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78、マカロンとわからず屋


「お早うございます。バリスさん」

「おう、2人とも早いな」

 薬草採取当日、東門に向かうと既に竜騎士さん達が揃ってました。


「ウェル殿だっ」

「トアさま。お久しぶりです」

 竜舎で見掛けた騎士さん達が小走りで近付いてきて挨拶してくれますが…。

そのトアさまって何ですか?

思わず聞き返したら。

「トアさまは食の伝道師でいらっしゃいますから」

 と言うとんでもない答えが返ってきました。


「…伝道師ですか?」

「はい、屋台街の事はもうルゼで知らぬ者はおりません」

「教えていただいた料理は新名物として知れ渡り、他の街から料理を目当てに多くの者がやって来ています」

 我先に説明をされたことに思い切り頭が痛くなりました。


料理を教えてまだ3日ですよ。

なのにこの伝達の速さ…竜人さん達ってどんだけ美味しい物スキーなんですか。


「今日の昼飯もトアさまが作って下さるとか」

「ええ、そのつもりで用意してきました」

 そう答えた途端、沸き起こる大歓声。


私が作ることを予想して、今回の参加メンバー選出は熾烈を極めたのだとか。

なので此処にいるのは激しい総当たりトーナメントの勝者達だそうです。

皆さん、お互いの肩を叩き合って喜びを爆発させてますよ。

そこまでして食べたかったんですか?

一流のシェフでも何でもない素人の手料理なんですが。



「貴女がトアさん?」

 その声に振り向けば3人の竜人さんが此方を見ています。

右から赤、青、黄色がかった茶色の鱗の持ち主たちで全員が女性です。

「はい、そうですが」

 私の答えに頷くと赤さんが自己紹介してくれます。


「ギルドから派遣された薬師のアーカよ。こっちがアオイとキーラ、今日はよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

