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83、恋人たちのウェディングベル


はい、ここで少しばかり時間を(さかのぼ)ります。


夜が明けるのを待って、サミーと共に王都を目指し出発です。

「何してるの?」

 バッグから手ごろな太さのロープを取り出したらサミーが不思議そうに問い掛けます。

「サミーにこれで吊るして王都まで飛んでもらおうかと」

 つまりミノムシ式運搬法ですね。

「それよりさ…この方が速いと思うよ」

「うひぃぃ」

 いきなりの事態に変な声が飛び出します。

いや、だってお姫様だっこですよ。


「さ、サミー、いくらなんでもこれは…」

「大丈夫、トアは小さくて軽いから」

 にっこり笑顔でサミーが此方のプライドを容赦なく粉砕してくれます。

ええ、確かに14にしては小柄ですよ。

何しろあのクズ伯父の所為で10歳から13歳までマリアはロクな食生活をおくってませんでしたから、同年代の子と比べて成長が悪いんです。

で、でもマリアの母親のマリーさんは165cm以上はあったのでまだこれからです。

諦めてませんから、目指せ160台です。


という訳で姫抱きという羞恥プレイを受けつつ何とか王都に到着。

途中で鳥系の魔獣に二度ほど襲われましたが、そこは【真空チルド】で撃退しました。

初めて見る魔法にサミーが『カッコイイ』とやたらと褒め捲ってくれましたが、お願いですから興奮して手を振り回すのは止めて下さい。

地上めがけて落ちた時は、マジで一回死んだと思いました。

何とか途中で拾ってもらえたので事なきを得ましたけど。



「此処にアンナレーナさまがいるのですか?」

「うん、そこの出窓がある部屋だよ」

 サミーが指さす先にあるのは豪奢なお屋敷。

その一角にある窓辺へ二人してふわりと着地します。

中を覗くと…白銀の髪に赤い瞳の美少女が椅子に座っていました。


「あちらがアンナレーナさまで間違いありませんか?」

 その問いにサミーが大きく肯定の頷きを返します。

見掛けの年頃は15,6歳。

小柄で儚げな様は庇護欲をそそり、とても78歳には見えません。

魔族って本当にいろんな意味で反則だと思います。


趣味が読書と聞いた通り、部屋の一面は書棚になっていて千を超える本で埋まっています。

お、魔界薬草図鑑に魔法薬学辞典を発見…読んでみたい本が満載です。

ご自分が病身だったからでしょうか、医療に興味があるらしく薬学関係の本が多く収蔵されてますね。

事が終わったら貸してもらえないかお願いしてみましょう。


そんなことを考えていたら辺りに深いため息が響きました。

見れば令嬢の顔色は悪く、酷く落ち込んでいるようです。

今日、結婚式を挙げる女性がする顔ではありませんね。


「随分と悲しそうですね。まるで結婚したくないように見えますが」

「…うん、おかしいな。僕の前では楽しみだと言ってたのに」

 サミーも令嬢の様子に驚きを隠せないようです。

とにかく話をしてみましょうか。


コンコンと軽く窓をノックすると御令嬢が顔を上げ、次には驚きで目が真ん丸に見開かれます。

「サミュアレイス殿下っ!?」

 小さく叫ぶなり窓辺に駆け寄ってきます。

「入ってもいいかな?」

「は、はい」

 慌てた様子で瑠璃ガラスの窓を開けて私達を招き入れてくれました。


「どうして此方に?」

「アンナレーナに謝りたくて」

「え?」

 訳が判らないと言った顔をする相手に、サミーが深々と頭を下げます。

「上辺の付き合いばかりで、僕はちゃんと君と話し合おうとしなかった。

そのことを謝りたいんだ。本当にゴメン」

「そ、そんな。どうか頭をお上げ下さいっ」

 悲鳴に近い声を上げて御令嬢がサミーの前に(ひざまづ)きます。


今の遣り取りだけですがサミーの話のようなワガママな様子は見受けられず、常識のあるごく普通の御令嬢にしか思えませんが…。

どうやら此方も何やら事情があるようです。


「取り敢えず座りませんか?」

 このままだと(らち)が明きませんので、傍らのテーブルを示しながらそう提案しましたら。

「貴女は?」

 漸く私を認識した御令嬢から不思議そうな視線を送られました。


「トワリアと申します。人族の薬師です」

