79、竜人の矜持とBBQ
「おおぅ、壮観~っ」
休憩後ペースを上げて森の中を進み、目的地であるルルーシュ草の生息地に到着しました。
背の高い針葉樹が点在するだけの開けた大地に、膝丈くらいの新緑の草がみっしりと生えています。
それが日の光を弾いてキラキラと光る様は見ていて荘厳な気持ちになります。
こんな風に多種類の野草が生えている中からルルーシュ草を選別し採取するのは大変ですが、さっきバリスさんと相談して手順を決めたので大丈夫でしょう。
「これから3人で組を作って薬草採取に向かう。ルルーシュ草の特徴は覚えて来たな。しかし此処はSクラスやAクラスの魔獣が生息する深淵の森だ。採取中は周囲への警戒を怠るなっ」
ガルムさんの注意に近衛兵の皆さんが頷きます。
「その採取について相談なんだが…」
横からバリスさんが声を掛けますが、それに被せるようにガルムさんが言い切ります。
「そっちはそっちで好きにやるがいい。慣れ合う気はない」
そのままバリスさんが何か言う前に近衛団を引き連れて草原へと向かっていってしまいます。
「まったくあいつは…。仕方ない、竜騎士団は打ち合わせた通りに動く」
「はいっ」
元気に返事をする竜騎士さん達を見送って私達も準備に入ります。
「じゃあ、ウェル。お願いね」
「ああ、任せておけ」
チャッと片手を上げるとウェルは空高くへと飛んでゆきます。
ちなみに【飛翔】が使えるのは魔法に特化したエルフ族だけで、その中でもウェルみたいに長距離を自在に飛べる者は少ないそうです。
さすがです。
しばらくすると竜騎士さん達がルルーシュ草を抱えて大急ぎで戻ってきます。
それを受け取り、枯れる前にアイテムバッグへ入れて保管します。
その横でアーカさん達がせっせと魔力回復薬を作り、出来上がった端から私が【脱水】で丸薬化してゆきます。
そうやって作業を熟していたら、漸く近衛さん達がルルーシュ草を持って戻ってきましたが、半分は枯れてしまって使い物になりません。
採取してから此処に来るまで時間が掛かり過ぎたようです。
一方で竜騎士さん達が集めてくれたルルーシュ草はそんな事にはなりません。
何しろ最短ルートを使って最速で此処に持ってきてくれてますからね。
「どういうことだっ!?」
2時間程して休憩が入り、竜騎士団と近衛兵団の採取量の違いを知ったガルムさんが怒りの声を上げます。
何しろ3倍近くの差がありますからね。
「どうって、採取方法が違うんですからこの結果は当然かと」
「採取方法だとっ?」
「ええ、近衛団はルルーシュ草を見つけたらどうしています?」
私に問い返されてガルムさんが忌々し気に口を開きます。
「組ごとに5本を目処に集めてから此処に運んでいる」
「でもその方法ですと次を探すのに時間が掛かり過ぎますし、最初に摘んだ物はほとんどが枯れてしまって役に立ちませんよね」
「ならば竜騎士団はどうしているというのだっ?」
「役割を分担して採取してますよ」
怪訝な顔をするガルムさんに竜騎士団がやっていることを教えます。
まずは鑑定のスキルがある者が先行して野草の中からルルーシュ草を判別します。
判別した物に赤い毛糸を搦めて目印をつけ、それを他の者が摘み取り、すぐさま私達の所に持ってきます。
これなら枯れる前にアイテムバッグに入れられるので、近衛団と違って無駄がありません。
ウェルとの一戦で協力の大切さを身をもって知ったからでしょうか。
その動きに迷いはなく、連携がよく取れてましたね。
ちなみに枯れた分はマーチ君に頼んで時魔法で摘んだばかりの状態にコッソリ戻してもらいました。
無駄にしたらもったいないお化けが出ますからね。
「し、しかし個々に動いては魔獣に襲われた時…」
「その心配はありません。ウェルがこの辺り一帯にドラゴンと同じ匂いがするポロロの葉を撒いてくれましたから」
とは言ってもこれはフェイクですけど。
何しろ此処には最強種たるドラゴン、それもランキング№1の光龍と№2の雷竜が居るんですから。
近寄る命知らずな魔獣はいないと思いますよ。
「その効果は此処に来るまで一度も魔獣と遭遇しなかったことで証明出来ると思いますが」
