ります。

「う、うむ…早く味わいたいものだ」

 その隣でコクコクと頷く魔王さまの口元から涎が垂れているのは、見なかったことにしておきます。


手早く人数分のハーブティーを淹れ、それが全員に回ったのを確認してからスタートの合図を送ります。

「では皆さま。どうぞお食べ下さ…」

「「「うぉぉっ!」」」

 みなまで言う間もなく、魔王さまを先頭に部屋中の人がテーブルに突進してゆきます。

何処の欠食児童ですか。

しかも物凄い勢いでテーブルの上の菓子達が消えてゆきます。

甘い物に目が無いとは聞きましたが、これ程とは。


「魔王さま、それはさっき食べたではないですか」

「そうです。二度取りはズルいです」

「う、うるさい。これは私のだっ」

「あなたっ、いい加減になさいませっ」

「そういう王妃も皿にキープしておるではないかっ」

「わたくしと皆の者とでは食す速さが違うのです。確保して何が悪いのですっ」


「………………」

「えっと、トアのお菓子が美味し過ぎるからだからね。普段はみんなちゃんとした人達だからっ」

 思わず無言になる私の横でサミーが必死に弁護してますが、この騒乱を前にすると首を傾げてしまいますね。


ですが後で聞いたら魔国のお菓子はパンケーキのような物に蜂蜜や果実などをトッピングしたものやクッキーみたいな焼き菓子が主流だそうで。

私が出したような生クリームやチョコを使い技巧を凝らした物は初めて見たし、しかも食べてみたら思わずトリップしてしまうほど美味しかったそうです。


地球世界でも他国と比べて日本ほどスイーツが多種多様で、そのレベルが高いところはありませんから、だとしたら魔王さまたちの狂乱ぷりも納得です。




「ではトワリア殿、アンナレーナ嬢のことをお願い致します」

「はい、(うけたまわ)りました」

 満足げな顔の宰相さまの言葉に軽く頭を下げて答えます。

ですが誰か頬に付いたままのクリームのことを教えてあげて下さい。

せっかくのダンディが台無しです。


おかげさまで私が作った菓子は余程みなさんの口に合ったようで、反対の声一つ無く御令嬢の教師役に就任出来ました。

「授業で作りました菓子は此方にお届けしますので、感想をいただけますでしょうか」

「おお、それは楽しみだ」

 メッチャ嬉しそうですね、魔王さま。


「それと先程お話しましたように竜人国に置いてきた連れが心配をしていると思いますので」

「分かっておる。早急に連絡を遣ろう」

「ありがとうございます。それでは御前を失礼致します」

「アンナレーナの家まで僕が送るよ」

 申し出てくれたサミーの後を付いて謁見場を後にします。


これで御令嬢が料理を勉強中の間は婚儀は延期と決まりました。

その間に外堀を埋めてゆきます。

まずはアンナレーナさまのフリオレア侯爵家の問題を片付けましょうか。






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― 新着の感想 ―
[一言] 御殿医って事はベナアレスはそれなりの 年齢だと思うけど、その年齢差は気にならないの?
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