81、魔国の王子様
「で、改めて紹介いただけます?」
落ち着いたところを見計らってそう声をかけると、サミーは焦った様子で話し始めました。
「そ、そうだね。僕はサミュアレイス・フォルネウス、魔王国第3王子だよ」
「その王子殿下が何故に?」
「僕は…その、逃げ出してきたんだ。どうしても我慢できなかったから」
「何をです?」
「婚約者のわがままが酷すぎて」
「…失礼ながら、殿下は今おいくつで?」
「サミーでいいよ、17だけど」
「ちなみに婚約者令嬢の年齢は?」
わがままと言うくらいだから幼いのかと思って聞いてみたら。
「78歳」
「はい?」
「だから78だってばっ」
何ですか、その年齢差。
さすがの私も驚き、桃の木、山椒の木です。
確かに戦闘種族である魔族は、戦える期間を長く保つために身体年齢が20代で止まり、寿命も300~400歳ほどと魔族研究読本にありましたが….
地球だったらお婆ちゃんと孫ですよね。
まあ王族の結婚なんて政治が深く絡むものですから、本人の意思や希望は完全無視なのも仕方ありませんが、それにしてもこれはあんまりな縁談です。
思わずポンとサミーの肩を叩かせてもらいました。
少しでも元気が出るように。
「それでその78歳の御令嬢はどれくらいわがままなんですか?」
その問いに、よくぞ聞いてくれたとばかりにサミーはその所業を話し出し
ました。
他の女の子と話しただけで浮気と疑われ、しつこく責められる。
毎日、手紙をよこせと強要される。
髪形を変えたり新しいドレスを着てきたことに気付かないとネチネチ文句を言われる。
会えない状態の時に『会いたい』とせがみ、止む無く断ると『魔王様に言いつける』と脅す。
彼女の意見に賛同しない、もしくは否定すると『愛していないのか』と泣き喚く。
「成る程…本当に凄いですね」
多少のわがままなら可愛いものですが、これだと確かに逃げ出したくなるのも分かります。
「それで王宮を飛び出したんだけど…生まれて初めて一人になって急に心細くなって」
確かに王子ともなると常にお付きの者が側にいますから、不安なのも仕方ないですね。
「そんな時に灯りが見えて思わず声をかけた訳ですか」
「うん、気配から人族なのは判ったから人化の術を使ったんだけど」
「お気遣いありがとうございます」
「無駄に終わったけどね」
ちょっと情けなさそうに笑う顔は実に可愛らしいですね。
「それで?、これからどうするおつもりです?」
「どうしよう?」
聞いているのは此方なんですけどね。
けどその不安で一杯の瞳を向けられると、何とかしてあげたくなりますね。
「サミーはそのわがまま令嬢とどうなりたいんですか?」
「出来たら婚約を解消したい」
「ですよねー」
私も男だったらそんな御令嬢と結婚なんて御免被りたいです。
ましてやサミーたち魔族は人族よりはるかに寿命が長く、結婚したら数百年をその御令嬢と夫婦として過ごさなくてはならないのです。
「…地獄ですね」
「そうなんだよーっ」
思わず呟いた言葉に、サミーが半泣きで縋り付いてきました。
「それにさ、わがままも凄いけど…もっと凄いことがあって」
サミーが逃げ出すレベルのわがままよりも凄いとは?