言われて初めて気付いた…みたいな顔しないで下さい。
近衛団の不始末で薬草が不足した事態を何とかしたかったのでしょうけど、そのことに夢中でまったく周りが見えてなかったんですね。
「もしガルムさんが両手に一杯の荷物を持っていた時に、もう一つ荷物を持たなくてはならなくなったらどうします?」
唐突な質問に眉を寄せはしましたが、ガルムさんは少し考えてから徐に口を開きます。
「持てない分は何処かに預かってもらって後で取りに行くな」
「それも一つの手ですが、どの荷物も緊急に必要な場合はどうします?」
「…それは」
どうやら考え付かなかったようで黙り込んでしまいます。
「私ならこうします。誰か他の人に持ってもらうようにお願いするんです。そして届け終わったら『ありがとう』とお礼を言います。誰にでも出来る簡単なことです。でもガルムさんにはそれが出来なかった。何故だか判ります?」
その問いに渋い顔でガルムさんが私を見返します。
「俺が他人を頼ろうとしないからか?」
「ええ、それはそれで立派なことだとは思いますが、やり過ぎればただの迷惑です」
「お、おい」
バッサリ切って捨てる私に慌てた様子でバリスさんが声を掛けますが、ニッコリ笑って見返したら顔色を悪くして一歩後に下がります。
大丈夫ですよ、確かに怒ってはいますけどMAXには程遠いですから。
「最初にバリスさんが採取方法を相談しようとした時に断ったりしなければ、こんなことにはなりませんでした。あなたが一人で好き勝手する分には構いませんが、部下である近衛兵さん達を巻き込んでどうするんです?彼らを正しく導くのが団長たるあなたの務めでしょう。薬草採取でしたから採取量の違いくらいで済んでますが、これが戦いだったらどうなっていたと思います?最悪、団の全滅すら有り得たはずです」
「…俺は」
私の指摘にその可能性に気付いたガルムさんが、orz な態勢になって絞り出すように小さく呟きます。
「…団長、いや兵士失格だ。生きる価値もない」
いきなりの自己完全否定。
どうやらずっと張りつめていた糸が切れてしまったようです。
「ベヒーモス襲来の時に俺は恐怖で足が竦んで何も出来なかった。バリスはちゃんと戦っていたのに。その所為でレガシー団長を死なせて…。そんな臆病で無能な自分が許せなかった。だから俺はもう絶対に失敗はしないと決めた。その為にあらゆる努力もした。…だがこんな簡単なことも出来ないとは」
後悔の言葉を紡ぐガルムさん。
20年前の事件からずっと苦しんできたのでしょう。
だからこそ彼の間違いを正した方が良いようです。
少しばかり厳しめに。
「どうしてそんなに自分を追い詰めるんです?確かに独り善がりで周りが見えなくて、すぐに自己完結する面倒臭い性格ですが」
「…そこまで言うか」
気の毒そうにバリスさんが私の口撃にゾンビのようになってるガルムさんを見やります。
そんなガルムさんの前に屈み、目線を合わせて言葉を継ぎます。
「でもあなたが言うような無能ではありません。本当に無能だったらとっくの昔に近衛団長を辞めさせられていたでしょう。でもあなたは此処にいる。それが答えなんじゃないですか?」
私の言葉にノロノロと顔を上げたガルムさんの眼に、此方を心配そうに見ている近衛兵さん達だけでなく竜騎士さん達、そしてバリスさんの姿が映ります。
「こうやって多くの人達があなたを案じて支えようとしてくれています。それは懸命に任務に励むあなたの姿に共感し、少しでも力になりたいと思っているからです。あなたにはたくさんの味方がいることをどうか忘れないで下さい」
「そうだぞ、ガルム。お前の隣には俺がいることを忘れるな」
「我々は団長が真摯に任務に赴く姿を尊敬しています」
「近衛団をまとめて行けるのは団長だけです」
頷くバリスさんの言葉を追いかけるように近衛さん達もガルムさんを囲むようにして膝をつきます。
「…お前たち」
「失敗しないように努力するのは良いことです。ですがそれに囚われすぎないで下さい。失敗しても良いじゃないですか。同じ失敗しないよう、それを糧に次に繋げればいいんです。共に頑張ってくれる仲間もいることですしね」
