80、飛んで魔国
初夏を迎えつつある今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
今、私は魔国におります。
それも特にデンジャラスな『魔の森』に。
何故に私が此処にいるかと言いますと。
あの肉の争奪戦となった昼食後、竜騎士団と近衛兵団とで協力してルルーシュ草を大量採取し、無事に薬師ギルドに予定以上の魔力回復薬を納品することが出来ました。
ギルマスのプリウスさんに盛大に感謝されて外の大通りに出ましたら、待ち構えていた青リーダーことエギ君にまたもや難癖を付けられました。
「イブさまから離れろっ!卑しい人族がっ」
目が合うなりそう喚かれましたよ。
まだそんなことを言ってるんですか?
いい加減、懲りませんか。
通りにいた竜人さん達の眼がメッチャ怖いことになってますよ。
「竜騎士団での修練はどうしたんですか?」
確か夏が終わるまでとかバリスさんが言ってませんでしたっけ。
「あんな下級兵士がするようなものを何故、誇り高き神兵たる我らがやらねばならん」
つまり許可なく脱走してきたと。
呆れの眼差しを送っていたら、青リーダーは勝手な論理を展開し始めました。
「イブさまは竜人族の中でも最も美しく気品のある方だ。この私にこそ相応しい相手なのだ。その私を差し置いてお側に侍るなど罪深いとは思わないのかっ」
はい、まったく思いませんが。
大好きなイブさんが他の者と仲良くしているのが許せないって。
どこの幼児ですか。
しかも自分から相応しいとか…頭にウジでも湧いてるんでしょうか。
「いい加減にしてくれない」
私が何か言う前にイブさんの方が先にキレたようです。
「い、イブさま」
ずいっと前に出たイブさんの顔に明確な怒りが表れていて、その様に気圧されたように青リーダーが1歩後に下がります。
「トアちゃんは私の大切なお友達よ。だから仲良くしているの。それをあなたにどうこう言われるのは不愉快だわ」
「いけません、イブさまっ。我らは尊きドラゴンの血を引く誇り高き竜人族です。下等な人族を友と呼ぶなど、あってはならないことですっ」
おおう、竜人至上主義ここに極まれりな発言ですね。
「奴は馬鹿なのか?」
「というより一つの事しか考えられない頑固者だね。でも柔軟な発想力がない者は時代に取り残されるだけだと思うけど」
呆れ返った様子のウェルの問いに答えていたら、イブさんがため息混じりに口を開きます。
「ドラゴンの血を引くねぇ。当のドラゴンからしたら竜人なんて遊びで出来たどうでもいい存在なのに、何をそんなに有難がっているのか不思議でならないわ。ああ、もちろん御神祖さまは別よ。あの方は心から竜人を愛していらっしゃるから」
「な、何をっ。いくらイブさまでもそんな不遜なことを言うとは許せませんっ」
顔色を変えて言い返す青リーダーをイブさんがバッサリと切り捨てます。
「だったら何故、他のドラゴンは御神祖さまのように見守らないのかしら?竜人より遥かに長命なのだから始祖となったドラゴンは未だ健在のはずなのにね」
「そ、それは…」
「一時期、ドラゴンの間で流行ったのよ。他種族と交配して新しい種を作るって遊びが。でもすぐに飽きてやめてしまったわ。思ったほど楽しくなかったから。竜人なんてドラゴンからしたらその程度の存在なのよ」
とんでもない話を事も無げに言ってのけるイブさん。
見た目はどうあれやっぱり彼女はドラゴンなんですね。
その行動原理は楽しいか、楽しくないか。
絶対強者であるが故に、他者を気に掛けることも無し。
「そ、そんなはずは…。我ら竜人は最も優秀な存在のはずだっ」
「ウェルちゃんにあっさり負けて、トアちゃんみたいに美味しい物や綺麗な物を作れもしないのに?それの何処が優秀なの?」
イブさん、まったく容赦がありません。
どうやら青リーダーの発言に本気でオコになっていたようです。
「何をしているっ!」
騒ぎを聞きつけたバリスさんとガルムさんがギルドから飛び出してきました。