「彼女の手料理なんだけど」
「…何となく想像が付きます。料理という名の暗黒物質製造ですか?」
「いや、黒く焦げるくらいなら可愛いものだよ。僕、何度も殺されかけたから」
「…ポイズンクッキングの方でしたか」
「普通の食材を使っているはずなのに、どうしてあそこまで凄い物が出来るのか本当に謎だよ。この前、作ってくれたスープなんて勝手に動いてたからね」
「新たな生命体創造まで行きましたか。神ですか?」
「どっちかと言うと悪魔だと思う。スープの匂いを嗅いだだけで3日間意識不明に
なったし」
「それだと結婚式の次の日が葬式になりますね。もしかしてそれを狙っているんですか?」
「だったらとっくに婚約破棄してるよ、そうじゃないからややこしいんだ。信じられないけど彼女に悪気は一切ないらしい」
「逃げ場なしですか。…ちなみに結婚はいつ頃の予定ですか?」
「…明日」
「はい?」
「だから明日だってっ!」
なんですとーっ。
本当に切羽詰まった状態だったんですね。
「こうしていても時間の無駄ですから、改善策を考えましょう」
「改善なんて出来るの?」
思いっきり疑いの眼差しで見られてますね。
「此処でじっとしていても何も変わりませんからね。それに逃げたところで問題は無くなりません。一時は良くても最終的にはそのツケを払わなくてはなりませんから。ならば逃げずに向き合った方が建設的でしょう。まずは問題の根源について考察しましょうか。どうして御令嬢はそこまでわがままなのか?」
「理由なんてあるとは思えないけど」
「さて、それはどうでしょう。本で読んだ知識だけですけど参考になりそうなことなら教えられますよ」
「ほ、本当ッ!?」
「ええ、まずは…」
人差し指を顎に添えながら、前世で読んだセミナー本の一説を披露します。
わがままな女性は、自分の意見が一番だと考えています。
相手と意見が分かれてしまっても、決して自分の意を譲ろうとしません。
『何であっても私を尊重するべき』という強気な考えを持っているため自分の考えを押し通そうとするのです。
そんな女性にありがちなのが、否定だけして代替案を提示しないことです。
嫌だと首を振った後、それからどうしたいのかは口にしません。
このように具体的な解決方法を言葉にしないので、相手を酷く困らせます。
男性からすると彼女という存在は一緒にいて癒されるもの、楽しさや嬉しさなど様々な感情を共有するもの、お互いを支え合って良い関係を築くものなので、女性がわがまますぎると男性が求める彼女像とはかけ離れた存在になり心が離れてしまいます。
「凄いっ、本当その通りだよっ」
「まあ一番ポピュラーな説ですからね。その解決法ですが」
こちらも一般的な回答を列挙してゆきます。
対処法の1つめは『断ること』
女性は自分への愛がどれくらいのものなのかをワガママで計ろうとします。
ですから出来ないことは、はっきりと『出来ない』と言う勇気を持つことが大切です。
そうでないといつまでも彼女のワガママに振り回されてしまいます。
この時、しっかりとした断る理由をつけるのがポイントです。
どうして出来ないのか、反論できぬようそれをきちんと伝えた上でピシャリと断るようにして下さい。
2つ目は『イベントを設定する』ことです。
女性は遠くに目的があると、その目的までひたすら我慢が出来る生き物です。
そこを使ってワガママを抑え込むのです。
例えば2~3ヶ月先に遠出をするなど大き目の約束事を決めましょう。
『先の未来』を約束することで女性は安心し、ワガママを言わなくなります。
何より一番大切なのは、相手に自分の想いを言葉にして伝えることです。
分かっているはず、そう思っているはず、は厳禁です。
話すことで相互理解が進み、お互い相手を大切に思うようになります。
「そうなんだ」
感心した様子で此方を見るサミー。
どうやら彼の信用を勝ち取ったようです。
さて、ここからが本番です。
「2、3質問させていただいてよろしいですか?」
「うん」
「人族の成人は14歳ですが、魔族は?」
「40だけど」
「そうなりますとその御令嬢は失礼ながら」
「婚期を逃した行き遅れ…ってメイドたちが陰で言ってた」
「それを聞いてサミーはどう思いました?」
「酷いこと言うんだなって。アンナレーナも好きで独り身だった訳じゃないのに」