 言いながら身分証を見せましたら途端に御令嬢の顔が輝きます。

「まあ薬師の方でしたの!わたくしも薬師を目指して勉強をしてますの」

 嬉々として言葉を綴る様は、憧れの職種の者に会えた喜びに満ちています。

おかげで不審者扱いされずに済みました。



「此処でお互いの想いをきちんと確認した方が良いと思うのですが」

 私とサミーの出会いを簡単に説明してから、目の前に座っている2人を促します。


「はい、その…殿下には申し訳ないのですが、わたくしには殿下のようなお年頃の方と夫婦になるには…その」

 言いにくそうに言葉を綴るアンナレーナさま。

気持ちは分かります。

人で言ったらアラサーと小学生の結婚ですからね。

地球だったら完全に犯罪です。

恋愛対象として見れないのは無理もありません。 


「うん、それは僕も同じだから謝ることはないよ」

「…すみません」

 ニッコリ笑うサミーに、御令嬢は恐縮した様子で再び頭を下げます。


「それでワガママ作戦ですか?サミーが貴女を嫌って婚約破棄を言い出すように仕向けた訳ですね」

 下位である侯爵家から王家に縁談の断りを入れる訳にはゆきませんからね。

「そうなの!?」

 驚くサミーに、はいと小さな声で御令嬢が頷きます。


「ですが殿下はお優しくて…私がいくら酷いワガママを言っても笑って許して下さって…今日の日を迎えてしまいました」

 その言葉に逃げ出したサミーがバツが悪そうに窓の方へと視線を向けます。


「結婚したくないのはサミーを恋愛対象として見られないことと、ゆくゆくは薬師として身を立てたいという望みがあるから…ですよね」

「はい」

「本当にそれだけですか?」

 さらに聞いてみると御令嬢の頬が僅かに赤く染まります。

あー、これは本命がいますね。


深窓の御令嬢であれば近くに居られる異性は限られてきます。

サミーから聞いたワガママっぷりは板についていましたから、以前は本当に甘やかされて思いのままに過ごしてきたのでしょう。

それが改善されていると言うことは、親身になって叱ってくれた相手がいたということ。

それが出来る身分の人で、御令嬢が薬師を目指しているということを総合すると。


「意中のお相手は…主治医の方ですか?」

「な、何故それをっ!」

 どうやら予想が的中したようで、御令嬢が顔を真っ赤にして勢い良く立ち上がります。


「べ、ベナアレスさまとはそんな…わたくしが一方的に想っているだけで」

 おたおたと言い訳している御令嬢を放置し、サミーへと向き直ります。

「ベナアレスさんとはどんな方です?」

「僕も一度会ったことがあるよ。誠実そうな人で、彼の父君は王宮侍医で勇者病に罹って死にかけた父上を救ってくれた恩人なんだ」

 昔で言う御典医のような方ですね。


「他にも国中に流行った勇者病を先頭に立って治して回った救国の主ってことで民からも凄く慕われてるんだ」

「でしたらそのご子息も?」

「うん、病に罹ったら誰でも分け隔てなく診てくれるから人気者なんだ」

「その通りですっ。ベナアレスさまほど医療に従事することへの誇りと重責を知っている方はおりません。わたくしのことも親身になって診て下さって身体だけでなく心の方も…ワガママであることを諫め、真の令嬢とは弱き者を労わる優しさを持つのだと、わたくしの目を覚まさせて下さいました」

「そ、そうなんだ」

 立て板に水のごとくベナアレスさんのことを捲し立てるアンナレーナさま。

その迫力にサミーがドン引いてます。

さすがは恋する乙女。


「ではそのベナアレスさんを此処に呼んでいただけます?御令嬢が急病と言えば来てくれるでしょうから」

「で、ですが…ご迷惑では。わたくしがお慕いしているだけでベナアレスさまは、わたくしのことなど患者の一人としてしか見ておられないはずです」

 自分で言ったことに落ち込み、御令嬢が顔を曇らせます。


「それで良いのですか?」

「え?」

「そうやって御自分の心に蓋をして遣り過ごしたままで本当に良いのですか?与えられたものだけに満足して、最初から諦めて何もしないままで。本当に欲しいものは自らが死に物狂いで戦って勝ち取ることでしか得られません。それが出来ないのなら、貴女は一生、何一つ、自分の力で手に入れられないまま終わってしまいます」