「…ああ、そうだな」
ゆっくりと立ち上がるとガルムさんはバリスさんへと向き直ります。
「今まで済まなかった。…こんな俺だが力を貸してもらえるか?」
「当たり前だ。俺はお前の親友だろう」
ニヤっと笑うバリスさんと泣き笑いの表情を浮かべるガルムさんが互いの手を取ってがっちりと握手します。
ひと昔前の熱血少年漫画みたいです。
まあ、落ち着くところに落ち着いたようで良かったです。
「はい、一件落着したようですからお昼にしましょうか」
パンと手を叩いてそう告げると、竜騎士さん達から歓声が上がります。
つられて近衛団の皆さんまでが万歳三唱してますね。
どうやら休憩の時に私が竜舎で作った料理のことを教えられ、期待が天元突破したようです。
「取ってきたぞ、トア」
そこへタイミング良くウェルが狩りから帰ってきてくれました。
「じゃあ手分けして捌いてもらっていい?私は野菜を用意するから」
「任せろ」
軽く請け負うと、ウェルは腰のアイテムバッグから軽トラくらいの大きさの魔猪と魔牛を取り出します。
「こ、これは」
「どちらもAランクだぞ」
驚くギャラリー達に役割を振ってゆきます。
「魔猪は竜騎士団、魔牛は近衛団でお願いします。食べやすいサイズに薄切りにしたら、こっちの壺に漬け込んで下さい」
アイテムボックスから秘伝のタレを出します。
醤油に砂糖とみりんを加えたテリヤキソースとそれをべースに果実やハーブ、ニンニクやショウガを使った焼肉のタレです。
研究の結果、某有名店のタレと同じ味が再現出来たと自負しております。
同じ様にアイテムボックスから野菜を出し、アーカさん達に手伝ってもらって適度な大きさに切り分けたら、次は焼き場の設置です。
ウェルに頼んで1mくらいの高さの長方形の石壁を3つほど作ってもらい、そこに持ってきた金網を乗せて固定します。
で、何処でもコンロたる【強火】を展開。
「金網が熱くなったら油を塗って、その上に肉と野菜を乗せて下さい」
言われるまま皆さんが肉を乗せた途端、ジューという音と共にタレの焦げる匂いが辺りに充満します。
「匂いだけで美味いと判るな」
「ああ、本当に美味そうだ」
バリスさんとガルムさんが涎を垂らさんばかりに肉をガン見してます。
2人ですらそうですから、他は押して知るべし。
「私の故郷の料理でバーベキューと言います。野外で料理出来て最高に美味しいですよ。これで肉や野菜をひっくり返して焼いてゆきます」
金網と一緒に街で特注で作ってもらったトングを木皿と共に手渡して使い方を説明しますが、全員の眼は肉にしか行ってません。
「どれも良い具合に焼けてきましたね」
私の声に誰もがそわそわと落ち着きなく此方を見ます。
まるで『待て』されたワンコみたいです。
「では、いただきます」
それがスタートの合図となり、誰もが雄叫びを上げて猛然と肉に向かってゆきます。
いや、野菜も食べましょうよ。
「女性陣はこっちですよー」
ウェルに小さめに作ってもらった焼き場にアーカさん達とイブさん、それにサンダー君を誘導します。
「助かったわー」
「あの中に入るのはちょっとね」
「ホント、これならゆっくり食べられるわ」
嬉々としてトングで肉をひっくり返しているアーカさん達の横では、イブさんが無言のまま優雅に肉を口に運んでいます。
え、ウェルですか?
ウェルなら並み居る男達を掻き分けて肉を確保してますが、何か?
「はい、サンダー君もどうぞ」
『おおきに。せやけどキョロとマーチが食えんのが残念やな』
「あの子たちは草食だからね。さっきポロロの葉をあげたからそれで満足したみたい」
『ほんなら遠慮なく。…いや、ホンマ美味いなー』
どうやら気に入ってくれたらしく、せっせと焼けた肉を口に運んでます。
天気も良いし、バーベキューは美味しいし、今日はいい日になりそうです。
と、思った矢先にこれです。
一寸先は闇って本当ですね。
えー私は今、たった一人で魔国内でも特にデンジャラスな『魔の森』に居ります。
どうしてこうなったかは…次回のお話で。