おや、わがままには逃げ出すほど僻々しているようですが御令嬢本人を嫌っている訳ではないようですね。
「御令嬢はアンナレーナさまとおっしゃるのですね。ところで今まで独身だった理由を伺っても?」
私の問いにサミーは少しばかり気の毒そうに言葉を継ぎます。
「アンナレーナは幼い頃から病を患っていて、今はもう完治したけど…」
「病ですか…それはどんな?」
「勇者病だよ」
「…それは120年前にやって来た勇者がもたらした熱病のことですか?」
「うん、10年前に漸く終息宣言が出されたけど。それまでは毎年のように罹った人が出て大変だったんだ。アンナレーナも小さい時に勇者病になって死にかけたんだ。それ以来、身体が弱くなって急に咳が止まらなくなって凄く大変だったって」
どうやらインフルエンザの後、喘息になってしまったようですね。
喘息とは慢性の気道炎症のことで、罹った人の気道は症状がない時でも常に炎症をおこしていて、健康な人に比べて気道が狭くなり空気が通りにくくなっています。
しかも炎症がおこっている気道はとても敏感で、正常な気道ならなんともないホコリやタバコ、ストレスなどのわずかな刺激でも狭くなり、呼吸困難、喘鳴、咳などの発作が起きてしまいます。
発作を起こすと体力の激しい消耗などを伴い、時には死に至ることもあります。
「成る程…病のため、お屋敷に閉じ籠るようにして育ち、親しい友も無く寂しくお育ちになった。そのために他人との距離を計るのが苦手なようですね」
「だからわがままなのか」
サミーが目から鱗のような顔で此方を見ます。
「ええ、先ほど言いました『自分への愛がどれくらいのものなのかをワガママで計ろうとする』です。恐らくご両親や兄弟に対してもそうだったのでは?そして周囲も病の娘を不憫に思い、大抵のわがままは聞いてあげていた。それがどんどんエスカレートして今に至る…と言ったところですか」
「…だとしたら可哀想だな」
「そうですね。誰も令嬢のわがままを諫める者がいなかった。甘やかすばかりできちんと叱られず、自分以外の者との付き合い方を教えてもらえなかった子供ほど哀れな者はいません」
私の話に考え込むサミーに次の質問をします。
「この度の婚儀を一番推し進めているのはどなたです?」
「父上だけど」
「魔王さまが?」
「うん、アンナレーナの母上である侯爵夫人とは幼なじみで…初恋の相手だったらしい」
「その初恋の君の娘が嫁にも行けず不幸になっている。何とかしてあげたい。そうだ、自分の息子と結婚させればいいじゃないか。初恋の君の前で良い恰好も出来るしと、まさに一石二鳥とハッチャケた…ですかね」
「…たぶんそう」
ガックリと肩を落とすサミー。
他人に指摘されたことで、改めて自分の父親の浅はかさ具合に落ち込んでいるようです。
まあ、さすがにそれだけじゃなく政治的思惑も色々と絡んでいるのでしょうけど。
では最後の、そして一番大切な質問を。
「サミーはアンナレーナさまにわがままや料理への不満を伝えたことは?」
「無いよ、女の人には優しくするように言われているし。それで泣かれたりするのも嫌だったし」
「心優しいサミーらしい答えですね。ですがそれが今回の問題を引き起こした原因ですよ」
「そうなの!?」
まさか自分が悪いとは思っていなかったサミーから驚きの声が上がります。
「はい『何より一番大切なのは、相手に自分の想いを言葉にして伝えることです。分かっているはず、そう思っているはず、は厳禁です。話すことで相互理解が進み、お互い相手を大切に思うようになります』ですよ。サミーはアンナレーナさまにちゃんと言うべきでした。そんなにわがままだと嫌いになる。オリジナル料理ではなく、きちんと師について勉強してほしいと。…先人はこんな言葉を残しています。
『人柄が良いだけで優しすぎる王は国を迷わし
謙虚なだけの王は国を騒乱に陥らせ、強引な王は反乱を呼び
すべてに適して当たる王は民に幸を与える』と
つまり適当です。嫌なことから逃げずよく考えて判断を下すのが賢君という者です」
「そうか…言われてみれば僕はアンナレーナとは上辺だけの付き合いばかりで本気で話したことは無かったな。それは確かに僕が悪い」
さすがですね、素直に自分の非を認める。
サミーの良いところです。
さて、この結婚話をどう解決しましょうか。