82、今度こそ行くぜ、魔国
「では今日はもう遅いですから、朝一で魔王国に向かいアンナレーナさまに会いましょう」
「ええっ、それじゃあ結婚させられちゃうよっ」
「大丈夫です、私に策があります」
自信たっぷりに言い切った後、作戦を説明するとサミーは笑顔で承諾の頷きを返してくれました。
「そうと決ればさっさと寝ましょう。明日は早いですから」
「あ、うん」
まだ不安そうですが、サミーも覚悟を決めたのか大きく息をついて纏っていたマントを毛布代わりに広げます。
え?若い男女が一つテントで寝て良いのかって?
それは大丈夫です。
サミーは17歳ですが、人族で換算したら10歳くらいの子供です。
それに私も中身は立派なオバちゃんですからね。
息子や孫みたいな感覚なので、どうこうなる訳がありません。
「そうそう、人化の術は解いて下さいね。魔力の消費は抑えておいた方が良いですから」
私の言葉にサミーが戸惑った顔で見返してきました。
「えっと、いまさらだけど…怖くないの?」
「本当にいまさらですね。サミーは見境なく戦いを挑むような短慮な魔族ではないと信じてますから」
「…ありがとう」
照れたように笑った後、サミーの姿が陽炎のようにブレ出します。
次にはヤギに似た金色の角と背中に広がる3対…6枚の黒い翼が現れます。
深紅の瞳はしっかり蛇眼、髪だけは変わらず紫紺のままでしたけど。
「おお、カッコいいっ」
まさしくファンタジーに出てくる美形魔族そのものですね。
後でその艶やかな翼を撫でさせてもらえるよう頼んでみましょう。
「そ、そうかな」
お、赤くなった。
こんな言葉は王子なら飽きるほど聞いていると思いますが…純で可愛いです。
「人族って…その、狡猾で簡単に裏切る者ばかりだから気を付けるようにって言われてたけど」
「いえ、悲しいことですがそういった人族の方が圧倒的に多いです」
120年前に行われた人魔対戦。
腐れ勇者がもたらしたインフルエンザの被害は甚大で、つい最近まで国を閉じねばならないほどでした。
ですから魔族が人族を良く思わないのは仕方のないことです。
「でもトアはそうじゃないんだね」
「どうでしょう、私だってサミーに取り入ろうと甘言を用いているだけかもしれませんよ」
この王子様、育ちが良いからでしょうが他人を簡単に信用しすぎだと思います。
きっと周囲は優しい人ばかりだったのでしょう。
ですから少しばかり揺さぶってみましたが。
「そんなことないよ、トアはそんな者じゃない」
「どうしてそう思うのですか?」
「だってトアは友達だ。僕の友が悪い奴なはずがない」
ストレートど真ん中、きっぱりと言い切るサミーに今度は此方が赤くなります。
「それに本当に騙すつもりならもっと上手く立ち回って、おべっかしか言わない。ましてや忠告なんてしないだろう。だから信じられる」
妄信ではなくちゃんと理由ありでの信用ですか。
しっかり執政者教育の成果は出てますね、良かったです。
「ありがとうございます。では私も友として出来る限りのことをさせていただきます」
サミーのために頑張りましょう、とは言ってもそこはgive and takeです。
「代わりといっては何ですが…事が終わったら魔王様と個人的にお話をさせていただけます?」
「構わないと思うけど…何で?」
「これでも商会の取締役なので、魔国と正式に商売がしたいのです。さっきの料理やお菓子のような他にもいろいろと珍しい物や役に立つ物を魔国に紹介したいんです」
「もっと美味しい物や珍しい物っ?うん、分かった。父上にお願いしてみるよ」
「はい、よろしくお願いします」
まさしく情けは人の為ならずですね。
思わぬところで魔国首脳部へのパイプが確保出来ましたよ。
これってやっぱりステータスにあるSSクラスの強運のおかげですかね。
神様に感謝です。
ですがこれで腐れ勇者についても当事者から話を聞くことが出来ます。
魔王さまに負けた後で、いったい何があったのか。
「サミュアレイスが戻ったとっ?」
昨夜より行方知れずとなっていた王子の帰還に王城は沸き返った。
「すぐに此処に呼べっ」
魔王の言葉に、足早に魔騎士たちが広間を後にする。
やがて王子が姿を現わしたが、その傍らには何故か人族の娘が控えていた。
「サミュアレイス、いったい何処に行っておったのだ。王子とあろうものが軽挙にも程があろう」
「申し訳ございません」
魔王の叱責に王子は片膝をつき、深々と頭を下げた。
「良いではありませんか、こうして無事に戻ってきたのですから」
庇うように魔王の隣に座っている王妃が声を上げる。
「いや、しかしだな」
「それよりも王よ、今晩のフリオレア侯爵令嬢との婚礼の儀でございますが」
斜め前に控えていた宰相がチームワーク良く話題を変える。
さすがは魔王さま、迫力満点です。
筋肉もりもり、金の目と角、黒い髪にコールマン髭が実にダンディ。
対照的に王妃さまは細面な美人、艶やかな紫の髪と赤い瞳にコウモリに似た翼がお似合いです。
サミーは母親似ですね、良かったです。
「その者は?」
気配を消して周囲をそれとなく観察していたら、王妃様とバッチリ目が合いました。
「魔の森にいた僕を助けてくれた恩人です」
サミーの言葉に魔王夫妻もですが、周りにいた貴族や魔騎士さん達が目を剥きます。
「魔の森だとっ?」
「よくご無事でっ」
ああ、やっぱりあそこは魔族でも危険地帯判定なんですね。
そんなところに飛ばしてくれた青リーダーには、戻ったらたっぷりとマジ説教してあげましょう。
ですが私が本気でお説教を始めると周囲に誰もいなくなるのは何故なんでしょう?。