今日あったことをプリウスさんに報告したら、とても喜んでくれて。
彼女も兄の死に責任を感じているガルムさんの事をずっと心配していたので、2人の仲が元に戻ったことを心から安堵していました。
なので部下さん達が帰っても残って、久しぶりに3人で昔話に花を咲かせていたんです。
「何故お前が此処にいるっ。修練中のはずだろうっ」
「わ、私は…」
答えることが出来ない青リーダーに代わってイブさんが返事をします。
「勝手に終わらせて来たそうよ」
「下級兵士がするようなものを、誇り高き神兵たる我らがする必要はないとか言っておったぞ」
続けてウェルがそう報告すると、バリスさんとガルムさんの表情が見事に変化します。
ガルムさんは不快そうに寄せられた眉間の皺が日本海溝並みに深くなってますし、反対にバリスさんは実に良い笑顔を浮かべてます。
目は全然笑ってませんけど。
「そうか、ならばそのように司祭長に言っておこう。我らの修練を受けぬ者は神兵団から除籍すると伝えてある。何処なりと好きな所に行くがいい」
「なっ、そんなことは聞いていないっ」
「当たり前だ、今言ったのだからな」
慌てふためく青リーダーに、しれっと言い返すバリスさん。
どうやら最初から逃げ出すような根性無しは排除する気で何も報せなかったようです。
やはり長がつくだけあって、ちゃんと腹黒ですねー。
ちなみに退団ではなく除籍だと竜人にとってこれ以上の不名誉なことはなく、出世はおろかまともな職に就くこともままならなくなるそうです。
何しろ落伍者の烙印を押されたのと同じですから。
「馬鹿な…この私が除籍だと」
呆然自失としていた青リーダーでしたが、私の姿を目にすると激高し始めました。
「お前が現れてから何もかもがおかしくなったのだっ。すべてお前の所為だっ!」
ちょっと、言い掛かりは止めてもらえませんか。
全部、身から出た錆。自業自得でしょう。
私が言い返す前に青リーダーが懐から何かを取り出しました。
あれってどう見ても転移結晶ですよね。
「私の前から消え去るがいいっ!」
しかもそれを此方に向かって投げ付けてきましたよ。
「トアっ!」
焦った声を上げるウェルから伸ばされた手。
ですがそれが届く前に、私は膨大な光に飲み込まれてしまいました。
そして現在に至る…という訳です。
最初は何処に飛ばされたのか判りませんでしたが、周囲に生えている薬草で場所が特定出来ました。
特徴あるギザギザの葉っぱ、あれは万能薬の主原料であるマルル草。
その主な生育域は魔国中央近辺の樹海と師匠が残してくれた『薬草図鑑』に記されていました。
念の為に【鑑定】を掛けましたが間違いありません。
つまりノース大陸中央にある山脈・竜の背骨を挟んで、竜人国から200kmほど北方に飛ばされてきた訳です。
転位先は大まかにですが指定出来ますので、青リーダーは本気で私を殺したかったようです。
戦闘能力が種族最下位な人族が『魔の森』に飛ばされたら、すぐに魔獣の餌食でしょうから。
まあ、私は幸いにして旅に必要な物はすべてアイテムボックスに入ってますし、ポロロの葉を持っていれば魔獣除けもバッチリなので大丈夫ですけど。
マルル草は希少ですからきっちり採取し、さてと考え込みます。
ウェル達が探してくれてはいるでしょうが、此処でじっとしていても何も始まりませんからね。
魔国の王都・オリンが目的地であることはお互い判ってますから、そこを目指した方が再会は早いでしょう。
オリンはこの魔の森を抜けたところにありますから、このまま北上してゆけば着くはずです。
「では出発しましょうか」
今この場にキョロちゃんがいてくれたらと思わずにはいられませんが、居ないものは仕方ありません。
下草を【強風】で掻き分けながら、道なき道をゆっくりと進んでゆきます。
で、歩くこと数時間。
日も暮れてきたことですし、足も痛くなってきたので此処らで野営することにしましょう。
アイテムボックスからテントを取り出して設置すると、周囲にポロロの葉を吊るせば準備はOK。
あとは適当な石を拾って簡単な竈にして鍋を置きます。
