8、薬師ギルドと商業ギルド
「えーと、まずは名前と薬師の修業期間。それに作れる薬の名前っと」
こっちのペンって本当に使い辛い。
いちいちインク壺にペン先を入れないと続きが書けないし。
紙はそこそこ上質なものが使われているのに残念です。
やっぱり次は鉛筆を作ろう。
鉛筆の芯は確か黒鉛だったはず。
黒鉛と言っても鉛ではなく、炭の仲間だけど。
森の何処かで鉱床を見かけたから、それを粉にして粘土を混ぜて焼き固めればOK。
その芯の周りに新聞紙ぽいものを重ねて巻けば、なんちゃって鉛筆の出来上がり。
むかし子供と一緒に鉛筆工場の見学会に参加した時に、いろいろと教えてもらったんですよね。
と、そんなことを考えながら申し込み書類を完成させました。
「お願いします」
書類を差し出すと、青い瞳が魅力的な美人のお姉さんが受け取ってくれました。
「ようこそ薬師ギルドへ。私は受付担当のカレンと申します。
トワリアさんですね。薬師の修業期間は3年」
ごめんなさい、思いっきり詐称です。
いくらなんでも1ヵ月半は短かすぎると思うので。
「はい、両親の死後、師匠に引き取られて製薬と調合について教えてもらいました。
ですがその師匠もすぐに戦争に行くことになって、結局そのまま戦死してしまい。
その後は一人で修業を続けてました。
今日で14才になったので、こうしてギルドに申し込みに」
すらすらと嘘を綴る私に、にっこり笑顔で頷くカレンさん。
ホントすみません。
入会したら身を粉にして働きますので、御寛恕願います。
「では入会手続きをしている間に薬師資格の取得試験を受けていただきます」
そのままカレンさんに案内され、奥の一室へ。
「試験はギルド職員立ち合いの下、此処にある薬草と道具で回復薬を作っていただきます。制限時間は30分です」
「はい、分かりました」
筆記なしで、いきなり実技試験。
どうやら薬師ギルドは実力主義のようです。
確かにこの方が手っ取り早いですしね。
「マントは此方でお預かりします」
「ありがとうございます。お願いします」
素早く脱いで手渡すと、試験に向けて気合を入れます。
「では始めて下さい」
カレンさんの声を合図に試験スタートです。
まずは籠にある多種多様な薬草の中から必要なものを選び出します。
葉の形がよく似たものが混ざっているのは引っ掛け問題でしょうか。
しかし毎日、森で採取している上に鑑定持ちの私には意味なし。
サクサクとマレー草、ルナ草、ニビニ草を取り出し、擂り鉢の前に移動。
次にマレー草とニビニ草は葉だけを切り取り、ルナ草は茎ごと細かく刻んでから中に投入。
ゆっくりとなるべく同じ力で薬草を擂り潰し、粘りが出たら
【水出し】で出した魔水を計量器で量って少しずつ注ぎ入れる。
何故かこの時、後ろにいたカレンさんが息を飲むのが聞こえたけど構わず集中。
よく効く薬になあれと心の中で呟きながら静かにかき混ぜて、後は撹拌された液が落ち着くまでしばし放置。
完全に薬草が沈殿したら、上澄みを目の細かい網で濾して完成。
「出来ました」
私の声にカレンさんが大きく頷きます。
「はい、確認しました。丁寧な上に手早く正確な作業でした。…合格です」
「やった」
思わず拳を握ってガッツポーズ。
カレンさんに微笑ましそうな目で見られました。
「出来上がった回復薬はサンプルとしてギルドに提出してもらいます。
それで質問なのですが」
「はい?」
「魔水を呼び出した時ですが…私はあんな魔法は初めて見ました。
しかもほぼ無詠唱でしたよね」
あ、これはやってしまいましたかね。
そりゃ初見だと思いますよ。
何しろ神様からの贈り物ですし。
内心冷や汗かき捲りでしたが顔には出さず、申し訳なさそうに口を開きます。
「さっきも言いました通り、師匠から習ったのは基本だけで後は残してくれた教本のみの修業だったので我流になってしまっているところが多くて…。その所為かもしれません」
言いながらガックリと肩を落とすと、カレンさんが慌てた様子で首を振ります。
「そ、そうだったわね。気にしなくて良いのよ。手法が多少違っても出来た薬が優良なら何の問題もないわ」
私の肩に手を置き、一生懸命に慰めてくれるカレンさん。イイ人です。
「では此方がギルドカードになります。表がギルド会員としての身分証。
裏が薬師資格証となっております。トワリアさんは見習いから新人となりましたので星一つです。ランクが上がれば星も増えますので頑張って下さい」
笑顔で渡された名刺サイズの金属のプレートを受け取ってから、此処に来た目的を口にします。
「作ってきた回復薬と毒消しを売りたいのですが」
「でしたらあちらの買い取りカウンターにどうぞ」
奥の丸メガネをかけたお兄さんがいる台を示される。
「ジェレミー、お願いね」
カレンさんの声にカウンターのジェレミーさんが手を上げて応えます。
「ありがとうございます。行ってきます」
カレンさんと別れ、買い取りカウンターに持参した回復薬30本と毒消し30本を並べます。
薬にして売った方が利が多いので、薬草は今回はパスです。
「ふむ、どれも良質だね」
まじまじと薬瓶を見つめるジェレミーさん。
どうやら彼も鑑定持ちのようです。
「回復薬は1本1,200エル、毒消しは800エルだね」
つまり全部で60,000エル…金貨6枚ですか。
メッチャ高額買い取りしていただきました。
元手タダなのに良いんでしょうか。
「ありがとうございます。でも高すぎませんか?駆け出しの新人なのに」
「新人だろうがベテランだろうが関係ないよ。『出来の良い薬』それがすべてだからね」
「そういうことなら有難くいただきます」
ペコリと頭をさげて、台に置かれた金貨をカバンに入れます。
さてここで秘密兵器投入。
「これは幾らくらいで買い取ってもらえるでしょうか?」
「こ、こ、これは…」
私が差し出した瓶の中身を見たジェレミーさんが、くわっと目を見開きます。
「回復薬を丸薬にしてみました」
【脱水】である程度水分を取り去った回復薬を5ミリ程に丸めて、それを30粒、小瓶に入れて来ました。
「丸薬なら瓶入りの水薬より持ち運びが楽ですし、薬効期間も延ばすことが出来ます」
これがメリット、当然デメリットもあります。
「ですが飲んだ薬が溶けて効き出すまでに時間が掛かります。緊急性の高い怪我や病気には今まで通りに水薬の方がいいかと…ジェレミーさん?」
彫像のように微動だにしない様に、心配になって声をかけたら。
「素晴らしいぃっ!」
突然の大絶叫、周囲も何事かと此方を見ます。
興奮したまま言葉を綴るジェレミーさんの話を要約すると。
回復薬の丸薬化は随分前から研究されていたのですが…。
煮詰めて水分を飛ばす方法は、熱で薬効成分が壊れて使いものにならず。
魔水の量を減らす方法では、十分な薬効が得られず。
別の粉化した薬剤を混ぜて固める方法では、思わぬ副作用が出たりと研究はずっと行き詰まっていたそうです。
そこに私が持ってきた丸薬。
効果は水薬と変わらず、10日しか持たない薬効期間が3ヵ月以上持つ。
しかも魔水で溶かせば緊急時に水薬として使える。
「まさに夢の薬ですっ!」
何故かそのまま万歳三唱をし始めてしまったジェレミーさんを呆然と眺める私でした。