最初は面白がって見物していたサンダー君も、最近では自分がやられている訳でもないのにお説教が始まると半ベソ掻いて逃げ出すようになりました。
謎です。
「どうしてそのような場所へ行ったのだ?」
「それは…」
ちらりと私を見てから、サミーは意を決した様子で問い掛けた魔王さまを見返します。
「魔の森ならば簡単に見つからないと思ったからです」
「何だとっ、どういうことだ!?」
毅然と言葉を返すサミーに魔王さまは驚きと怒りの混ざった顔を向けます。
「今日の婚礼の儀に出たくなかったので」
「何故だっ?何が不満だというのだっ?…確かに歳は離れてはおるがアンナレーナは素晴らしい令嬢ではないか」
「素晴らしい令嬢、父上はそうおっしゃるのですね」
「む、無論だ」
「では…此方を」
言いながら私の方を見るサミーにアイテムバッグから取り出した皿を渡します。
「こ、これはいったい何だ?」
さすがの魔王さまも思いっきり腰が引けてますね。
「アンナレーナが作ってくれたサンドパンです。私はもういただきましたので此方は父上がどうぞ」
サミーから渡された皿を前にして魔王さまが唸ります。
ですよねー、パンは普通ですが…。
そこからはみ出しているモノはとても食べ物とは思えません。
目に痛い蛍光ピンクの何かと腐った沼色の何か。
しかもその匂いたるや…お酢と唐辛子と焼けたゴムが混ざったらきっとこんな感じでしょう。
「いや、しかしこれは…」
「父上は先ほど、アンナレーナを素晴らしい令嬢とおっしゃいました。その令嬢が心を込めて作った物を食べられないのですか?」
「わ、分かった。…いただこう」
覚悟を決めた様子で魔王さまはサンドパンを手に取り。
しばし視線を彷徨わせた後…それを丸飲みにしました。
噛みたくない気持ちは分かりますが、それは無謀ですよ。
とたんに魔王さまが白目を剥いて胸を掻きむしり出し…あ、泡を吹いて倒れた。
「へ、陛下っ!」
「お気を確かにっ!」
慌てて側近さん達が駆け寄ります。
「息をしておられんぞっ」
「早く主治医をっ!」
凄いなー、さすがはポイズンクッキングの女王。
腐れ勇者も倒せなかった魔王を一撃で葬りました。
「と、トア」
予想以上の威力にサミーが真っ青になってこっちを見ます。
「大丈夫ですよ」
安心させるように笑みを返すとバッグから最上級の毒消しを取り出します。
「貴様っ、何を!?」
私の動きに気付いた魔騎士の一人が叫びますが、その前に魔王さまの口の中に毒消しを流し込みます。
「う、ううぅ」
どうやら無事に意識を回復したようです。何よりです。
「父上、大丈夫ですか?」
人心地ついたのを見計らってサミーが問い掛けると、ああと魔王さまが力なく頷きます。
「お口直しに此方をどうぞ」
差し出された見慣れぬ菓子をいぶかしみながらも、1つ摘まんで口にします。
毒味をしなくて良いのかと思いましたが…。
どうやら魔王さまも私と同じ鑑定持ちのようです。
「こ、これは」
菓子を口にした途端クワッと目を見開き、すぐさま2つ、3つと幸せそうに食べてます。
さっきの殺人級のサンドパンの後ですからそれは美味しいでしょう、その『焦がしバターが香るフィナンシェ』は。
何しろイブさんが狂喜乱舞した逸品ですからね。
バターがほど良く利いていて甘さ控えめ、口の中でホロホロと崩れてゆく様は三千年生きてきて初めて味わった美味しさだと絶賛していただきました。
作り方は超簡単。
1.小さめの鍋にバターを入れ、火にかけて焦がしバターを作ります。
2.ボールに薄力粉とアーモンドプードルを入れ、しっかりとダマが無くなるまで撹拌します。
3.卵白・砂糖・はちみつを別のボールに入れて泡立器で卵白のコシを切るように混ぜながら砂糖を溶かしていきます。
4.2つをヘラで底に押しつけるようにして混ぜ合わせます。
この時グルテンが発生しない様、混ぜ過ぎに気を付けて下さい。
5.粉っぽさが無くなったら焦がしバターを加えます。
6.溶かしバターをムラなく塗った型に生地を流し入れ、200度に予熱したオーブンで15分程焼いたら出来上がりです。
あまりの魔王さまのガッつきに王妃さままでやって来て。
「まあ、こんなに美味しいお菓子は初めてですわ」
感歎の声を上げ、魔王さまの手から菓子を奪うと宰相さんや他の貴族さん達に振る舞い出しました。
「おおっ!」
「何と美味なることかっ」
追加で出した物も、あっと言う間に消えてゆきます。
大好評のようで良かったです。
「父上、僕はアンナレーナと結婚したら毎日この料理を食べなくてはなりません。彼女の趣味は読書と料理ですから」
「そ、そうなのか…」
場が和んだところでのサミーの発言に、ブルッと魔王さまは身を震わせました。
さっきのサンドパンの味を思い出したようです。
周囲の貴族さん達も気の毒そうにサミーを見つめます。
「ですから婚儀はアンナレーナの料理の腕が上達してからにしていただきたいのです」
「う、うむ…」
何しろ命に関わることですから、その申し出に魔王さまも考え込みます。
まあ、ここらが落としどころだと思います。
婚儀の中止ではなく延期。
これなら政治的にも対外的にもそう波風が立つこともないでしょう。
その間にいろいろと根回しが出来ますからね。
では作戦を次のステージに移しましょうか。
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本当にありがとうございます。 <(_ _)>
これからも少しでも楽しんでいただけるよう頑張ります。