 まさに名は体を表すな信号機トリオさんに会釈を返すと、早速今回の手順を確認します。


「ギルドから特別にアイテムバッグを貸し出してもらったの」

「それも時間停止機能付きの最高クラスです」

「これなら採ってすぐに枯れてしまうルルーシュ草でも大丈夫」

 得意げにアーカさんが手にした黒いバッグを掲げて見せてくれます。


「容量はどれくらいなんですか?」

「問題はそこなの。頑張っても大袋で10くらいしか入らなくて」

「だから私達の出番なの」

「出来るだけその場で調合して、トアさんにはそれを丸薬にしてもらいたいの」

 順序良く赤、黄、青と言葉を綴る信号機トリオさんに、分かりましたと

頷きます。


「ウルムの群れがどう動くか判らない以上、各町や村に討伐に備えて魔力回復薬は常備しておかないといけないから」

「そうですね、確か魔獣を逃がさず討つ為に結界魔法を使うんでしたよね」

 プリウスさんから聞いた話を確認してみると。

「ええ、さすがに広範囲に渡って結界を張るとなると魔力切れを起こし易いから春から秋の間は魔力回復薬は必需品なのよね」

 ため息混じりにアーカさんが答えます。


「だからトアさんには本当に感謝しているの」

「はい?」

「貴女の【脱水】のおかげで丸薬にして薬効期間を延ばすことが出来たから、去年はすべての地区に魔力回復薬を置けたの」

「だから前の年と違ってケガ人もほとんど出なかったし」

「保存用の食料も美味しくなったしね」

「…それはお役に立てて何よりです」

 満面の笑顔でお礼を言われて少しばかり後ろめたい思いで言葉を返します。

【脱水】の魔法は神様から贈られたものであって、私自身が生み出した訳じゃありませんからね。

称賛されても申し訳なさが先に立ちます。


そんな会話をしていたら、綺麗に隊列を組んだ近衛兵団の人達が到着しました。

竜騎士団が大らかでラフなのに対して此方は真面目で規律正しいと言った感じでしょうか。


「全員揃っているようだな」

 ぐるりと周囲を見回してからガルムさんがバリスさんの前に立ちます。

「竜騎士団の参加に感謝する。だが今回の任務は近衛兵団がやるべきものだ。

余計な手出しは無用に願う」

 それだけ言うとバリスさんの返事を待つことなく、ガルムさんは背を向けて自分たちの隊列へと戻っていってしまいます。

まさに取り付く島もないですね。

しかし此処に最強の刺客が…。


「私も入れてね」

「い、イブ殿っ」

 険しい顔のガルムさんでしたが、イブさんの登場に途端に慌て出します。

「な、何故(なにゆえ)にイブ殿が…」

「あら、だってトアちゃんは私の大切な友達ですもの。何かあったら大変だし治癒魔法師がいた方が良いでしょう。私、光魔法が得意だから」

 昨夜、突然に楽しそうだから一緒に行くわと言い出して即行で神官長さまから許可をもぎ取ってきましたからね。


「そ、それはそうですが」

「ダメなの?」

 小首を傾げて悲しそうに問う様はあざとい程の可愛らしさです。

それも計算でなく天然なところが凄いです。

これに対抗するには合金並みの精神力が必要でしょう。

「…分かりました。同行を認めます」

 はい、イブさんのKO勝ち。

美人な上に可愛いというのはやはり最強ですね。


おかげで竜騎士さんだけでなく近衛の男性陣全員が浮き立ってます。

危険地帯に行くということで引き締まっていた顔が、完全にゆるゆるです。

「しゅ、出発っ!」

 気を取り直してガルムさんが号令を掛けますが、緩んだ空気は戻る事なくピクニック気分で一団が動き出します。


ちなみに私とウェルはキョロちゃんとウィングボードで、イブさんやアーカさん達は二足歩行の大きなトカゲが引く幌付きの荷車に乗り、他の人達は徒歩で移動です。


目的地の深淵の森はルゼの街から2時間ほどで到着です。

通常なら一度も休むことなく走り続けるそうですが、今回は人族の私が同行しているので1時間後に休憩が入りました。


「お茶を淹れましたから良かったらどうぞ」

 バッグ経由でアイテムボックスからお茶とお菓子を出すと、イブさんを先頭に女性陣が集まってきます。

「嬉しいわ、お料理もだけどトアちゃんのお茶とお菓子も凄く美味しいから」

 言いながら早速カップとマカロンを手にします。

同居してから競うようにウェルと私の料理を食べまくってますからねー。

それなのにまったく体形変化が起きないとは…解せぬ。



「本当に美味しいっ」

「サクサクで甘くて…」

「こんなの初めてっ」

 アーカさん達が嬉々として口にする様に、竜騎士さん達もバリスさんの了解を得て近付いてきます。

「うむ、美味い」

「竜舎で食べたのとはまた違った美味さだな」

 喜んでいる姿をちらちらと横目で見ている近衛兵さん達に笑顔で声を掛けます。


「ベリーとナッツとチョコのクリームが挟んでありますから、お好みのをどうぞ。近衛の皆さんも」

「いや、しかし…」

 チラリとガルムさんを伺いますが、何も言ってこないのを良しとしておずおずとやって来ます。

「はい、どうぞ」

「…すまない」

 小隊長らしい人が礼を言って受け取ると、他の兵士さんも笑みを浮かべてマカロンを手にします。


「こ、これは…」

「さすがは食の伝道師」

「こんな美味いものは初めてだ」

 近衛兵さん達にも好評をいただきました。

竜騎士さんも近衛さん達も肩を並べて和気藹々と仲良くお茶してます。


『いやー、毎度トアはんの菓子は最高やなー』

『おいしー、だいすきー』

『まったくでさぁ。姐さんが主で良かったですぜ』

 こっちではサンダー君、キョロちゃん、マーチ君も揃ってマカロンを笑顔で食べてます。

うん、まさしく美味しいは正義。


「ガルムさんもいかがです?」

「いや、俺はいい」

 そっけなく断ると見張りをしている兵士さん達の所へと向かう背にバリスさんからため息が零れます。


「まったくあいつは…いつまで昔の事に(こだわ)るつもりだ」

「良かったらお話を聞かせていただいても?もちろんお嫌でしたら結構です」

 あまりに遣る瀬無い顔をするので、思わずそう声を掛けます。

「いや。構わない。却って聞いてもらった方が良いかもしれない。あれは…20年前になるか」

 