そこに【水出し】で出した魔水とベーコンもどき、野菜、調味料を入れて、【中火】で煮込めば温かポトフの出来上がりです。
うん、我ながら良い出来、美味しくいただきました。
お腹もいっぱいになりましたし、他にすることもないのでそろそろ寝ますか。
明日も樹海縦走が待ってますし。
LED照明の【中】を【極小】に変えようとしたら…何やら外で動く気配。
「えっと、御免下さい」
テント越しにいきなりそう声をかけられてビックリです。
声の感じからすると随分と若い…少年のようですけど。
「どちらさまですか?」
「た、旅の者です」
なんてお約束の遣り取りを交わしますが、そんな訳ないでしょう。
人外魔境の大樹海ですよ、そうほいほい旅人が通りかかるとは思えません。
いつでも【スリープ保存】が放てるように準備しつつ、油断なく入口の布を捲ります。
「こ、こんばんは」
姿を現わしたのは私より少しばかり年嵩の男の子でした。
紫紺の髪に海のかけらのような青い瞳が印象的です。
「森を歩いていたら光が見えたので…その」
「…立ち話も何ですから中へどうぞ」
「いいの?」
驚いて聞き返す相手に、はいと大きく頷きます。
「とは言っても何もありませんけど。あ、好きなところに座って下さい」
「おじゃまします」
軽く頭を下げる様は品があり、貴族の子息のように見えます。
「取り敢えず自己紹介ですね、私はトワリアと申します。トアとお呼び下さい」
「僕はサミュアレイス。長いのでサミーで良いよ」
「はい、よろしくお願いします」
「でもトアはどうしてこんな所に?。それも一人で?」
「実は…」
当然の問いに、苦笑を浮かべつつ此処に来た経緯を掻い摘んで説明するとサミーが驚きと感心が入り混じった顔で此方を見返します。
「それは…大変だったね。でもトアは勇気があるな、魔の森に迷い込んでも落ち着いてるし。僕なんて今でも不安でたまらないのに」
「不安が無いといえば嘘になります。でもまあこうして何とかなってますから」
「そうさらっと言えるところが凄いよ」
褒めていただいて恐縮ですが、見た目は小娘でも中身はオバちゃんですからね。
それに図々しさは神様からもお墨付きをもらってます。
「ところでお腹は空いていません?」
「…実は夕食前に出てきたから凄く空いてる」
正直でよろしい。
「良かったら此方をどうぞ」
さっき作ったポトフと丸パンをバッグ経由でアイテムボックスから出すと途端にサミーの眼が輝きます。
「う、美味っ。こんなの初めて食べたっ」
驚きに目を丸くして、でもすぐにサミーは嬉々としてポトフとパンを口に詰め込んでゆきます。
そうやって一生懸命に食べる様は、ウェルとそっくりで思わず笑みが浮かびます。
「気に入ったのならお代わりがありますよ」
「うん、食べたい」
さすがは食べ盛り、2回お代わりしてもまだ余裕があるようです。
「デザートにマカロンはいかがです?」
「珍しいお菓子だね。…わっ、これも凄く美味しいっ」
手渡したハーブティーと一緒に笑顔でマカロンを完食してくれました。
「ふー、美味しかった」
「お粗末様です」
そんな感じで和気藹々と言葉を交わしてから本題に入ります。
「先程の質問をそっくり返させていただきますが…何故こんな場所にお一人で?魔族の王子様が」
「ぶはぁぁっ!」
サミーが口の中のお茶を盛大に噴出します。
「ど、ど、ど」
「どうしてですか?あなたの人化の術はお見事です。まず正体がバレることはないでしょう。ですがお持ちの剣にある刻印は魔王家のものですし、それこそこんな物騒な森に人族がいるのは不自然ですから」
すまし顔でお茶に口を付ける私の言葉にバッとサミーの顔が上がります。
「じゃあ最初から僕の正体は…」
「判ってましたねー」
「何それっ、恥ずっ!」
たちまち顔を真っ赤に染めて悶絶し始めました。
その様は真に可愛らしいですが、何やら切羽詰まってるようです。
どうやらただの家出ではなさそうですね。
袖振り合うも多生の縁ですから、訳を聞いてみましょうか。