「…わたくしが本当に欲しいもの」

「此処できちんとした返事をいただけないと一生後悔しますよ」

 私の言葉にしばらく逡巡(しゅんじゅん)してから、最後は覚悟を決めたように顔を上げます。


「分かりました」

 小さく息を吐いてからメイドを呼び、ドア越しにベナアレスさんを呼んでもらえるよう伝えます。

「頑張りましたね。では到着までお茶でも飲んで待っていましょうか」

 勇気を振り絞って行動を起こしたことを誉めつつ、アイテムボックスからオリジナルブレンドのハーブティーと早朝ということで軽めのニンジンとほうれん草を混ぜ込んだ野菜クッキーを出します。


「綺麗なオレンジと緑のお菓子ですのね」

「はい【粉砕】の魔法で細かくした野菜を入れて焼いたものです。栄養価も高いですし、胃腸がまだよく動き出していない朝に食べるには丁度良いかと」

「凄いね。ただのお菓子なのにそんな深い(ことわり)があるなんて」

 ニンジンクッキーを摘まんでサミーがまじまじと見つめます。


「私の故郷には『医食同源』という食事によって病を防いだり治したりするという考えがあるんです。健康であるにはまずは食からですから」

「素晴らしいですわっ。同じような事をベナアレスさまもおっしゃっておられました。それに感銘を受けてわたくしも料理を始めたのですが…」

 御令嬢の声がだんだんと小さくなってゆきます。

そういえば殺人レベルのポイズンクッカーでしたっけ。


「普段はどのように料理を?」

 ポイズンクッカーになってしまう原因は、だいたいがレシピを無視してオリジナルなアレンジをするからです。

此方のほうが美味しそうだという根拠のない思い込みで、まったく別の調味料に例えばケチャップをタバスコに変えてしまったりします。

しかもパンチがある方が良いと大さじ2を5にしたりと勝手に使う量を変えます。

もしくは測りもしないで目分量で盛大に鍋に投下します。

そういった人に限って途中で味見をしません。

で、出来上がるのが激マズな料理という名のアート作品です。


「教えてもらった通りに作っているはずなのですが…」

 困り顔の御令嬢から手順を聞きますが、これと言っておかしなことはしてないようです。

ちゃんと味見もしているようですし…。

何故、そんな殺人レベルにと考え込んでいたら、最後に御令嬢から謎の証言が。


「美味しくなるように乳母やから聞いたおまじないもしてますのに…」

「おまじない…ですか?」

「ええ、作りながら料理に向かってこう唱えますの『美味しくなあれ』と」

 言いながら人差し指を立ててクルリと回してみせます。

何処のアキバメイドですかと心の中で突っ込みつつ、御令嬢の指先を見つめます。

僅かですが魔力の揺らぎを感じたのですが…まさか。


「このサンドパンにおまじないをしていただけますか」

 差し出したのは私作のレタスとベーコンとチーズ、トメトを挟んだ物です。

「構いませんが」

 小首を傾げながら『美味しくなあれ』をやってくれました。


「こ、これって…」

「やっぱりですか」

 なんということでしょう、見る間に普通のサンドイッチが人外魔境食品に。

その変化にビビるサミーと確信する私。

「ポイズンクッキングの原因はその『おまじない』だったみたいです。指を振る時に無意識に魔力を放出して、その影響で食材が変異してしまったんですね」

 試しに指を振らずに言葉だけでやってもらいましたら、此方は変化なし。

御令嬢の潜在魔力が下手に高い分、その影響は絶大だったようです。


「…そうだったのですね」

「取り敢えず指を振るのは止めておきましょうか」

 その方が世界平和の為だと思いますよ。

ちなみに問題のサンドパンはスタッフならぬ魔王様が美味しくいただきましたので無駄にはなりませんでした。

良かったです。






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