 バリスさんが語ったことを要約すると。

2人は年頃も家も近かったため、物心ついた時にはもう親友と言って良い間柄になっていたそうです。

どちらも立派な兵士になることを目指して修行に励み、そんな彼らが兄貴と慕う先輩がプリウスさんのお兄さんであるレガシーさんでした。

やがて長じた2人はバリスさんは竜騎士、ガルムさんは近衛兵士になり、近衛団長となったレガシーさんと共にルゼの治安を守っていました。


ですが20年前の冬、とんでもない事件が起こりました。

近隣の町や村を荒らし回っていた盗賊団がルゼの街へとやって来たのです。

彼らは目を付けた裕福な屋敷に押し入って家人を皆殺し、金品を奪うという非道を繰り返し、しかも近衛団が駆け付けた時には既に逃げた後。

何故なら一味の中に竜人族でも希少な転移魔法の使い手がいたからです。


おかげで討伐は後手に回り、周囲からの近衛団への非難は高まるばかり。

その為、ついに竜騎士団も捜査に加わることになりました。


「その時のレガシー団長の想いを考えると、今でも胸が痛む」

 ぽつりと呟かれた言葉に私も頷きます。

無能の烙印を押されたようなものですからね。

プライドの高い竜人からしたら死ぬより辛い(はずかし)めだったでしょう。

「それでもレガシー団長は笑って言ったんだ『これで皆が安心して暮らせるようになるなら安い物だ』と」

「素晴らしい方ですね、自分のプライドより街の人達の安全を優先したんですから」

「ああ、それを聞いて俺はもちろんガルムも団長の意気に感銘を受けたものさ」


その後、必死の捜査の甲斐あって盗賊団のアジトを突き止めることに成功したまでは良かったのですが…。

逃走を防ぐために最初に討ち取ったはずの魔術師が重傷でしたがまだ生きていて、彼は最後の力を振り絞り、転移魔法で街中にベヒーモスを呼び寄せたのです。


デラントの町にやって来たホエーオルが海の王者ならばベヒーモスは陸の王者。

牛とサイを足したような姿をしていて、口から火炎弾を吐き、地を踏むことで地震を引き起こす天災クラスの魔獣として有名です。

アジトは街外れにあったものの、突然のベヒーモス出現に竜人と言えども恐怖のあまり逃げ惑い、街はパニックとなりました。


近衛兵団と竜騎士団も必死に応戦しましたが、被害は甚大で。

レガシーさんも逃げ遅れてベヒーモスに踏み殺されそうになっていた子供を庇って重傷を負い。

結局、その傷が元で亡くなってしまいました。


「もしかしてバリスさんの傷跡は」

「ああ、その時にベヒーモスにやられたものだ。ガルムも近くに居たが足が竦んで動けなかったそうだ。だが怒り狂ったベヒーモスを前にして平静でいられる者などいない。そうなっても誰も責めはしないだろう。しかし目の前で敬愛する団長と友である俺が戦っていたのに、見ていることしか出来なかった自分をアイツは未だに許せないらしい」

 そう言ってバリスさんは再び派手なため息をつきます。


「それであんなに頑なに近衛だけで…いえ、自分一人でだけで解決しようとしてるんですね」

 情けなかった過去の自分が許せない。

だからそれを消し去るだけの働きをしてみせようとしている。


その気持ちは理解出来ますが、でもそれはただの独り善がりです。

ガルムさんを案じるプリウスさんやバリスさんの事がまったく見えていないのですから。


さて、このわからず屋にどうやったら自分の間違いを気付かせられますかね。

お節介とは思いますが、無い知恵を振り絞ってみましょうか。







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― 新着の感想 ―
[一言] 自らを許せるよう名誉挽回したいんだろうけど。 それって結局大切な人の隣に戻るためなのにねぇ。 許せるようにはなったけど、大切な人は一人もいなくなりました。 意地っ張りのわからず屋は、こうし…
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